2001年06月14日 憲法調査会

○中山会長 次に、仙谷由人君。

○仙谷委員 民主党の仙谷でございます。

 まず、私の方からは、民主党の立場、すなわち今なぜ論憲かということについてお話をさせていただきたいと思います。

 民主党は、憲法議論を大いに展開しようという立場でこの憲法調査会に臨んでまいったところであります。いわゆる押しつけ憲法論あるいは旧国体、明治憲法的国体でありますが、これらへの郷愁に裏打ちされたいわゆる改憲論と、そしてまた、憲法の文言修正につながりかねない議論はいかなる議論も封じ込めるべきだと言わんばかりの護憲論を超えて、今この時代の政治を担おうとする者にとって、国家、憲法を論ずることが重要だとの立場をとってまいったところであります。

 平成十二年一月二十日以降、二十五回にわたる調査会における参考人意見聴取と自由討議、二回の地方公聴会における意見陳述、ヨーロッパにおける憲法調査は、私たちに論憲という立場の正しさについて改めて確信を深めさせていると言っても過言ではございません。

 つまり、日本国憲法制定の経緯を振り返って、現時点で、EUという経済統合から通貨統合、政治統合へまで進もうとするヨーロッパの憲法事情調査によって、今、近代主権国家とは何かということを調査し、加えて、二十一世紀の日本のあるべき姿の意見聴取を通じて、日本という国家が今国際社会においてどのような位置にあって、二十一世紀に日本と日本人が何を価値としてどのような国家の体制をつくるか、日本人として、アジア人として、地球人として、この二十一世紀を生き抜いていくかを冷静かつ柔軟に、そして深く考えるときが現在である、改めて感得しているからでございます。

 すなわち、今私たちにとって決定的に重要なことは、二十世紀の総括、評価と反省を踏まえた上で、国の形、国家論等、人間の尊厳、人権論を構想し、論じ合い、でき得れば国民の合意形成へと練り上げることであると考えているからであります。

 簡単に二十世紀の総括を私なりにしてみたいと思います。

 日本国憲法もある意味での歴史的な産物であると考えております。十九世紀の最も遅い時期から二十世紀前半期の日本は、大ざっぱに言えば、近代主権国家列強の植民地収奪の戦いに参戦し、結局は敗れたわけでございます。敗戦は、ポツダム宣言の受諾を伴いました。周知のように、ポツダム宣言の受諾は、軍国主義的傾向の排除と真の民主主義的な政治体制の確立を伴ったわけでございます。

 これは、後に世界人権宣言、国際連合憲章として結実する、当時の連合国主導の思想潮流に沿うものであったこともまた歴史的な事実でございます。すなわち、戦争の否定あるいは回避という平和主義、基本的人権の尊重、国民主権・民主主義の原則が、第二次世界大戦という惨劇を経た近代主権国家の骨格として取り込まれなければならないということを意味していると考えております。

 第二次世界大戦後の日本が、仮に天皇の神格的な主権、神聖にして侵すべからざる天皇の主権に基づく政治体制にあって、かつ、国民の意思に基づかないそのような政治権力が独立の軍事統帥権を有する国家のままであったとするならば、そしてまた、基本的人権のほとんどが法律の留保のもとに制約されていたとするならば、二十世紀の後半五十年間あるいは五十五年間、国際社会において日本が認知され、行動することができたか否かという点を考えれば、明治国家回帰願望に源を持つ押しつけ憲法論あるいは自主憲法制定論の時代錯誤性というのは余りにも明らかであると私は考えております。

 二十世紀は、ナショナリズム、デモクラティズム、インダストリアリズムの時代でありました。人間の諸活動をより自由にし、これを保障する政治体制、このことによって貧困から脱却し、物質的豊かさをつくり上げたわけでございます。しかし、みずからの自由と豊かさの際限のない追求は、ともすれば他民族を抑圧し、同一民族内においても差別をつくり出し、暴力あるいは武力の行使をすら正当化して、戦争を巻き起こしたわけでございます。

 続きまして、二十一世紀の国の形として、私どもが考えなければならない点を申し上げたいと存じます。

 ヨーロッパの憲法調査で、EU統合が単なる経済統合ではなくて、いかに民族自決の原則に基づいて、細分化されたヨーロッパ主権国家間の戦争をなくするかという信念に裏づけられているということを確認しなければならないと思います。

 冷戦の崩壊後、より大きな潮流となった市場経済は、より自由な経済活動と利潤の拡大を求め、市場の単一化に向かっております。それに対応して、国家の主権は、徐々に主権国家を超えた国際機構への移譲をされざるを得ないわけであります。

 他方、個々人にとっては、生活の安定と生活を良質なものにするという欲求、加えて、生きがいや働きがいという充実感を求める動きとなってあらわれております。そのことは、自分の身近なところで、みずからが参画して公共的な意思決定をしたいということでございまして、これは分権化が促進されざるを得ないと考えております。

 日本においても、いわゆる先進国を取り巻く状況と無縁であるはずはありません。加えて、ITの出現はこの動向を加速させ、複雑化させているというふうに考えます。つまり、人、物、金、技術、情報、そして環境汚染や伝染病がいともたやすく速いスピードで国境を越えるという事態は、主権国家、すべて同一であるとは申しませんけれども、中央政府が絶対的な存在として国民の生命と財産を、そして諸権利を一元的に守るという建前が虚構となりつつあることを示しているのではないでしょうか。

 近代主権国家の持つ単一民族による中央集権的なやり方は、超国家的な国際機構への主権の移譲と地方への権限移譲を進めざるを得ない。しかし、国家が消滅するには至らないのであります。中央政府の役割の限定と、地方政府の役割の設定、地域市民社会における新しい公共の創出を考えるときが来ていると考えております。

 憲法は国の形、国家のありようを示す諸原則であり、基本法であると考えます。そして、国の形とは、人権の形であり、中央政府と地方政府の形であり、国際機構と日本という主権国の関係でございます。日本と日本人を取り巻く諸条件や環境の変化は、今の国の形で対応し得るか否かが真剣に論議されなければならないと思います。

 国の形の論議の方向性でございますが、一つは、国民主権制を豊富化するということが考えられなければならないと思います。

 第二番目には、法治主義の深化がいろいろな制度的な担保とともに考えられなければならないと思います。

 三つ目に、戦争の否定の上に立った安全保障が国の形として考えられなければならないと考えております。

 四つ目が、新しい人権あるいは国家の義務として、環境、生命倫理、あるいは知る権利、外国人の人権というふうなものが構想されなければならないのではないかと考えているところでございます。

 終わります。