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仙谷由人政調会長/定例記者会見要旨

2005.04.20(水)17:45〜18:15 (於:衆議院本館−第4 控室)

■郵政改革について
 代表の党首討論を見て、郵政民営化関連での質問、それに対する小泉総理の答えを聞いて唖然とした。いろいろなビジネスモデルについて、竹中郵政担当大臣等の報道を通じて聞いているが、350兆円の国民からの預かり資産、資金の運用について今から考えて決めるというか、協議してこれから決めるという話だ。現在の全国金融機関、メガバンク以下の金融機関の5〜10年間の貸越残高がなぜ減ったのか、なぜ現在の国債保有残高が122兆円になっているのか、間接金融の世界で運用投資がもっとも難しい時代になってきた。更にその上、日本銀行がじゃぶじゃぶの準備預金、余剰を作っているから、こういう時代の中で運用というのがいかに難しいか。そこにこそリスクがあるという前提でビジネスモデルを考えなければいけない。全くそちらの方が、具体的なイメージも考え方も全くない。その裏側では保有国債、つまり郵貯・簡保の保有国債140兆円をどのように低減するのかしないのか。国債管理政策と広く連動するわけだが、そのことについても多分イメージがないのだろう。要するに「株式会社化」をすればよい、株式を国家・中央政府が握っていてもそれは「民営化」だと。こういう趣旨でしかないと、非常に危ういものを感じた。驚くと同時に、この乱暴な「民営化」というのはいったん立ち止まり、改めて、ダウンサイジングをすることを前提にどういうプロセスでダウンサイジングをするのかと、その詳細な工程表がいるだろうと思った。

[民主党の存在感が薄いことについて]
 どのような会社を作り、国民にとってそれがどういう意味があり、資金循環の問題としてどういうメリット・デメリットがあるのか、国債管理としてどういう問題があるのかという議論が、自民党の中でやっているのかどうなのか。延々と午前3時までなさったという中味が全然伝わってこないし、どうも売り言葉に買い言葉のような話や、いかにして実質国営会社化にするか、今の体制に近いものに引き戻すのか、それとも巨大な会社としては残すが株式会社という「民営化」という名を取るのかといった論争、というか綱の引っ張り合いじゃないかとみている。こんなものは民営化でも何でもない。民主党は、メディアの上では存在感がないかもしれない。テレビを見ていても、連日、自民党の何とか組の出入りみたいな話がどんどん報道され、その時間がものすごく長いから、そういう印象を与えることはやむを得ないと思う。政治というのはそういうものだというふうにメディアを含めてお考えなのだろうから、それは仕方ない。もっと違うショックでも与えられないと直らないだろう。ただ岡田代表は、民主党の郵政改革調査会でまとめた論点を自分なりに理解されて、具体的に、もしお答えできるならお答え下さいと聞いているわけだから、小泉さん自身は、もし論戦になった場合、具体的なことは全くイメージがないというか、答えられないということがよくわかった。我々ももっと早く、1月の段階から小泉さんにちゃんと郵政問題について質問を、予算委員会含めて質疑をやっておけばよかったかもわからない、と思っている。政局的に存在感があるかないかという話ではなく、我々も中味が、何をしようとしているかがわからないから、国民の皆さん方もこれ何なのかということがわからないだろう。
 金融会社、銀行や金貸し会社の他業禁止の問題が全く論点として出なかったが、小泉総理はなんでもやってもいいみたいなことを言っているけれども、本当に何でもやっていいのか。隣に兄弟会社みたいな金融会社がある時に、同じ建物内なのか隣の建物なのか、そこで何でもやっていいということになると、今の既存の銀行も何でもやっていいということになる。その機能を利用するには、銀行法17条との関係で、17条を撤廃してもそういうことをやらせるのか、大問題になるだろう。

■「住民基本台帳法の一部を改正する法律案」(民主党議員立法・中間報告)について
 個人情報保護法が4月1日から施行され、我々はプライバシーの保護、プライバシーを犯されない権利がある。だから、一般的に住民票を閲覧して、コピーはできないにしても、住民票の写しを閲覧して手書きででも書き留めて帰っていくという行為は住民基本台帳法の11条に何人も閲覧を請求することができると記載されている。しかし考えてみればこれはおかしい。私は弁護士だから、今まで弁護士の職責上、弁護士であることを明らかにして特定の人の住民票の写しの交付を要求することは多々あったが、一般的に商業目的でこれを閲覧するということが、許されていいのか否かと考えると、これは許されるべきではないのではないか。

■参議院の憲法調査会報告書について
 中味まで承知していないが、この間の議論の成果を「趨勢」と「共通認識」という整理の仕方だということだ。また参議院の場合は、早々と参議院の憲法調査会なのか協議会なのか、二院制維持ということを決められているので、統治機構などの国会の項目については、私は改めてゼロベースで議論をすべきだと思う。地方分権、道州制ということとも深くかかわる、つまりドイツ型の上院を作るということも役割分担との関係において十二分に考えていいのではないかという問題意識が個人的にあるので、あまり早々と憲法論議の中で参議院の方々が何らかの形をお決めになっているということは、やや客観的に見ている。

[9条問題について]
 新聞報道が、ようやく、法治主義というか法の支配の問題を段々取り上げているので、9条関連もそういう観点から改めて憲法というものは何なのかということと、国内レベルだけの話ではなく、国際社会、国際法の世界でも法の支配というのは改めて重要になってくる。その観点から合憲の存在としてある自衛隊は憲法上規定した方がいいのかどうなのか、改めて国民的な観点から議論して頂ければと思っている。

[衆参報告書の違いについて]
 当然のことながら、人が違い、進行度合いが違うので、衆議院と参議院が違うことに問題はないし必然だろうが、憲法草案を、もし、部分的にせよ全体的にせよ国会が発議をする前提として作ろうとする時、国会でどういう場を作るのかというのは最終的に問題になるのではないかという気がする。年金合同会議のような両院合同会議のようなものを衆参で作ることになるのか。別々の院でやろうとすれば違うものが出てくるのは当たり前の話なのでそういう問題や、衆参歩調を合わせるのか合わせないのかといった議論はこれから真剣に憲法の改定に取り組もうとする場合には改めて両院の関係の問題として浮上すると感じた。

■日中問題について
 国際関係、日中の関係も双方の努力が必要だ。単なる言葉の問題なのか、「小日本人」・「反日」それがイコールで「愛国無罪」に結びついている。謝罪の問題は在外公館や日本の進出した企業あるいは商店の損害、それに対する暴力的行為に対する謝罪ということだろうが、それは警備の行き届かなかったことへの謝罪なのか何なのか。
 日中の新しい友好関係を改めて作る、あるいはここで昨年のサッカーのアジア杯から少々頓挫した負の側面を払拭するという前提に立てば、日本が改めて村山談話を思い起こさなければいけないとは思うが、さらにその前提として中国が「愛国無罪」論の話には、これは政府としてしかるべきメッセージをお出しいただかなければならないと、私は思う。中国の国民に対して「「反日=愛国無罪」という論理は違う」ということを言ってもらわなければいけない。
「造反有理、革命無罪」というのが文化大革命の時にあったが「反日有理、愛国無罪」と感じる。これは大変な話になるのではないか。このスローガンは不気味だ。
 健全な愛国心やナショナリズムというのは、主権国家がそれぞれのことをやるのはいいが、必要以上の近隣国に対してマイナスイメージを植え付け、その国の持っている美質や長所をあえて言わない、日中で言えば日中のこの間の関係、経済援助を含めた密接な、少なくとも72年以降の関係をちゃんと同時並行的に教えていただかないと、それはゆがんだ歴史観になるのではないか。昨日、王毅駐日大使と話をさせていただいて、魯迅と藤野先生の話が出たが、孫文と孫文を助けた日本人のことも当然お教えいただかなければならない。その後の中華民国なり中華人民共和国政府が、清の皇帝や清の王朝を否定するのは自由だが、孫文のいろんな活動を日本にいる華僑や日本人も大いなる支援をし、援助をしたということも同時並行的に事実に基づいて教えるというか、情報として伝えていただかないといけないのではないかと思う。

以 上