後ろ向きの議論を重ねるなら、年金合同会議の意味がない。

改革への道筋を議論しよう

年金制度をはじめとする社会保障制度改革に関する両院合同会議

2005年6月6日

○与謝野会長 次に、仙谷由人君。

○仙谷会長代理 発言をさせていただきます。

年金合同会議設置の本来の趣旨を思い起こせ

 この二カ月間の年金合同会議の審議を振り返ってみますと、ただいまの田村議員の御発言もそうでありますが、基本的には、甚だ現状維持的、現状肯定的な前提にお立ちになっているわけであります。田村議員は、若干の自己批判的なといいましょうか、現行制度に対する批判的なこともおっしゃったわけでありますが、この間出てまいりました議論は、昨年の年金改正は画期的であり、すぐれた抜本改革である、こういう前提に立った御議論でございます。あと残された課題は、国民負担率の引き上げ、三分の一を二分の一にすれば、財源調達をこの点に関してうまくすれば、あとは、昨年の年金改正で百年安心できる制度になったんだと言わんばかりのお話が依然として前提としてなされているわけであります。

 私は、もう一度与党の皆さん方に、本年の四月一日の衆議院、参議院本会議の決議を読み返していただきたいとお願いする次第であります。つまり、皆様方のような議論の前提に立つならば、何ゆえに本会議の決議がなされて、このような年金をはじめとする社会保障制度改革に関する衆参合同会議が開かれなければならないのか、全く我々にもわからないし、国民にもわからないことになってしまうはずであります。

 改めて読みますと、「本格的な少子高齢社会の進展の中で社会保障制度は深刻な状況にあり、」深刻な状況にあるという認識であります。「年金をはじめとする社会保障制度に対する国民の不安・不信は根強いものがある。」「この改革は一刻の猶予も許されないものである。出生率、経済財政情勢、産業構造、雇用構造など時代の大きな変化に適確に対応すべく、過去の経緯などにとらわれず、議論に必要な論点を国民に提示し、あらゆる観点からの議論を尽くし、社会保障制度改革なかんずく年金制度改革について、その実現のため全力を傾注しなければならない。」ということが書かれているわけであります。

 この深刻な状況にあるという認識、政治の責任として、現在我々の前に提起されている諸課題に真摯に取り組むことがこの年金合同会議に課された使命だと私は思っておりますが、どうも今の田村議員のお話を聞きましても、対策や手直しでこの事態が改善できるというふうにお考えのようであります。そうだとするならば、この年金合同会議は、この審議、議論を続けることは全くもって時間のむだだというふうに私自身は最近考えております。

自民党は昨年の年金改正を評価している

 さらに加えて、この年金合同会議の会長を非難することになるかもわかりませんが、自由民主党は、政務調査会会長与謝野馨さんのお名前で、「年金の誤解」と称する本を大々的に配布いたしました。つまり、この「年金の誤解」という堀勝洋さんの著作は「無責任な年金批判を斬る」という副題のついている本でございまして、この本によって、昨年の年金改革、そして年金法の改正によってつくられた制度は、いわば盤石のいいものである、昨年の年金改正法案を批判する論点はすべて間違いだということをおっしゃっておるようであります。これを四月二十日付の文書で配布したのが自由民主党そのものであります。

 そしてまた、四月の上旬には、丹羽社会保障制度調査会長の文書で、現行の社会保険方式を変える必要はないんだと、全体の理念、哲学等々、改めて文書で発表をされているようであります。その文書の中身を精査いたしますと、この席上で丹羽幹事が発言された中身とほとんど同じでございますけれども、いずれにしましても、昨年の年金改正法案について肯定的な評価でございます。

国民年金の未納が大問題

 ところが、私はことしの初めから気がついておりましたが、ここに「日本の生き方」という本がございます。この中で、丹羽雄哉先生は率直に本音を語っていらっしゃいます。つまり、昨年の年金改正は、百年間の予測、経済成長率二%、物価上昇率一%、そういう前提で成り立っているんであるけれども、これはばかなことである。現在の出生率は下位推計を下回っている。問題は国民年金なんだ。未納率は四割ある、定額制度はいずれは変えなければならない、報酬比例にすべきである。現に国民保険制度は八割から九割は国民保険税なんです、国民年金も同じようにすればいいんです。負担を変えて給付も報酬比例になる、その場合はアメリカのような納税者番号制度にすればきちんとした制度になります。このように、「日本の生き方」の中で堂々と丹羽社会保障制度調査会会長は述べていらっしゃるわけであります。私は、まことに率直な、まことに当を得た基本認識ではないか、こう思うわけであります。

 この年金合同会議の第一回目に、柳澤先生がくしくも全く同じ基本認識に基づいてそのようなお話をされました。柳澤先生のお話にもございましたように、事は、年金制度そのものが持続可能な制度設計になっているかどうか、あわせて、この制度に対する国民の信頼がどのように変わってきているかということが最大の問題だというふうに理解をしなければなりません。

国民に信頼される制度設計を

 国民の信頼感を取り戻さなければならないとすれば、年金制度の基盤をなす社会状況の変化や、あるいは各種の働き方の変化というふうなものに的確に対応する政策を打ち出さなければならないことも確かでありますが、年金制度自体も制度設計を根本から変える、そのことによって国民の信頼感を少しでもふやしてもらう。そういう基本的な発想がなければ、現在の制度の部分部分の手直しで事足れりとすることでは、日本の年金制度は、ますます国民的なレベルでは破綻の、つまり見捨てられる方向に行ってしまうのではないかと思います。

 最近の調査で、「年金改革の政治経済学」という本が出されました。多分これは政府関係の補助か助成をいただいて調査をしたものだと私は思います。この中で、二〇〇一年十月から二〇〇四年の六月にかけて、戦前派世代以外、団塊世代、戦中派世代、団塊ジュニア世代、そして新人類世代と分析しておりますが、この人々の国民年金制度への信頼感が極端に低下をしているという事実を皆様方にも知っていただきたい。とりわけ、団塊ジュニア世代や新人類世代は、現在の年金制度に対する信頼感が一二%とか一三%のレベルに落ち込んでいるということをぜひ知っていただきたい。それは、彼らがそういう考え方をしているのがいいとか悪いの問題ではありません。

 私は、改めて、この年金合同会議が本気で国民の信頼感を、我々が少しでも信頼感の欠如をなくして信頼される制度に設計しなければならない、そのために何をすべきか深刻に考えるべきときが来ていると思います。現状肯定だけならば、この合同会議は続ける必要は全くない、そう考えておることを申し上げます。

 以上であります。