復活宣言

2002.06.16 

「復活!仙谷由人さんを励ます集い」にて

仙谷 由人

 

 今日は、こんなに多くの皆さん方が、仙谷由人の再起に向けてのこの集いに、お集まりをいただいております。あらためて厚く厚く、御礼を申し上げます。本当にありがとうございました。(拍手)

 予想もしなかったわけでございますが、胃がんという、診断を貰いました。直ちに、どうすればいいか、ということも考えて、手術をしたわけでございますけれども、その病床の中で、多くの徳島の皆さん方が、手紙や、メール、様々な方法で、お見舞を下さったり、お励ましを下さったり、致しました。ああ、徳島には仙谷由人を待っていてくださる皆さんがいる。そのことが、病との闘いで、何よりも、力になりました。

 そして、この2002年という、重要な年の前半の政局を、テレビで見ざるを得なくなって、大きな病をかかえながら、考えておりますと、結局のところ、仙谷由人を、この時代が求めるかどうか、私の生物学的な生命も生きながらえることができるかどうか、そう思うようになりました。

 皆さん方の、友情やお励ましで元気づけられたからこそ、天運に任せて闘ってみよう、闘い抜いてみようと、今日まで頑張ってこれたわけでございます。本当に皆さん方のお励ましと、力強い友情が、今日のこの、再起のスタートの源でございます。

 あらためて、厚く御礼申し上げます。本当に本当にありがとうございます。

 棺桶の縁に立って、ふたを開けるところまではいきませんでしたけれども、一度、棺桶を見ますと、あと、10年生きられるのか、20年生きられるのか、あるいは、ひょっとすれば、胃を全部取ると成人病が無くなると言いますから、100歳くらいまで生きるのかも知れませんけれども・・・

 いずれにしましても、この3年、5年、10年という年月は、これからの、日本の政権交代を、必ず、鳩山さんとともに、そして、皆さん方と一緒に、実現する。

 そして、徳島の、県政、市政の刷新を、実現して、もっともっと良い県政、市政を、創り上げる。そのことに全力を尽くし、残された一生を使わなければならない。あらためて、覚悟をしているところでございます。

 どうぞ、今後とも、皆さん方のご指導を、よろしくお願いを申し上げます。

 先般、鳩山さんや、菅さんや、熊谷さんが、私が回復をして復活をしてきたことを見せるために、わざわざ自民党に要求して、NHKで放映される、衆議院の「武力攻撃事態への対処に関する特別委員会」で、特別に「時間をとったから、行って暴れてこい」と、こういう嬉しい指示をいただきました。

 そこで、夜準備の勉強をするのはちょっと苦しかったわけでございますけれども、委員会に出ていって、まあ、けんかをして盛り上げてくれば、何とか格好がつくだろうと、やらせていただきました。そのとき、自民党席から、「お前なんか、戻って病院に入っとれ!」こういうヤジを飛ばされたわけでございます。(笑い)「憎まれっ子世にはばかる」と言いますけれども、敵意を持った人や、政治的に反対におる人から、このような評価を頂ける・・・まだまだ仙谷由人、これからも頑張る価値があると、あらためて、闘志を湧かせたところでございます。

 病気を得ましてから今日までの間、数々の皆さん方のご厚情にふれまして、やはり、人間というのは、お一人お一人との、友情、人間関係を、できる限り大事にしていかなければいけないということも、あらためて感じ入ったところでございましす。

 しかし、こんな仕事をしておりますし、まだまだ、従来の体力に比べますと100%回復したというところまではいっておりません。いろんな事で失礼なことや、そして、皆さん方に不愉快なことが、お有りになろうかと思いますけれども、ひとつお許しをいただきますように、併せてお願いいたします。

 9キロ痩せた仙谷由人が、着られる服がほとんど無い、そして、先だってのテレビの放映で、首がぶすぶすのワイシャツを着ていた、かわいそうだ、そう思われた私を支持してくださる、女性の皆さん方、花の会の皆さん方が、今日はみすぼらしくないように、背広とワイシャツとネクタイをあつらえてやろうということで、今日は、そのすばらしい衣装を着てまいりました。(拍手)ありがとうございました。

 何とかにも衣装でございまして、一応格好はついておるとは思いますけれども、どうぞ、皆さん方のこんなに暖かい、こんなに嬉しい、友情と、お励ましをいただいているわけでございますから、粉骨砕身、徳島と、日本のために、がんばり抜くことをお誓いを申し上げて、御礼の言葉とさせていただきます。

 本当にありがとうございました。