169 - 衆 - 議院運営委員会 - 12号  平成20年03月18日

○笹川委員長 仙谷由人君。

○仙谷委員 民主党の仙谷でございます。
 時間の関係で、先輩の田波総裁に失礼な聞き方になるかもわかりませんが、今の、九八年、九九年のころでありますが、大蔵次官時代にまさに金融クライシスが発生した。次官時代になさったことは、実は、佐々波委員会による中途半端な資金注入であったり、あるいは、なみはや銀行の特定合併であったり、護送船団方式と言われた方式から大蔵省が全く脱却できない、公的資金注入とかいうことについても、財政的観点からする、もう出し惜しみ一方で、結局、危機管理ができなかったという総括を私はしているんですね、我々の金融再生法によってようやくこの危機脱却の方策ができたと。
 今また証券会社ベアーの問題から始まって、世界規模で十倍の危機が発生しているんじゃないかと見るんですが、当時の、十年前のことをどのように田波総裁が総括をし、これから世界金融危機に臨もうとしているのか、その所信をお伺いしたいのが一点。
 それからもう一点は、やはり日銀が一兆二千億の国債買い切りオペを延々と続けている。超低金利・円安政策を延々と続けて国民の懐に三百兆も打撃を与えているという紛れもない事実があって、現時点で、ボンドマーケットの規律を侵す、今資料もごらんいただきましたが、この政策についてどのようにお考えになって、これからどうしようとされるのか、この点についてもお伺いしたいと思います。

○田波参考人 ありがとうございました。
 最初の点でございますけれども、九七年の後半から九八年というのは、日本の金融機関の危機が来ると同時に、アジア危機という非常に大きな波がございました。その中で、日本経済は非常に困難な状態になってきたわけでありますけれども、そのときに、解決の方法として、金融機関をどうするかという問題があったことは、仙谷先生おっしゃるとおりであります。佐々波委員会というのをつくりまして、資本注入を、これは少し横並び的な注入であったということは認めざるを得ないと思いますけれども、行いました。
 ただ、その後、ここが私は金融の怖いところかなというふうに思うんですけれども、金融の悪影響というのは、今のちょうどアメリカのサブプライム問題に発したいろいろな悪影響と同様に、なかなか正確につかみ切れない、どこまで行くのかわからない、こういう経験を私は実感しました。したがって、究極的には、先生方の御尽力によって大規模な公的金融資金を入れまして、これによってやはり何とか日本発の世界同時不況は免れたという評価はできるんだろうと私は思います。
 したがって、今考えますのは、その後、証券化商品というような形で、非常に目に見えない形、しかも小口のものを一つにまとめて売って売ってというようなプロセスをできるだけ正確に、前広につかむ努力ということがないと、どうしても、その時点でつかまえてみたらもうちょっと大きかったというのが今ちょっとアメリカで起きていることなので、この辺は率直に反省をしなければいけないというふうに私は思っておりますが、逆に言えば、こういった経験を今後我々としては生かしていくべきではないかというふうに思います。
 買い切りオペにつきましては、基本的に物の考え方は、日本銀行が成長通貨を供給するときの手段として、国債を買って通貨供給をする、その一環でありまして、これはどういう立場から見ても、財政が金融の分野を踏みにじってやるような、例えば日銀の直接引き受け、これは財政法で厳にきちんと禁止されているわけなので、そういう種類の性格のものではないというのが私の考え方でございます。
 それから、量的にいっても、ちょっとデータを私持っておりませんのであれですけれども、日銀の保有国債は、残高でいうと徐々に今減りつつあるのではないかなというふうに認識をしております。あるいは、ちょっとそこは勉強不足かもわかりません。おいおいよく勉強してまいりたい、こう思っております。