1992年11月26日 予算委員会

○高鳥委員長 仙谷由人君から関連発言の申し出があります。高沢君の持ち時間の範囲内でこれを許します。仙谷君。

○仙谷委員 仙谷です。

 先ほどの質問の中でお答えをいただいてない部

分があるのでお伺いするのですが、十月五日に結局あなたが保岡興治君さんに直接電話して、田中家側が遠慮してもらいたいということなのでやめることにしたという電話はなさったという記憶がありますか、ないですか。

○竹下証人 ちょっと私、記憶がございません。

○仙谷委員 新聞各紙にすべて書かれておるのですよ。先ほど高沢議員からも申し上げたように、にもかかわらずあなたが十月六日、田中邸訪問した。田中真紀子さんは著書の中で、「礼を尽くすふりをして写真を撮らせようとするだけのものだった。」というふうに断言しているのですね。あるいは田中直紀さんは、記者会見で、昨日断ってきたのに不可解である、真意は不可解である、竹下氏への不信感を一層強めたという記者会見をされておるのですよ。だからあなたは、一たんやめるということを田中家側に伝えながら、どうしても行かざるを得ない事情があったということだったんじゃないかと我々は考えます。

 そこで、十月の五日、あなたは昼ごろ、金丸さんと四十分にわたって会談をしておりませんか。

○竹下証人 田中家の方の御心境を私が推察することは控えたいと思います。(仙谷委員「いやいや、最後の質問だけで結構です」と呼ぶ)最後の問題は、ちょうど今言われましても、実は日程表を持ち合わしておりませんので、記憶にございません。

○仙谷委員 そこで、改めて自民党側が、あなたが田中家訪問をしないものだから褒め殺し活動を再開するという連絡が、石井−金丸、石井−渡邉−金丸という経由で入ってきて、さあどうしようかという対策会議があなたと金丸さんと二人の間で行われた。金丸さんはその場から渡邉さんところに電話をして、それじゃ九時ごろ東京プリンスで集まろうという話になったようなんですが、あなたはそのことを知らないのですか。

○竹下証人 五日でございましたら、私は日程を繰ってみましたら、同僚の励ます会、その後にいま一つ経団連の会とございまして、その間の時間であったと思いますので、九時というのは違うと思います。これは私が調べたところでございます。

 したがってそのような、今おっしゃいました石井さんから渡邉さんへ、渡邉さんから金丸さんへ、そこで九時が決まったというような事実は私は覚えておりません。

○仙谷委員 ちょっと細かい事実になり過ぎるようなんですが、お伺いしておきましょう。

 東京プリンスホテルですね、あなたの記憶では、結局何時に渡邉さんと会った部屋へ行って、何時までいらっしゃったんですか。

○竹下証人 正確でないかもしれませんが、六時から励ます会がございまして、私はスピーチしました。したがって、七時ではなかったかと思います。そうして次の会合が七時でありましたのを、おくれることを予告いたしまして申しましたから、一時間程度ではなかったかというふうに思います。それから自宅へ帰って、その自宅に集まった人の記録はございました。

○仙谷委員 そうすると、渡邉さんの調書の中では、長谷川さんを一生懸命探したけれども午前二時までつかまらなかった。で、午前二時に長谷川さんと連絡がついて、その段階で竹下さんと金丸さんは帰った、三時ごろ長谷川信さんが東京プリンスホテルに来た、こういうことになっておりますね。そういう事実はないわけですね。もう七時から八時の間にあなたは長谷川さんと会っている、こういうことを言いたいわけですか。

○竹下証人 長谷川さんではございません。七時から八時の間というのは渡邉さんでございます。長谷川さんから私に連絡がありましたのは、それこそ五日というよりも六日、一時とか二時とかじゃなかったかというふうに思っております。

○仙谷委員 そうすると、あなたが家におると長谷川さんから電話連絡があった、こういうことですか。じゃ、渡邉さんとのその会議は、会合は一時間ぐらいで終わったと。何が話されたんですか。

○竹下証人 先ほど申しましたように、めったに会ったことのない方でございましたから、当時渡邉さん、非常に丁寧な言葉で、田中先生のところに立候補のあいさつに行ってもらいたいという趣旨のお話がございました。

○仙谷委員 渡邉供述と大きく食い違うわけですが、時間の関係で、私は、じゃこれで終わります。