『ゼネコン汚職事件地裁判決』について(コメント)

                

1997年10月1日

              民主党幹事長代理 仙谷由人

 本日、建設業界団体『埼玉土曜会』談合事件に係わるいわゆるゼネコン汚職事件で『あっせん収賄罪』に問われた元建設大臣の中村喜四郎被告に対する判決が東京地裁で言い渡された。判決は、懲役1年6ヵ月の実刑判決であり、司法が国民の厳しい批判に応え、政 治腐敗に対して毅然として姿勢を示したものといえる。この事件は政官業癒着の象徴であると同時に、今日においてメスを入れるべき多くの構造的な問題を提起している。

その第1は公判中の前総選挙において当時の官房長官が中村被告の選挙応援に際して『えん罪』発言し、世論から厳しく批判されたことで明らかなように、今日に佐藤孝行氏入 閣問題と同様の自民党の金権腐敗に対する居直りと驕りの姿勢である。

 第2に、公共事業に係わる談合によって恒常的に税金が無駄遣いされ、それが時として政治家への裏献金の温床となっているという問題である。続発している首長汚職にも見られるように、中央・地方を通じて腐敗が蔓延していることは、公共事業改革、市民によるコントロールの必要性を如実に物語っている。

 そして第3には、中村被告が1000万円の収受は認めつつも政治献金であると主張し3年間、76回もの公判の争点となってきたことである。これは、市民から見て異常な金銭のやりとりが政治献金という隠れ蓑で正当化され、その不正を問おうとするなら『わいろ性』(本件の場合は『不正の請託』の存否)の立証が求められるという、政治家の甘えと開き直りを容認する現行制度の矛盾である。わが党が提唱する『政治的地位利用罪』の制度は、市民の声に基づき政治とカネの関係を透明化させ、政治家の甘えと居直り、既得権の廃止を訴えるものである。

 このことにも関連して第4は、司法による慎重な審理は必要だが、政治家が汚職に問われ被告席に座りながら、立候補し続け、議員であり続けることで国民の政治不信がさらに増大していることに対して、立法府、政党と政治家が如何に応えるかである。

 民主党は、こうした問題について厳しく追及し、市民の常識に基づく政治倫理の確立をめざす。