法の支配とは何か

自衛隊のイラク派遣は、安保条約違反、
国連憲章違反、日本国憲法違反だ

(2004年1月22日憲法調査会全体会における冒頭発言)

○中山会長 次に、仙谷由人君。

○仙谷委員 民主党の仙谷でございます。

 本年第一回目の憲法調査会の冒頭の発言の機会をお与えいただきまして、感謝をいたしております。

 私からは、今日的な問題関心のある、イラクへの自衛隊派遣の法的な、あるいは憲法的な問題点を申し上げたいと思いますが、その前に、頭の整理といたしまして、というよりも、本年当初、私がある意味で注目をしました三つの裁判といいましょうか、裁判的事例が目につきましたので、そのことからお話をさせていただきたいと思います。

 

 法の支配をどう考えるか
 既成事実でずるずる変えていくのは最悪

 まず第一番目には、最高裁判所大法廷が、参議院議員の二〇〇一年七月選挙の定数配分等についての合憲、違憲問題を判断した事例でございます。

 この中で福田博裁判官は、司法が違憲判断を回避し続ければ、現在の司法制度から違憲立法審査権を奪う結果につながる。つまり、日本でも憲法裁判所が必要になるという議論が勢いを増すよ、したがって余り回避をしてはいけない、こういう趣旨のことを福田裁判官がおっしゃったということでございます。もちろん、実質十対五の違憲判決だと言われるような事態にまでこの参議院の定数問題がなっているということも一つの大きい問題であります。

 二番目には、イタリア憲法裁判所が、いわゆる総理等の免責法案について違憲判決をすっきりと出したという事例であります。

 三番目は、ドイツ、フランスの財政赤字が対GDP比三%超になったことに対して、EU委員会がついにEUの司法裁判所にこれを提起する、制裁金の支払いを提起する、こういう事例が報道されているわけであります。

 つまり、何が申し上げたいかというと、ここでは、日本の司法当局を含めて、法の支配が貫徹をしない、権力に向けられた法律、規範というものが機能しないで、既成事実がずるずると続いていく、この事態を我々はどう考えるのかということが、私は、この憲法調査会で憲法論議をする前提的な問題、極めて大きい問題だというふうに、この間考えているからでございます。

 イタリア憲法裁判所、EUの司法裁判所が、政府の行う行為を、ある意味で抽象的なレベルでこれを違憲あるいは違法と判断をして決着をつけて、違憲ならば憲法を変えるか法律を変えるか、あるいは制度を変えるか行政のやり方を変えるか、いずれかを選択していく、このことについて、国民各階層の合意がなければ法の支配は貫徹しない、こういうことを示して余りあると思うんです。

 

 権力を行使する者は法を守らなければいけない

 つまり、私は憲法を変えてはならないなどと申しません、法律も変えてはならないなどということは申しません。しかし、変えるべき前提は、法律がある限りは権力を行使する者はその法律を守るというこの前提が約束されない限り、権力を行使する段階では、法律を拡大解釈したり、解釈によって意味内容を変更させることを平然と行いながら、今度は憲法を変える。では、変えた憲法を果たして守ろうとする気があるのかないのか。日本の法律に対する国民の意識も含めてここがとりわけ為政者の最大の問題であろうか、こういうふうに私は思っているわけでございます。

 そこで、法の支配と自衛隊のイラク派遣というテーマでお話をさせていただきますが、もし仮に日本に憲法裁判所が存在するとするならば、民主党は多分、小泉内閣のイラクへの自衛隊派遣についてこれを訴えるということになるでしょう。つまり、ドイツのコソボ紛争への域外派兵について、ドイツ社会民主党がこれを憲法違反だというふうに訴えて、ドイツの憲法裁判所がこれを合憲という判断をしました。その当否はともかく、私は、こういう決着のつけ方をしていかないと、いつまでもずるずるといってしまうというのが法の支配という観点からは一番危険だというふうに考えているから、こういうふうに申し上げているわけであります。

 具体的に、自衛隊のイラク派遣でありますが、私は、この派遣は国際法上の根拠が全くないと考えております。他国の領土に日本の実力部隊、国際法上はこれは軍隊というふうに認定されると思いますが、これが存在する、その根拠が全くない、これは国際法上も違法であります。

 また、アメリカのイラク攻撃自体はいわゆる国連憲章に言う個別的もしくは集団的自衛権の行使に当たらないことは、これはだれしも認めざるを得ないわけであります。ましてや、集団安全保障の措置でないこともアメリカも自認をしておるわけでありますから、したがいまして、これが、つまりイラク攻撃自体が国連憲章に反していることは、これはアナン事務総長の言をかりるまでもなく、国連憲章に反していることは疑うべくもないと思います。また、これに引き続く占領行為も何の法的な正当性もない。

 したがいまして、自衛隊がこの国連憲章違反の、そして国際法上何の根拠もない占領行為の一翼を担うものである限り、国際法に反して、かつ国連憲章違反の行為であると言うべきであろうかと私は思います。

 

自衛隊のイラク派遣は、安保条約違反、
国連憲章違反、日本国憲法違反だ

 小泉総理は、この派遣は日米同盟に基づくものであるといっときおっしゃっておりました。または、日米同盟の強化のために必要だというふうに自民党の方々もおっしゃるのかもわかりません。

 思い起こしてみますと、日米同盟の法律形式というのは何でしょうか。日米安保条約ということになるはずであります。しかし、同条約の適用される地理的な範囲は、日本の施政下にある領域ないしは極東に限られることは明かであります。つまり、ファーイーストはミドルイーストとは全く違うということを法律上は覆せないわけであります。したがいまして、この派遣は安保条約にすら反していると言って過言ではないと私は考えております。

 もう一点でありますが、したがいまして、日本国憲法を幾ら拡大解釈しても、国連憲章に基づいて国連の枠組みで活動する場合を除いては専守防衛に限定されるべき自衛隊が、日本の施政下にない地域でその軍事的な力を持って行動し、プレゼンスをとるということは、憲法の予定する範囲を大きく超えているというふうに私は考えます。

 

「必要性がある」なら力で何をやってもよいのか

 小泉内閣や自民党の方々が、しかしながら、憲法違反であり、国際法違反であり、安保条約にすら反しているこのイラク派遣が必要である、政策的に、政治的にこの派遣はどうしても必要だ、やむを得ないと言うのであっても、必要であるとおっしゃるのであっても、これだけ法律を踏みにじってイラク派遣を行うということは、私は、法の支配という観点からあってはならない。つまり、これを認めるとすれば、必要性の名のもとであれば法律を無視することができる、力で何をやってもいいということになってしまうんではないんでしょうか。

 我々は、法の支配、つまり法治主義や法治国家というものを否定するということになりますと、みずからのよって立つ基盤をすべてみずからの手で否定してしまうことになるんじゃないでしょうか。どうしてもイラク派遣が必要だとおっしゃるのであれば、国連憲章を変える、日米安保条約の中身を変更する、日本国憲法を改定する、すべてのこういう法的な手続を行ってからやっていただかなければ法の支配を貫徹することにならないんではないかということをまず冒頭に申し上げたいと存じます。

 以上であります。