1993年02月17日 予算委員会

○粕谷委員長 これにて小杉君の発言は終了いたしました。

 次に、仙谷由人君。

○仙谷委員 日本社会党の仙谷由人でございます。楢崎弥之助議員の関連質問をいただきまして質問をさせていただきます。

 証人、昨日私のところへ島根県から十数本電話が入りました。証人が戦後間もないころに代用教員をなさっておったころに教えられたという人もございました。そのときに証人が、うそは泥棒の始まりだということを当時の生徒たちによく教えられた、こういうことでございますので、前回までの証人のお答えを拝聴いたしますと、拝聴いたしますとというのは証人の教え子がです、拝聴いたしますと、とても本当のことを言っているとは感じられない、今度はどうか本当のことを言うようにあなたからも言ってほしい、こういうことでございましたので、きょうのひとつ証言では余り抽象的にならずに、具体的に、端的に、簡潔にお答えをいただきたいと存じます。

 まず、中曽根さんから六日の午前九時に来てくれという話があったという証言を前回されました。いつごろ、どこにあったのでしょうか。

○竹下証人 私が五日の日に決意表明をする前に行きたいという希望を申しておりましたが、恐らくその数日前じゃなかろうか。総理大臣の日程の中へ私の時間をはめ込むのはそれしかないというので電話がかかったというふうに思っております。

 

○仙谷委員 そうしますと、常識的には、その中曽根さんの電話をあなたがお受けになったときに、前回の証言の論理的な脈絡から行きますと、そのころに田中邸訪問もしよう、こういう話になるはずですよね。何か中曽根さんのところへ行くのと物すごく関連づけておっしゃっていましたので、そう読んでおるのですけれども。

 そこで、前回私が、十月の五日に証人の方から田中邸の方へもうあいさつに伺うのはやめたいという話をあなたがしましたでしょうという問いをしましたら、記憶がないというふうにおっしゃいました。前回時間がなかったものですからお示ししませんでしたけれども、きょう、十月六日付の朝日新聞と毎日新聞、両方持ってきております。委員長、ちょっと示すことを御許可いただきたいと思います。

○粕谷委員長 はい。

○仙谷委員 読んでください。緑で囲ってあるところです。

 つまり、五日の多分、翌日の朝刊ですから、昼以降にあなたは、田中邸に訪問することは遠慮したい、田中邸の方でそういう環境にないから、こういう趣旨の電話をされた。これは二紙に載っていますからほぼ当時の行動記録としては正確だと思うのですが、そういう事実があっなかなかったか、記憶がよみがえりますでしょうか。

○竹下証人 いつ、何月何日ということはもちろん決めておりませんでしたが、私がお仕えした、官房長官としてお仕えしたのは佐藤さんと田中さんですが、御健在なのは田中さん、幹事長としてお仕えしたのは中曽根さん、この二人だけには決意表明の前にあいさつに行きたいということで、人を介し連絡をしておったことは事実でございます。

 しかし、決意表明前にはできませんでした、中曽根さんの方の都合で。私なりの気持ちでは、中曽根さんに最初行って、その後田中さんの方へ行きたい、こう思っておりましたが、五日の日は行くことをやめたというようなことを、記憶を呼び戻してもなかなか難しいのでございますが、あったということがあったとしても別に不思議ではないな、このような印象で仙谷先生のお話をこの前も聞いて、きょう若干私の心の整理をしてお答えしたわけでございます。

○仙谷委員 それでは、その問題はちょっとペンディングにして、次に進みます。

 十月五日の東京プリンスホテルの会合ですが、この会合で、金丸さんの証言を見ましても、小沢さんのきょうの証言を聞きましても、要するにこの東京プリンスホテルの一室で行われた話し合いといいますか、会談といいますか、会議といいますか、これは、結局あなたと渡邉さんの一対一の話し合い、実質的に一対一の話し合いだったようなんですが、そのとおりですか。簡単に答えてください。

○竹下証人 簡単にと申しましても(仙谷委員「いや、イエスかノーかだけでいいです」と呼ぶ)ちょっと事情がございますので、イエス、ノーだけ言うのが礼儀だと思いますが、少し言わせてくださいませ。お願いいたします。お願いいたします。(仙谷委員「時間がないんですよ」と呼ぶ)はい、わかります、時間がなかったら、また後日でもお二人でお話ししても結構だと思いますが、(仙谷委員「いや、二人じゃだめなんですよ」と呼ぶ)申し上げますが、その日は私は決意表明して、平素の私以上に高揚しておりました。したがって、そのパーティーでも大演説をいたしました。したがって、まず入っていってかなりそういう雰囲気の話をしたというふうに思っておるところでございます。

○仙谷委員 お答えに全然なってないじゃないですか。あなたと渡邉さんの一対一の話し合いだったのですかという質問を私はしているんですよ。金丸さんと小沢さんの話を聞くと、どうもそうらしいですよという話をしているんですよ。だから、イエスかノーかで答えてください。

○竹下証人 高揚しておった気持ちの中でほかの話もしておりましたから、一対一というわけではありません。

○仙谷委員 渡邉さんからは、結局田中邸に訪問してくださいという言葉のほかに、丁寧であるかどうかはどっちでもいいんですよ、内容的にその言葉のほかにどんな言葉が出たんですか。

○竹下証人 いわゆるワーディングの問題ですが、正確には覚えておりません。ただ、丁寧にお話があったことだけは重ねて申し上げます。

○仙谷委員 あなた自身は参議院の証言でも衆議院でも、いわば条件、それを実行するという問題意識からはまずみずからが離れていなきゃならぬという意識をあなたが持ち続けていた、あるいは、その中に、つまり渡邉さんの話の中に街頭演説中止の条件ではないかという印象を持ったことも事実、こういう証言をされておりますね。端的に、いいですか、この条件というのは、あなたに対してだれが示した条件だという理解を、印象を当日持ったんですか。

○竹下証人 だれがというわけではございません。

○仙谷委員 答えは簡単じゃないですか。あなたがおっしゃっている街頭演説中止の条件を出すのは、皇民党か、あるいは皇民党とあなたの間に入っている人か、どちらかしかないじゃないですか。そういう想像ができなかったんですか。

○竹下証人 だから私は、どちら、だれということを断定できないというふうに申し上げたわけであります。

○仙谷委員 実は証人は十月の五日のこの東京プリンス以前に、皇民党の方からあなたが田中邸に訪問をすれば褒め殺しをやめるという話を間接的にでもお聞きになっていたんじゃないのですか。

 今首を振りましたから、質問を続けます。

 十月一日に、経世会の中の魚住さんという代議士さんが熊本県の青年愛国党の内村さんという人に頼んで、内村さんの仲介で初めて稲本さんに直接会っているんです。つまり、経世会の代議士として稲本さんに、皇民党の稲本総裁に会ったのは、魚住さんが初めてだったんですよ。これは十月一日の午後五時ころからホテルニューオータニのコーヒーショップで会った。魚住さんも認めていらっしゃるわけです。で、会ってどういう話がなされたのかということをあなたの方に魚住さんから報告が当時来ておりませんでしたか。

○竹下証人 今仙谷先生のおっしゃったお話は私も週刊誌で見ましたが、魚住さんからその種の報告を受けたことはございません。

○仙谷委員 魚住さんが当時稲本さんと直接会って、稲本さんから、あと二、三日たったらやめましょうと、やめますと、そういうふうに竹下さんに報告しておいてくれと、ただし竹下さんが田中邸へ行くことになっておるんですよという話を魚住さんにした。魚住さんも地元の新聞のインタビューなんかでは、あと二、三日したらやめると言ってくれました、そのとおりになっちゃったと、こう言っておるんですよ。で、魚住さんからしてみれば、当時の状況からすれば、ある種の手柄話ですよ。それを経世会あるいは竹下さん、あなたに報告をしないということは我々の常識では到底考えられないんですよ。その点はじゃその程度にしておきましょう。

 そして、いいですか、その過程で、その日の過程で、あなたはその日に安倍晋太郎さんと金田中で夕刻食事をされていますよね、十月一日。どうですか、ちょっと答えてください。

○竹下証人 まず、一つだけ申しわけございませんが、手柄話をするというようなお方ではないと、私にとっては善意の第三者であったと魚住さんは思っております。

 亡くなられた安倍晋太郎先生とお会いしたことは事実でございます。

○仙谷委員 その後に、九時ごろからあなたは竹下派の幹部の皆さん方と一緒に吉兆に行かれておりませんでしょうか。そして、その吉兆の席には石井会長の代理人と称する方、渡邉廣康さん、そして稲本さん、そして先ほど申し上げた熊本県の青年愛国党の内村さん、この方がいたという事実は、ございませんでしょうか。

○竹下証人 その事実はどう思い起こしてもございません。当時覚えておりますのは、安倍さんと私が金田中で会談をしておるということで、外にいっぱい新聞記者の方等がいらしたということはよく覚えております。

○仙谷委員 次の日に名古屋に遊説に参りましたね、名古屋に。名古屋に遊説に行く新幹線の車中で、食堂車かなんかで内村さんとお会いにたって、きのうはどうもというあいさつをされたんじゃないんですか。

○竹下証人 どう記憶を呼び戻してみましても内村さんという人がわかりませんので、ごあいさつしたようなこともなかったろうと思います。

 

○仙谷委員 六十三年十二月二十三日以降の話でございます。

 金丸さんの証言ですと、竹下証人が、竹下証人自身はですよ、橋の上からおっこって川に流されてあっぷあっぷしている人に、子供に例えられているんですね。当然のことながらこれは皇民党の褒め殺し、街宣活動によって、要するに川に流されてあっぷあっぷしているのと同じ状態だった、こういうことを言っておるわけですよね、金丸さんは。で、それを助けたのが後で暴力団だとわかった、こういうことなんですが、いいですか、金丸さんからその十二月二十三日以降受けた報告といいますか、あなたは何か察知したという話なんですが、どんな話で、ああ結局石井さんがやってくれたんだなということを察知したんですか。

○竹下証人 あっぷあっぷの話につきましては、これは金丸さんはいつも助けてもらった人にはお礼を言う、頼まれたことには親切に応ずる、これが生きざまでございます。したがって、あっぷあっぷした子供が私であったという例えば自由でございますけれども、私にとっては余りいい例えではないというふうに思っております。

 それから、察知したという言葉がございますが、この間の金丸先生の病床尋問、見てみまして、読ましていただきまして、私にも理解ができたわけでございますが、そのとき上座へ座りなさいと言っても座らない、あるいはたばこも酒もたしなまないというようなそのときの光景について私はお話を聞いた、その際私が察知したというふうに思います。

○仙谷委員 随分勘がいいお方だと思いますが、なぜそんなことでわかるんですか。つまり問題は、石井さんが、あなたの表現だと介在したということなんだけれども、石井さんの力でコウメイ党の街宣活動をやめさせたということがわかったということなんでしょう。(「皇民党だよ」と呼ぶ者あり)皇民党の街宣活動を、ごめんなさい、皇民党の街宣活動をやめさせたということが察知したんでしょう。そうですね。そうでしょう。

○竹下証人 金丸さんのお話で察知をいたしました。

○仙谷委員 上座とか下座の話だけでは察知することはできないんでね。いいですか。そしてもっと言えば、金丸さんはお礼をするんだから、そのことがわかっておるからお礼したわけですよね。結局、あなたもこの段階では石井さんが稲本さんと交渉して中止をさしたんだということが確定的におわかりになったということですか。

○竹下証人 やはりお答えすべきは正確と思いますと、察知したということに尽きると思います。

○仙谷委員 結局、条件でないかという印象を持ったというんですが、いいですか、あなた自身は渡邉さんとのやりとりの中で、どこかから条件が提示をされて、そしてあなたが田中邸へ行くということは、自発的に行くことのほかに、客観的に見れば条件履行を、条件を実行しているというふうに受け取られることもあり得るというふうに感じたから葛藤したり嫌な感じを持ったりしたわけですよね。ということは、そういうことも、つまりそういう受けとめ方をされる可能性もあるというふうにそのときに思ったことも確かなんですね。

○竹下証人 私が印象を持ちましたと言いましたのは、今仙谷先生の御指摘のように、そういう受けとめ方があるとしたら私の真意でないと思ったからでございます。

 ただ、葛藤という言葉につきましては、後日字引を引いてみまして、いささか適切な言葉でなかったというふうに思います。

○仙谷委員 刑法上の用語で言いますと、証人の

お気持ちは未必の故意に近いんですよね。そうかもわからない、そうあってもやむを得ないという気持ちなんですよ、それは。

 で、結論として後でわかってみれば、石井会長が皇民党の活動を中止さしたということがわかったというわけですから、ここは竹下証人、我々、証人と二十数歳違いますけれども、やはり先輩にこの種のことを申し上げるのは心苦しいところもあるんですが、もうこんなどろどろがあって、それを消すために結果としてであれ暴力団の力をかりたというふうな政治はやめにしなければいけないんじゃないでしょうか。マックス・ウェーバーが言うような結果責任の論理というのは、やはりここで竹下さんに、証人にちゃんとけじめをつけてもらわなきゃいけない、私はこう考えます。毒をもって毒を制す、毒をもって毒を制するということが法治国家で行われてはいけないということだと思います。

 島根からも、三回も何ゆえに喚問されたのか、疑いをかけられて三回も喚問されるというのはいたたまれない、早く出処進退についてけじめをつけるように言ってくれという話がございます。どうですか、この辺でひとつ竹下証人に決断をしていただくということはできませんでしょうか。

○竹下証人 島根からのお話でございますが、代用教員ではございません。一級普通免許状の教員でありました。

 それから、その御伝言が仙谷先生のもとにあったのは謹んで承ります。ただ、私の結果責任をとれということにつきましては、私はどう考えても皇民党の存在と自由民主党総裁選挙との関連がないと、したがって、そういう疑いがあるとすれば、それを果たすことが私に与えられた責任であると、くどいようですが重ねて申し上げさせていただきたいわけでございます。ありがとうございます。

○仙谷委員 かわります。

○粕谷委員長 この際、楢崎弥之助君から関連発言の申し出があります。仙谷君の持ち時間の範囲内でこれを許します。楢崎弥之助君。