1992年05月12日 法務委員会

○浜田委員長 これより質疑に入ります。

 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。仙谷由人君。

○仙谷委員 両法案を審議させていただくわけでございますが、私個人といたしまして、あるいは日本社会党といたしましても、基本的には両法案の前進といいますか、子供のあるいは少年の人権保障について前向きな内容を評価するものでございます。そういう前提の上で、数点お伺いをしてまいりたいと思います。

    〔委員長退席、星野委員長代理着席〕

 宮澤総理は生活大国というふうなスローガンを掲げていらっしゃるわけでございますが、何といいましても、日本に求められているものは、その生活の中でも人権の尊重というものをいかに具体化、実体化していくか、そのことだろうと思います。そして、私どもが公平な裁判を受ける権利がどれだけ保障されるのかという問題が、やはりそこにかかわってくるわけでございます。

 その中で、本法案いずれも憲法四十条との関係で身体自由の拘束、つまり司法手続の中での身体自由の拘束が結果として間違いである、あるいは結果として抑留、拘禁すべきでなかった場合に補償をしなければならない。これは国際人権の流れとも軌を一にする憲法上の規定でございますが、それを少年事件についても実体をつくろうとする試みであろうと私は考えておるわけでございます。

 そこで、趣旨は今法律案の提案理由ということで御説明をいただきました。今回こういう法案をつくるに至ったきっかけといいますか、大きな要因は何であったのか、まず御説明をいただきたいと存じます。

○濱政府委員 お答えいたします。

 先ほど提案理由の説明でも申し上げましたけれども、一般の刑事裁判手続において無罪の裁判が行われた場合、あるいは罪を犯さなかったものとして不起訴処分に付された場合でありますれば、少年が犯罪の嫌疑によってその身体の自由を拘束された場合におきまして、今委員仰せのように、結果として、理由のなかった身体の自由の拘束等に対しまして刑事補償または被疑者補償の対象として補償がなされるわけでございますが、家庭裁判所における少年の保護事件手続におきましては、犯罪事実が認められないということで不処分等の決定を受けましても、これに対して補償を行う制度はこれまでなかったわけでございます。そういう意味で、この刑事補償あるいは被疑者補償との均衡から申しましても、身体の自由の拘束を受けた少年に対して補償を行う必要があるということは以前からその必要が指摘されていたわけでございます。

 そういう状況でありますとともに、昨年三月二十九日の最高裁の第三小法廷の決定がございまして、その最高裁決定の意見の中で、立法論としてこのような少年保護事件手続における補償制度というものを設けることが望ましいという意見が付されたわけでございます。そのようなことも踏まえまして、今回、少年の保護事件手続における補償制度というものを立法化したいというふうに考えるようになった次第でございます。

○仙谷委員 法務省でも外務省でも結構なんですが、この最高裁判決を契機として少年の保護事件についても、非行事実なしという理由による不処分、審判不開始については身柄拘束に対する補償をしなければならない、こういうことで本法案の作成、提出が行われたということなんでありますけれども、これは現時点で日本も締結をしております国際人権規約のB規約の九条五項との関係ではどういうふうに理解をしたらいいのでございましょうか。法務省でも外務省でも結構でございます。

○吉澤説明員 御指摘のとおり、人権規約の九条五項は「違法に逮捕され又は抑留された者は、賠償を受ける権利を有する。」というふうに規定されておりますけれども、この九条五項の規定が、今問題になっておりますような少年保護に基づきます家事審判手続につきましても賠償を受ける権利ということまで規定したものであるというふうには当然には考えられないのではないかというふうに思っております。

○仙谷委員 憲法の規定との関係もございますし、この最高裁判決についてお伺いをいたすわけですが、今刑事局長がおっしゃった園部裁判官の意見というのは、基本的には憲法四十条の規定、つまり無罪の裁判というこの概念は、必ずしも刑事司法手続による無罪判決、終局判決としての無罪判決だけではないんだ、そういう趣旨なんだということがまず前提にあるわけですね。

 それから、先ほど私が申し上げた国際人権規約B規約九条五項「違法に逮捕され又は抑留された者」というのは、この「違法に」というのは手続的に違法だ、つまり何らの手続をとられなくて逮捕、抑留された者というのにとどまらずに、やはり結果として逮捕、抑留、逮捕、勾留手続が違法であったという場合も含むんだというのが常識的な解釈じゃないかと私は思うんですね。外務省が今こういうわけでもないという否定の否定の表現を使われますと、ちょっとわけがわからなくなるわけでありますけれども、法務省としては、この国際人権規約のB規約の九条五項、これと今回のこの少年保護事件に関する補償というもの、そして先ほど園部裁判官の意見を挙げられましたけれども、園部さんが前提的な事実としております無罪の裁判についての解釈、これについてはどういうふうにお考えになっていらっしゃるんでしょうか。

○濱政府委員 まず条約の関係につきましては、先ほど外務省御当局からお答えになられたところと同じような考え方を私どもはしているわけでございます。

 今回のこの少年補償制度につきましては、先ほど委員が御指摘になられました憲法四十条との関係につきましても、この憲法四十条の言っておりますのは「何人も、抑留又は拘禁された後、無罪の裁判を受けたときは、法律の定めるところにより、国にその補償を求めることができる。」という規定でございますので、現行の刑事補償は、先ほど申し上げましたように、刑事裁判手続において無罪の裁判を受けたときの刑事補償につきましてはまさしくこの憲法の四十条から発するものということで理解しているわけでございますが、今回御提案申し上げております少年補償制度につきましては、これは、先ほど委員御指摘の最高裁決定の多数意見の中でも判示されておりますように、憲法の規定そのものに基づくものではなくして、もちろん憲法の四十条の趣旨をさらに進めるという趣旨の制度ではございますけれども、憲法四十条の規定から発する刑事補償そのものとは異なるものである。そういう意味では、今申しましたように、今回御提案申し上げている少年補償制

度は刑事補償法に基づく刑事補償とは異なるものであるというふうに理解いたしております。

○仙谷委員 論理展開を逆さまにされますと、そういう言い方になるのですね。私が聞いておるのは、少年保護事件において非行事実なしということで不処分、審判不開始になった者というのは、憲法四十条に言う無罪の裁判を受けた者というふうに言うべきではないか、言えるのではないか、あるいは人権規約との関係でいえば、違法に逮捕されまたは抑留された者というふうに言うべきではないか、こういうふうに聞いておるわけです。というのは、そのことが多分この補償法との関係でも、本人の有する請求権といいますか権利性といいますか、補償を請求する権利なのか、恩恵として与えられるようなものなのか、ここにかかわってくるんではないだろうか、こういうふうに考えるから聞いておるわけでございます。

 では、これはどういうふうに解釈したらいいのでしょうか。刑事補償法の二十五条に、免訴もしくは公訴棄却になった場合には、そして実質的にそれがいわば無罪と同じように事実がなくて免訴または公訴棄却になった場合には要するに憲法四十条に言う無罪の裁判を受けた者とみなすのか、あるいは憲法上の無罪の裁判を受けた者の中に、その上位置念の中にこの二十五条の免訴もしくは公訴棄却の判決を受けた者も含まれるというふうに解釈していいのかどうか、それはいかがですか。

○濱政府委員 今委員お尋ねの前段の関係でございますけれども、憲法四十条さらには刑事補償法で定めておりますところの刑事補償と申しますのは、これは委員御案内のとおり、国家機関の故意過失を問わずに、先ほど委員御自身も申されましたように、遺法に身柄の拘束が行われた者について結果的に無罪の裁判があった、結果的に理由のなかった不利益について補償をしよう、しかもその補償につきましては、今申しましたように、国家機関の故意過失を問わないで簡易迅速にと申しますか、標準的な金額の補償を速やかに行うという趣旨の制度として認められているわけでございます。

 むしろ、国家機関の故意過失に基づく違法な行為によって損害を国民に与えた場合の賠償につきましては、これは憲法の十七条で定めておりますところの国家賠償ということで賠償しようという、憲法もそういう建前をとっておりますし、刑事補償法もそういう趣旨からでき上がっているものというふうに理解しているわけでございます。その刑事補償法で刑事補償請求権という形で権利性を認めるかどうかということと今の国家機関の故意過失のある場合に賠償を認めるかどうかということとは必ずしも重なるものではないであろうというふうに思うわけでございます。

○仙谷委員 後段の方は。

○濱政府委員 後段は……。ちょっと恐れ入ります。

○仙谷委員 余り法律論争をしてもしょうがないような気もするのでありますけれども、事は本法案にやや不十分な点があるのじゃないかというところに関係をいたしますのでお伺いをしておるわけでございます。

 先ほどお伺いしたのは、園部意見の憲法四十条の解釈、園部裁判官の意見をきっかけにして本法案をつくらなければいけない、こういうことになったのじゃないかと私もそんたくをしてお伺いをしておるわけでありますけれども、一つは憲法四十条と少年保護事件の関係を聞いたわけですね。それからもう一つは、人権規約上の問題として違法に逮捕されまたは抑留された者、つまり上位置念にそういうものがあって、その具体的な構成要件といいますか概念としてこれは入ってくるのじゃなかろうか。その一つの例証として、刑事補償法二十五条による公訴棄却と免訴の判決を受けた者というのは憲法四十条の無罪の裁判を受けた者のうちの一つではないでしょうかということをお伺いしたわけです。

○濱政府委員 どうも失礼いたしました。

 先ほどの後段の質問に対するお答えを落としておりましたけれども、今委員御指摘の刑事補償法二十五条が規定しておりますところの補償は、公訴棄却または免訴の裁判がなければ無罪の裁判まで行きついたであろうと考えられるような事案についての補償を定めているわけでございますけれども、これは理解としては、憲法四十条が定めているのはあくまで無罪の裁判があった場合の補償を定めているのであって、今の刑事補償法二十五条はそういう趣旨を公平という観点からさらに拡大したものであろうと理解すべきものではないかと思うわけでございます。したがいまして、端的に申しますと、憲法四十条で定められておるのはあくまで無罪の裁判があった場合の補償についての規定であると考えておるわけでございます。

○仙谷委員 これは法律用語で言うと、判決と裁判が外延も内包も全く同一かどうかということになってくるんだと思いますけれども、今局長がおっしゃったのは、裁判という言葉は、つまり憲法四十条の裁判という用語は刑事訴訟手続による無罪判決と限定されるべきだということに私は聞こえたんですね。つまり、公訴棄却の判決は無罪の判決ではないというのは、これは厳密に言えばそういうことになるはずでございます。ところが、刑事補償法二十五条によって、この部分についても補償を受ける対象としてちゃんと含まれておるわけです。そうですね。だから、法律的に、実質的に無罪の裁判と考えれば、この少年保護事件だって憲法四十条の無罪の裁判を受けたという場合に含まれるのじゃないかという解釈が成り立つのではないか。多分園部さんの意見というのはそういうところを踏まえておるんではないだろうか、私はそう考えるから聞いておるわけでございます。

 いずれにしても、この憲法の精神の趣旨を実体化する、そのことがこの法案の骨子だと思います。それは刑事訴訟手続じゃなくて、身柄拘束をして、ある意味での刑法的、あるいは非行というふうな言葉であらわされておりますけれども、刑法的犯罪あるいは刑法犯罪も含めて審理をしていく、こういう過程が現実の家庭裁判所の手続の中ではあるわけでございますので、そこで身柄拘束をしたことが結果として間違いであれば補償をする。しなければ均衡を欠く、あるいは人権侵害をそのまま放置してしまう、こういうことになるからこういう問題が出てきておるんだと思いますね。

 そこで、お伺いをするわけですが、本法案、これは全く本人の請求権といいますか、請求的な事柄が書かれていないわけでございますが、その辺はどういうふうに理解したらよろしいんでしょうか。つまり、家庭裁判所の裁判官の善意にすべて頼っておれば決定を出していただけるということでいいんだろうか。つまり、職権であっても、職権発動を促す何らかの規定というものがあった方が望ましいといいますか、法案としてもいいのではないかという解釈も成り立つと思うのですが、いかがでございますか。

○濱政府委員 先ほどお答え申し上げましたように、少年補償についてどのような構成をとるかということは専ら立法政策の問題であるというふうに考えているわけでございます。少年補償の目的さらにはそのよって立つ少年審判手続の目的あるいは性格を考慮して決定すべき事柄であると基本的には思うわけでございます。現行の少年法の枠組みを前提にして考えております少年補償制度につきましては、家庭裁判所の職権による制度とするのが相当であるという考え方でできているわけでございます。

 その理由を少し説明させていただくわけでございますが、一つには、現行の少年審判手続はもともと専ら少年の保護を目的としておるわけであると理解しているわけでございまして、例えて申しますと、国家を保護を要する少年の親というふうにとらえる国親思想のもとに家庭裁判所の専権的職権主義構造を採用しているというふうに基本的に理解しているわけでございます。その手続において非行なしというふうに判断された者に対する補償につきましても職権によることとするのが制

度として一貫するということが一つでございます。

 それから、二つ目の理由としましては、これを逆の言い方をいたしますと、請求権というふうに構成するためにはその要件である非行なしの判断がより客観化される必要があるというふうに考えるわけでございまして、例えば非行認定の手続を整備した上で非行なしの場合になすべき決定を創設して、あるいは非行ありの認定自体に対して不服申し立ての道を設ける、さらには非行の存在を前提とする保護処分決定に対しても処分終了後の再審を設けることとか、そのような点をもあわせて検討することが不可欠であろうというふうに考えているわけでございます。これらの点につきましては、委員も御案内のとおり、少年法改正の中であわせて論議すべき事柄ではなかろうかというふうに考えているわけでございまして、今回のこの少年補償制度はあくまでも現行の少年審判手続を前提としたものであるということが二つ目の理由でございます。

 それから、先ほど委員御指摘になられました職権発動を求めることもできないのかという御趣旨でございましたけれども、もちろん家庭裁判所が職権で判断するというか、職権によって行う補償制度でございますけれども、形はどういう形であれ一家庭裁判所の職権による制度として構成しておるものでありますから、その職権発動を促すということ自体は、それは一般的に可能なことであろうというふうに思うわけでございます。

 

○仙谷委員 裁判所が三十日以内に独自に決定をしなければならないというふうになっているわけですね。そうしますと、そんなことはないとおっしゃるかもわかりませんけれども、看過をして三十日徒過した、本来はこれは補償すべき場合であったのではないだろうかというふうな疑問が出てくるような事案。続いてお伺いするわけですが、不服申し立て権というのも当然のことながらない。つまりこの規定によりますと、決定があるかないかについても何らかの不服の申し立て方というのも権利としてはないわけですね。それから、不服をもし申したとしても、応答義務もないことになっておりますね。そうなりますと、そういう看過とか徒過とかという場合にはどうなるのでございましょうか。

○濱政府委員 請求権として少年補償制度を構成すべきであるという御意見については、今委員が御指摘のように、抗告等による不服申し立てをあわせて認めるべきであるというお考えがやはり基本にあるのではないかと思うわけでございます。不服申し立て制度を認めるかどうかということにつきましては、これは、一つには、現行の少年審判手続におきましては、先ほど申し上げましたように、家庭裁判所が専権的な判断機関として位置づけられておるわけでございまして、保護処分決定を除きまして、一定程度少年に不利益を及ぼすような処分に対しましても抗告は認められていないわけでございまして、このことと一貫しないというふうに理解しているわけでございます。

 それから、二つには、非行ありの認定に対する抗告を認めないまま非行なしの判断がなされた場合の補償の要否あるいは程度についてだけ抗告を認めるということはこれまた一貫しないというような考え方になるわけでございまして、このような問題がございまして、抗告等による不服申し立て権ということを認めることは相当ではないという考え方をしているわけでございます。

 そもそも一般的に判断能力が成熟している成年と異なりまして、少年審判の対象となる少年は一般的には判断能力が未熟である、それを補う保護的環境の整備されていない者も少なくないから、請求権ということで構成するよりも、少年の後見的機関として位置づけられている家庭裁判所に補償の要否、程度の判断をゆだねて、少年の申し出、による再度の考案の余地を認めるというこの法案の行き方の方がかえって少年保護にかなうものではないかというふうに考えたわけでございます。

 いずれにしましても、刑事補償及び被疑者補償両制度のある意味ではギャップを埋め、身体拘束を受けた後に非行なしの判断を受けた少年を保護するという建前の少年補償という制度でございますので、職権的構成によって十分達成できるものである。従来、少年審判手続につきましては家庭裁判所が職権によって健全なその裁量によって少年審判手続を運営するという信頼の上に立って設けられている制度であるというふうに基本的に理解しているわけでございます。

    〔星野委員長代理退席、委員長着席〕

○仙谷委員 保護の対象ということを非常に重視されておっしゃられておるわけでございますが、また後にも聞きますけれども、現実には、しかしこの種の案件が発生する場合というのは、弁護士付添人がついて問題点を指摘し、そして非行事実なしということに至るケースの方が圧倒的に多いのじゃないかというふうに経験的には感じるのです。そうだとすると、国親が上から下まで面倒を見るという発想、それはそれであってもいいのですよ。けれども、それに加えて、やはりもう少し、基本的に申し立て、応答という関係はつくった方がいいのではなかろうか。それは次の次にお伺いする費用補償との関係でも、どうもそこのところが、制度の論理的な一貫性を求める余り実質的な権利救済といいますか、その部分が不十分なのではないだろうかということを強く感じるわけでございます。

 ちょっと消化不良でありますけれども、次に進みます。

 そもそもこの刑事補償法がつくられたときには、いわゆる第二次世界大戦前の旧法との関係もあり、あるいは刑法体系も部分的に変わったということもあって、遡及効が刑事補償法には規定をされておるようでございます。簡単で結構ですから、その部分を御説明いただきたいと思います。

○濱政府委員 確かに委員御指摘のとおり、現行の刑事補償法が新たに制定されましたときには、新憲法の施行時まで遡及して適用を認めるということにされたと理解いたしております。

 その趣旨を考えまするに、今委員も御指摘になられましたように、旧刑事補償法のもとでの補償制度と申しますのは国家の恩恵的補償という考え方でございまして、基本的に新憲法のもとで制定されました現行の刑事補償法とは異なるものであったというふうに理解しているわけでございまして、現行の刑事補償法は新憲法の人権の保障ということを進める趣旨で権利性を認める制度としてつくられたものというふうに理解するわけでございます。したがいまして、当時としては、根本的に異なる制度をつくるということから、少なくとも新憲法の施行時まではさかのぼらせた方がいいという趣旨でそういう手当てをしたのだというふうに理解しているわけでございます。

○仙谷委員 論理的には私はこれから聞くお答えになっているのじゃないかと思いますが、本法案、つまり少年の保護事件に係る補償に関する法律では遡及というのは一切認めてないわけです。

 例えば、現時点で保護処分が出ようとしている、出ておる。そして、この要件に該当するような処分が出た場合でも、本法が施行された後に保護処分を受けた者じゃないとこの補償を受けられない、こういうことになるわけでございますね。その辺は、遡及の規定というのをこの種の権利救済的法案というのはやはり持つべきではないだろうかと私は考えるのでございますが、いかがでございますか。

○濱政府委員 まず、御審議いただいている少年補償法案の附則におきましては、この法律の施行後に第二条に規定する決定、すなわちその不開始決定あるいは不処分決定があった保護事件に係る身体の自由の拘束又は没取について適用するということにしているわけでございます。それで、なぜその遡及適用を認めないのかという御趣旨の御質問であろうと思うわけでございます。

 もちろん、これも遡及適用を認めるかどうかということ自体は専ら立法政策の問題であると考えるわけでございまして、第一に、実質的には旧刑事補償法の全面改正でございました現行の刑事補償法の例、これは先ほど委員が御指摘になったと

ころでございますが、この場合を除きまして、例えば証人等の被害についての給付に関する法律による給付あるいは犯罪被害者等給付金支給法による支給等、比較的近似する制度につきましていずれも遡及適用を認めていないということが一つ。

 それから第二に、遡及適用を認めるといたしますと、少年法が施行された昭和二十四年までさかのぼらせることは、審判記録の存在とか家庭裁判所の手続負担の面からおよそ不可能であろうというふうに思うわけでございますが、一万どこかの時点で切らなければならないということになりますと、これはなかなか合理的な説明が難しいと思うわけでございまして、かえって新たな不均衡を生み出すことにもなりかねないというふうに考えるわけでございます。

 

○仙谷委員 ちょっとお伺いすることを変えます。

 補償をしないことができる場合として、「本人が補償を辞退しているときその他補償の必要性を失わせ又は減殺する特別の事情があるとき。」という規定がございます。これは先ほどの不服申し立て等々の権限といいますか権利といいますかやり方とも関連すると思うのですが、つまり職権で記録だけを見て家庭裁判所の裁判官が決定を行うというイメージにどうしてもなるわけです。その場合に本人を呼んで、君、君、もうこれ要らないだろうというふうな話に、つまり一切外には見えないところで本人の意思確認がされるおそれが十二分にあるのじゃなかろうか、こういうことを考えるのです。あるいはもっと言えば、警察の少年係の人がそういうことを慫慂に行く可能性も全くなきにしもあらずだと私は経験上思うのです。

 そういう本人の辞退というのをここへ書いてあるわけでございますけれども、先ほどおっしゃられたように、つまりその意思表示の問題として、要保護的なものが対象者であるという前提を置いて保護をするから家庭裁判所独白でいいのだ、こういうふうにおっしゃられるわけですが、今度はいわば利害が相反するのではないかと思われる家庭裁判所の方が辞退の意思があるかないかを判断する、これはまたいかがなものだろうかなという思いにとらわれるわけでございます。ここで辞退の意思が真意に出たものかどうなのか何で担保するんでしょうかということをお伺いしたいわけであります。

○濱政府委員 今委員御指摘のように、第三条で、補償の全部又は一部をしないことができる場合の一つの事由として「本人が補償を辞退しているとき」というふうに規定されているわけでございます。

 この点につきましては、まずその補償の辞退があったからということで直ちに補償の全部または一部をしないことができるというわけではなくて、家庭裁判所の健全な裁量によって補償の全部または一部をしないことができるということでございますから、少年法におけると同様に、この少年補償法案につきましても家庭裁判所は十分な後見的機能を発揮すべきことが予定されているというふうに言えるわけでございまして、一たん少年が補償を辞退する意思を表示したから直ちに補償しない旨の決定をするのではなくて、委員今御指摘になられましたように、少年の判断能力や辞退の理由を十分に考察して、必要に応じて保護者からも意見を求めるなどの措置を講じた上で、補償をするかどうかあるいはその内容を定めるという運用が予定されていると考えるわけでございます。そういう意味で少年保護に欠けるところはないと理解しているわけでございます。

○仙谷委員 それでは、次に進みます。

 この補償法案には付添人あるいは本人の費用の補償の請求というものは入っておりませんね。今の刑事訴訟、刑事補償両体系でも、刑事訴訟費用の請求というのは刑事訴訟法の中へ枝番号がついて入っておって、独立の体系にはなっていないわけでございますけれども、実質的に考えますと、この種の案件は、よく冤罪事件だとかなんとも言われますけれども、まさに付添人及び本人あるいは保護者が相当エネルギーを使って努力をしないとこういう結果にならないという部分も相当あるといいますか、むしろその比重が大きいのではないかと思うのですね。先ほど来のお答えで、大体この費用補償請求は制度の論理的一貫性からとても認められるわけがないという感じでございますので、その点についてはお答えを聞くのを差し控えまして、実質的にこういう非行事実なしという不処分、審判不開始という結果に至るために弁護士付添人がちゃんとつくべきだろう、ついた方が人権保障といいますか少年の権利救済にとってよいというよりも大いに望ましいということになると思うのですね。

 そこで、最高裁判所の方にお伺いするわけでありますが、昭和四十七年の十一月に法律扶助協会の方で付添人をつけられるかどうかという照会をなさっておるようでございます。このそもそもの動機といいますか趣旨といいますか、それと、昭和四十七年以降の経緯、今どのくらいの家庭裁判所と法律扶助協会の各県支部の間でどういうことが行われているのか、これについてお聞かせをいただきたいと思います。

○山田最高裁判所長官代理者 今委員仰せのとおり、少年保護事件の場合には制度上刑事事件の国選弁護人のような制度が現在はございませんが、しかし実際に事件処理をしております場合に、刑事処分または少年院送致が予想されるような重大な事件もございますし、少年が非行事実の重要な部分を争っておる事件ということもございます。この種の事件の場合で弁護士である付添人が必要だというふうに感ずる事件は裁判所の側としてもあるわけでございます。

 その場合に、少年の家庭が貧困であるというような形で弁護士である付添人の援助が受けられないのは相当ではないであろう、こういうような考え方から、今御指摘がございましたように、昭和四十七年十一月十六日に家庭局長から法律扶助協会長あてに「少年保護事件に対する法律扶助について」という書面をもって、少年保護事件につきまして弁護士である付添人を選任するために法律扶助を与えることができるのかどうかという趣旨の照会をさせていただいたわけでございます。これがきっかけになりまして翌昭和四十八年、まず名古屋の家庭裁判所、弁護士会、法律扶助協会愛知県支部三者の間で協議ができましたし、同時に、同じ年でございますが、東京の場合に、東京家庭裁判所それから法律扶助協会東京都支部とも話ができまして、法律扶助協会による付添人扶助の運用が四十八年から開始された、こういういきさつでございます。その後この趣旨がだんだんと広まってまいりまして、法律扶助協会の受け入れ態勢あるいは弁護士会の受け入れ態勢が整ったところから順次その都度その地区の家庭裁判所との協議をしていただきまして、次第に全国的にその数がふえてきているという状況でございます。

 私どもで現在把握している限りでございますけれども、本年の五月一日現在で、全国家庭裁判所五十庁のうち三十八庁でこの付添人扶助制度が実施に移されていると理解しております。また、平成三年度中にこの制度が利用されまして、弁護士である付添人が選任された件数は全国で三百一件であると把握をしております。

 以上でございます。

○仙谷委員 そもそも付添人がつくかどうかということでございますが、私が持っておる資料が平一成元年までしか入っておりませんが、平成元年ですと、付添人がついておる少年保護事件が〇・六四%、総数で千七百九十五人ということであるようであります。その千七百九十五人のうち弁護士付添人が千六百九十四人、一般の保護事件の総数からいいますと〇・六一ということでございます。わからなければ結構でございますけれども、もし平成二年、三年の数がわかりましたらお示しをいただきたいと思います。

 それから、この少年事件の付添人について要するに法律扶助協会と昭和四十七年以降ある種のシステムを運用されてきておるわけでございますが、これについて法律扶助協会の方からの要望とか、あるいは不満ということはないのでしょうけ

れども注文とか、そういうことが家庭裁判所、それから法務省の人権局になるのでしょうか、つまり資金との関連というようなこともあると思いますが、この点についておわかりになる範囲でお答えいただきたいと思います。

○山田最高裁判所長官代理者 まず最初の付添人がつく数の点でございますけれども、平成二年度に終局をしました一般保護事件総数の中に占めます付添人がついた事件、全体では千九百七十五件でございまして、この付添人のうち、弁護士である付添人に限って見ますと千八百七十二件ということになっております。

 それからまた、法律扶助制度の運用につきまして、いろんな、その都度問題点が出てくる場合にどう対応しておるのか、こういう趣旨の御質問がと存じますが、これは、各地区の家庭裁判所に対して法律扶助協会あるいは弁護士会等から協議の申し入れがあって、それの運用の仕方等について随時協議をするということが一部の庁では現実に行われているというふうに理解をしております。

 

○仙谷委員 法務大臣、ちょっと時間がなくなりましたのでお願いやら希望しておくわけでございますが、今申し上げたとおり、少年事件に付添人がつくパーセンテージ、非常に少ないのですね。ただ、その少ないうちでも弁護士付添人が付添人としてはついている割合が非常に高い、こういうことですね。それから、家庭裁判所の今の答弁でもございましたように、事件の種類によってはやはり弁護士付添人をつけた方がいいという事案があるといいますか、相当数あるのかどうか私よくわかりませんけれども、おる、こういうことですね。先ほどのお答え、平成三年が三百一件、法律扶助による付添人がついておる。全体としては先ほどのお答えからいたしましても、大体千七百件から二千件までの付添人がつく事件のうち三百件ぐらいが法律扶助による付添人がついておるということだろうと思うのですね。

 考えますと、私はこれが悪いシステムだとは思いませんし、もっと拡張すべきだと思いますけれども、なぜこうなるかと言いますと、やはり一つは、国選付添人制度というのはもちろん現行制度でないわけであります。つまり、どこかが費用負担をしないと付添人がつかないということがあるわけでございます。現行制度上も、あるいは本質的にも、国選付添人という格好よりも、何かリーガルエイドと言うようでありますけれども、法律扶助によって付添人をつけていくというふうなことの方が望ましい結果が、つまり少年と付添人の関係も含めて、望ましい結果が出るのではないだろうかなというふうにも経験上感じたりするわけであります。家庭裁判所の方は、法律扶助というものを使って、資力の問題とかそういう付添人をつけた方がいい事件についてつかない場合に、何とか解決しようということでこういうことをお進めになってきておるのだと思うのですね。

 一方で「少年保護事件の支部別実績」というのを法律扶助協会からいただいて、見ますと支部別に物すごく数がばらつきがあるのですね。多分これは財源だと思うのですね。あるいは年度によってもばらつきがありますけれども、先ほど出てきました愛知というのは群を抜いて多いわけであります。取り組みも多いけれども、多分贖罪寄附とか、寄附でお金をつくって、そして弁護士さんの中で熱心な人が多分いらっしゃって、回転しておるのだと思いますね。この制度を、今の法律扶助に関する法務省の、何というのですか、内規とか、法務省的にはいろいろな制約があるようでございますけれども、法律扶助制度を拡充強化して、少年の保護事件において少年の人権保障といいますか権利救済をより充実したものにしていくということについては、法務大臣、いかがでございますか。

○田原国務大臣 先ほど来、委員と私どもの刑事局長とのやりとりを聞いておりますと、一方は実体論を大分述べておられるし、一方は法律構造論のような感じがいたしまして、法律の構造上なかなかしかねるということで現在の形になっていると思うのですが、ただ、今おっしゃったように、実体論から見てそういう実態も既にあるし、少年について、簡単に言えば国選の付添人の制度が要るのではないかということであろうというような気がしますが、実体的に見ますと、法律扶助の中の、法律扶助協会が行っているものの中に、国庫補助金によるものとそうでないものとあるわけですが、少年の場合は付添人その他については法律扶助協会自体の財団の金で運用しているということになっているわけですね。そこにもやはりさっきの両論の、両方の構造論の違いがあらわれていると思うのですけれども、ただ、私、少年法のこととか実務は詳しく知りませんが、少年法改正のことについて今勉強はしているわけでありますから、構造全体と関係がかる問題ということは先ほどから申し上げておりますので、全体の改正のときに一緒に考えるべきことではないかなと法務省としては考えている次第であります。

    〔委員長退席、星野委員長代理着席〕

○仙谷委員 ちょっとお答えになられた視点が違うかと思うのですね。つまり、現行制度の中で、法律扶助協会というものを使って現行制度の中でもやる気があればできるんだというのがまず出発点になっているわけですよ。それを模索してきたのが家庭裁判所だと思う、少年事件については。現在、刑事事件についても、弁護士会が弁護人推薦制度というのをつくったりあるいは当番弁護士制度というものをつくって、現在の国選弁護人は被告人になってから以降しか付されませんから、それ以前の捜査段階での弁護活動を充実してやろう、そのことが冤罪を防ぐ道である、あるいは冤罪でなくてもその人の権利を保障する道であるということでやり始めているわけですね。いずれにしてもその部分については、ある期間とかある回数であれば弁護士の方も奉仕でやるでしょう。やっていらっしゃる方、いっぱいおりますから。特に少年事件の今回問題になったこういう事件を担当されている弁護士さんなんかは、ほとんど持ち出しでやってここまで来ているわけですね。しかし、それがシステムになったら、全部ただということになるとうまくいかないわけですね。そこで、法律扶助制度に対する国のかかわり方の問題になるわけでございます。

 現在「法律扶助事業費補助金交付要領」というのが法務省にあるようですね。この交付要領によって、要するに日本の場合には、法律扶助協会に対する国のお金というのは、民事事件の訴訟、民事訴訟の扶助にしか使えないという建前で、今補助金が、何かことしは一億五千万ぐらいですか、微々たるものが補助金として交付されておる、こういうことになっておるわけですね。

 ここに法律扶助協会が外国へ行って調べてきた「英国・ドイツの法律扶助」という報告がございます。こういうのを拝見しますと、法律扶助の中でも相当重要視しなければいけないのは、我々は法律相談と言っていますけれども、法律上の助言を与えるための財源的な措置、それから刑事事件、我々の感覚からいうと刑事事件のうちの一つに少年事件というのがあるのですけれども、少年保護事件、こういうものがあるわけです。これを事件が始まったときから、つまり警察的に言うと捜査に着手されたときから弁護活動あるいは少年事件における弁護的な活動が、付添人の活動が始まらなければいけない。そういう観点で言いますと、日本の場合は法務省が頭を切りかえていただいて、それは刑事的なことも民事的なことも、法律相談にも、刑事事件、少年事件にも法律扶助が行われるような手だてを考えなければ、弁護士と国民のある種の距離間とかそれから料金の問題つまり資力の問題とか、解決できない問題があるのではないかと思います。

 ちなみにイギリスというのは、刑事法律扶助だけで日本円で四百二十九億円、当番弁護士制度に百十億二千五百万円と書いてあります。刑事事件の法的な助言、援助に二十八億五千万円という金が使われておるわけでございます。この当番弁護士制度のお金なんかはほぼ一〇〇%国庫の補助金、それから先ほど申し上げました刑事事件、刑事法律扶助というのは九〇%以上が国庫補助である、こういうことになっておるわけです。ドイツも三百三十九億円というお金が、これは全事件を通じて扶助がなされておるわけです。扶助に対する国庫あるいは地方政府の助成措置がなされておる、こういうことになっておるわけです。やはりここまでいくべきではなかろうかというふうに私は考えるわけであります。イギリスの場合には、特に刑事事件の被疑者、被告人の場合、給付を受ける人は全国民の六〇%くらいまで給付を受けられる、そういう水準の高さになっておるというのですね。

 もっと言いますと、弁護士の経験からいいますと、今の刑事事件で、本当は刑事事件というのは個人が罰せられますから、個人として今の税制が前提になる限り、刑事事件の報酬を払えるという人は私はほとんどいないと思いますね。だから、リクルートの江副さんやロッキードの田中さんがどこからお金を捻出してきておるのか、厳密に言えば私は不思議なんですね。可処分所得がそんなに残るはずがないんですよ、日本は、フローだけからいいますと。だから、ストックがある人がそれを処分して弁護士につき込むというのだったら話はわかりますけれども、フローであれば、それはちょっと大臣も自分の給料と税金の関係をお考えになったら、刑事事件に自分がなったときとかあるいは選挙違反で大量の選挙違反者が出たときにどうするかということを考えて、弁護士に払う着手金、報酬は、これは税金を取られた後の可処分所得だけということになったら、多分弁護士報酬を払えるという人は僕はいないと思うのです。サラリーマンの方々も、非常に厳しいけれども、預金をしておったものとか、何とか取り崩して持ってきていらっしゃるんだと思うのですよ、刑事事件になったら。

 だから、そういう前提で考えますと、とりあえずは刑事事件についても法律扶助が出動する、そして資力のある人は資力に応じて返してもらう、こういう法律扶助制度の本来のところに返ってこないと、刑事事件あるいは少年事件、あるいは刑事事件的、民事事件的な法律相談についてのそういうリーガルサービス、本来の意味のリーガルサービスを国民が受けられる実体的な担保がないんじゃないかと思うのですね。そこで、私はこの際思い切って、何か参議院の方では林田悠紀夫議員に法律扶助制度の充実について質問をされたようでございますけれども、頭を切りかえて本当の意味での予算というものをつける、そのためには現在のような財団法人法律扶助協会では困るということならば、やはり法律扶助の法案をつくってそういう法人をつくるということが必要なのではないのかな、こう考えておるわけでございます。

 そこで、最後に法務大臣に、たまたまきょう話題になりましたのは少年事件と刑事事件でございますけれども、この法律扶助を私が申し上げたような方向に向けていく、これからますます複雑多様化する社会において、どのような立場の人もどのような階層の人もリーガルサービスがちゃんと受けられるように実体的に保障していくということをお願いしたいわけですが、法務大臣、いかがでございますか。

○田原国務大臣 今の法律扶助の概念からいきますと、国庫補助はおっしゃるような感じでございますし、一億五千万くらいしかないことも事実でございます。しかし、これも徐々に伸びてきておりまして、これを法律できちんとやれとおっしゃる御意見もわからないではありませんが、長年今の方法が定着してきておりまして、前進しておりますが、それなりの国民的合意がないとなかなかできないわけでございまして、おっしゃるようないろいろな話を聞きますと相当専門的な分野がかなりあって私が経験しない分野も結構あるものですから、常識的にわかる分野とそういうものとがごっちゃになりますので、政府委員からまとめて答弁させます。

○篠田政府委員 お答え申し上げます。

 先ほど諸外国に比べて我が国の法律扶助の点が非常に貧弱ではないかという御指摘がございましたけれども、金額の点からいいますと、確かに委員御指摘のとおり非常に大きな差があるわけでございます。しかし、これはいろいろ国の制度全体にかかわる問題でございますので、単純に比較することはできないのではないかというふうに考えております。

 それで、現在の法律扶助制度につきましては、昭和三十三年度以降今日まで財団法人法律扶助協会に対する国庫補助という形で行ってきているわけでございますが、現在のところその制度が定着しているというふうに考えております。したがいまして、当面は現行の予算補助という方式によってさらに法律扶助制度の充実発展に努めてまいりたいと考えております。ただ、御指摘のとおり現在の制度は民事の事件に限って法律扶助をやっている、しかも訴訟事件を中心にしているというのが現状でございます。その点についていろいろと範囲を広げたらどうかとか、それから先ほどもお話ございました法律相談につきましても広めるべきではないかというような御意見もございますけれども、法務省といたしましては法制定の是非を含め今後とも法律扶助制度について勉強してまいりたい、そういうふうに考えております。

○仙谷委員 時間が参りましたので終わりますが、この点は国民からいえば防御権といいますか、あるいは権利の主張を実体的にできるかどうか、それを国の制度、あるいは国の制度そのものではないけれども法律扶助というふうな制度で実体的に保障して。いけるかどうかの話なんですね。局長、単純にその金額を比較できないと言ったけれども、やはり単純に比較しないでも一千五百万と一億五千万というのは、これはちょっといかがなものか。それで、法律扶助協会の人に話を聞きますと、いつも財源の問題が手かせ足かせになって活動が広げられないということが事実のようでございますので、ひとつ法律扶助制度で刑事事件でも民事事件でもあら似る面で国民の権利保護という立場から積極的に取り組んでいただきたいと存じます。終わります。