2000年02月28日 予算委員会第二分科会

○西田主査 これにて川内博史君の質疑は終了いたしました。

 次に、仙谷由人君。

 

○仙谷分科員 外務大臣、御存じだと思いますが、一昨々日、二月二十五日に、サハリン残留韓国人の永住帰国者に対するアパートが完成をいたしまして、入住式というのが行われました。残念ながら、なぜか現職の日本の政治家は、国会の関係があるということで招待をいただけなかったのかどうかわかりませんが、いずれにしてもだれも参加をしていなかったということでございます。

 ちょっと話が飛び飛びになるわけでありますが、これに出席をしなかった、できなかったことは甚だ残念なのでありますが、多分河野外務大臣が外務大臣になられる前に、FDLAP、ザ・フォーラム・リーダーズ・オブ・イン・ザ・アジア・パシフィックでしょうか、アジア太平洋民主指導者会議の方から御招待をいただいて、外務大臣になられたにもかかわらずというと語弊があるかもわかりませんが、外務大臣になられた後に、昨年の十月二十五日にソウルで開かれたアジア太平洋民主指導者会議に御出席をされました。私も偶然、招請を受けておったものですからソウルへ参りましたら、大臣とお会いして、ある種の感慨といいましょうか、感動をしたわけでございます。

 そこで話されておりましたことは、金大中大統領という方は、民主化と人権について、とりわけアジアの中にそういう普遍的な価値観をこれから根づいていかせなければならないし、それはまたアジア本来の思想にも基づくんだという見識といいましょうか哲学があって、大統領になられてからも、この種の会議、アジアにおける人権状況あるいは民主化の動向について、深い洞察と危機感を持ってリーダーシップを発揮しなければいけないというお気持ちであるように私は感じ取ったわけでございます。

 大臣も、アジアの中で日本があるいは日本の政治家がリーダーシップをとっていかなければならないというお気持ちは、日本の政治家の中でも相当お強いように思うのですね。そういう観点から大臣が出席されたのじゃないかと思います。

 そこで、ちょっとさかのぼりますと、金大中大統領が日本に来られて、一九九八年十月八日に国会で演説をされております。

 日本と韓国の関係、韓日関係を未来志向の関係に築いていくべきときを迎えた。過去を直視することは、歴史的事実をありのままに確認することであり、未来を志向するということは、確認した史実から教訓を得て、よりよいあしたを模索するという意味である。日本には、過去を直視し歴史を恐れる真の勇気が必要であり、韓国は、日本の変化した姿を正しく評価しながら、未来の可能性に対する希望を見出す必要がありますと演説をされたわけであります。

 私はこれを聞いておりまして、時代的に韓国も、これは私の見方でありますが、ある種の、北と南の抗日競争といいますか、これについに終止符を打って、韓国は韓国で、日本に声高に要求するだけじゃなくて、日本の現状、いいところといいましょうか、評価すべきところはちゃんと認めていこう。あるいは、経済社会を含め、韓国のいろいろな分野に対する日本の貢献も認めていこう。しかし、過去をきちっと認識して、清算をすべきところは、これは日本の問題、日本人の問題で、それはやはりきちっとやっていただかないといかぬのだけれども、それを声高に要求するということはもうやらないという、ある種の双方の主体性を認め合った上で未来志向の関係を築いていこうというお考えだなということで、感銘を受けながら演説を聞いたわけであります。

 つまり、日韓の歴史あるいは北と南の抗争といいましょうか、厳しい対峙の歴史を多少振り返ってみますと、これはなかなか思い切ったことをおっしゃる、あるいは深い洞察に基づいているなという感じがしたわけであります。

 したがいまして、日本はこの段階からある意味で、金大中さんといいましょうか、韓国の方から、あなた方はどうするのですか、この問いかけにどうおこたえいただけるのでしょうかねというボールを投げかけられて、日本の方が、まさに日本人の歴史認識と、そしてこれから具体的な行動で何を示すのかということが問われている、そういうボールを投げかけられて、一つ一つきちっとこたえていかなきゃならない時代に入ったのだなという認識といいましょうか、感慨にふけったわけでございます。

 こういう金大中さんのお考えに対して、外務大臣はその時点で、あるいは現時点でも結構でございますけれども、どういうふうにお考えでしょうか、あるいは、韓国に対してどうこたえるべきだとお考えなのでしょうか。

○河野国務大臣 議員お話しのように、私も韓国金大中大統領の日本の国会本会議場におきます演説を非常に感動を持って聞きました。今考えてみると、あの演説と申しますか、あの時点を契機にして、日韓関係は劇的に変化したのじゃないかというふうにすら私は思っているわけでございます。

 韓国は非常に率直に、お互いの文化を評価する、排除をするのではなくて、お互いに積極的に相手の文化を評価して、取り入れるべきは取り入れていこうということを韓国側から呼びかけられたということでございました。

 今議員がお話しのように、未来志向ということを非常に明確に言われて、その後私も大統領にお目にかかりましたときに、未来志向に移るために我々がすべきことは何だろうかということをちょっと伺ったことがあるのですけれども、大統領からは一言、それはあなた方がお考えになることです、私の方から申し上げることではありませんということを言われて、非常に恐縮したといいますか、恥ずかしい思いをしたことがございます。まさに我々は今、新しい日韓関係をつくり上げるために日本が何をしなければならないかということを、日本自身が考えなければならない場面にいるというふうに思います。

 日本と韓国との過去の長い歴史の中にさまざまな問題があって、そうした問題を我々は一つ一つ正しく認識をする、正しく判断をするということを考えなければなりません。そして、勇気を持ってその歴史に対応するという必要があると思います。子供たちにとっても、そうした正しい歴史を知ることが必ずやプラスになるというふうに私は考えて、このためにいささか努力をしたいというふうに思っている次第でございます。

 日韓関係は、長い間、経済的にも相当大きな格差がございましたから、一方的に日本側が韓国に経済的な支援をする、これは人道的な点に着目をするということもございますし、それ以外のいろいろな判断というものもしなければならないという状況でもございました。しかし、韓国は韓国なりの努力によって、今は経済的にも、立派な経済の仕組みをつくり上げ、経済成長率でいえばはるかに我が国を上回る経済成長率を持っているわけでございまして、これからはむしろ、そうした点では対等に考えながら、我々がすべきことをきちんとしていくということが大事だというふうに考えております。

 

○仙谷分科員 そこで、サハリン残留韓国人問題でございますが、ちょっと粗っぽく、外務大臣とこの問題のかかわりを振り返ってみましたら、外務大臣が官房長官のときに、当時の社会党の五十嵐広三議員から質問を受けて、五十嵐議員の認識なりあるいは解決方への議論、これについては、尊敬する先輩大臣の御発言は全くそのとおりと感じておりますというふうにお答えになって、すべて原文兵衛先生や五十嵐先生が切り開いてこられた道筋の中で、政治的にも道義的にもこれは力を入れて解決しなければならないというお気持ちであったと思います。

 今申し上げたのは多分九三年の三月でございますが、九五年には、外務大臣がいわゆる自社さ政権の中での外務大臣になられておって、今度は五十嵐さんが官房長官、この九五年に、今回完成しました永住帰国者のアパート、それから昨年の三月に完成して入所が始まっております仁川、インチョンの療養院、特別養護老人ホームのようなものでありますが、私も招待されてオープンパーティーに行ってまいりましたけれども、これに要する費用、両方で三十二億円の拠出が決められて、日韓双方の赤十字社の共同事業体に拠出がされた。

 思い起こしますと、これは九五年でございますから、五年間かかってようやくこの三十二億円がまあまあ有効に使われて、箱物が、外側は完成した、こういうことになるわけであります。したがいまして、外務大臣はこの両方に深くおかかわりになっておるのだな、こういうことを改めて私も思い出して認識をしたわけでございます。

 そこで、私は、一昨年、九八年の三月十九日に、やはりこの分科会でこの問題について質問をいたしました。当時は今の総理大臣小渕さんが外務大臣でございました。当時は安山のアパートの進捗がはかばかしくないということでございまして、その年の夏に、八月の十四日、十五日に安山まで私参りまして、現地の建設担当者やあるいは統一部の高官等々ともお会いしましてお話をしたり、進行状況を見たりしてきたわけですが、今回は、箱物というか、建物としてはすばらしい住宅が完成したということであります。

 問題は、九八年段階からも私は申し上げておったのですが、箱物はできて入居はできたけれども、生活ができるのですか、生活が非常に大変なんじゃないですかということを申し上げてきました。そして、九八年の八月に安山を訪問したときに、その足で、当時は登村というところに、永住帰国者がいわば公団のアパートのようなところに分散して入っていらっしゃる方がいらっしゃいましたので、その人たち、それから韓国人でボランティアでその人たちをお世話している人たち、そういう方々とも懇談をして要望やお話を聞いてまいったわけであります。

 簡単に言いますと、夫婦で約五万円の生活費が出る、しかし、電気、水道、光熱費を除くと四万円ぐらいだ、これでは生活ができないということであります。特に、今回でき上がった安山のアパートの周辺は、韓国の方に言わせると中の上ぐらいの階層が高層マンション的なところにお住みになっていて、非常なる生活水準の違いが出ておる。例えば、スーパーマーケットとかコンビニのようなところも、そういうところに買いに行くと、物価が高くてなかなか買えないというようなこともあるようであります。

 現実に、非常にお年を召して、つまりこの五十五年の歳月というのは非常に長うございますから、お年を召して永住帰国されておりますから、今から仕事につくといっても甚だ難しいわけでございまして、この方々の生活費を何らかの仕組みで支援する手だてがないと、一挙にスラム化したり、そしてそのことによって差別的な状況が生まれたりということがあるのではないかということを当時から聞かされておりまして、やはりここは年金とか、あるいは安山のアパート群の一角に特別養護老人ホームのような療養院みたいなものが必要になってくるのではないか。

 それで、今までのことを考えますと、予算的にもそれほど無理のないことでできるのではないだろうかなという感じがするものですから、その検討を、つまり、日韓双方の赤十字の共同事業体にその事業をやっていただくという方式で、日本がやはり予算措置をすべきではないか、こういうふうに考えて、小渕外務大臣にもその一部のことについてお願いをしたわけでございますが、検討するといったような話がその当時ございました。

 約二年間たっておるわけでございまして、今回安山の永住帰国者用のアパートが完成したということで、新たな段階にこの問題は入ってきたというふうに考えまして、外務大臣にその辺ひとつ政治決断で、ファンドをつくり、金銭的な支援措置を行うという指示をひとつ決断していただきたいと思って、きょう質問に立ったわけでございます。

○河野国務大臣 御質問をいただきますと、私も大分長いことこの問題にかかわり合いを持ってまいりまして、その中で、かつての参議院議長原文兵衛先生の御人徳というものが非常に大きかったし、それから五十嵐先生の御熱意というものがこの問題を引っ張ってこられたということが思い出されます。

 確かに、原文兵衛先生、五十嵐さんの御努力、御尽力というものはあったわけですけれども、何といいましてもこの問題は、ロシア側の判断、ロシア側の決断もなければならぬ、韓国側の決断もなければならぬ、同じように日本側の決断がなければならぬということがございまして、随分長い年月を要しましたのは、それぞれの国にそれぞれの国内事情があって、ロシアにはロシアの国内事情もございましたし、韓国には韓国の国内事情もあって、この問題はなかなか進まなかった時期もあるわけでございます。

 他方、対象者となるべき方々が一体どのくらいの人数で、しかもそれぞれがどの程度の生活をしておられるかということは、もう本当に一人一人千差万別。ロシアで比較的うまく生活をしておられる方もある、あるいは子供さんがロシア人と結婚したというような事情を持っておられる方もある。そうかと思えば、やはり一日千秋の思いで韓国への帰国を願っておられる方もおられる。さらにまた、その一人一人が、経済力といいますか、経済的な環境に比較的恵まれている方もあれば、非常に困難な生活をしておられる方もある、健康状態もそれぞれということもあって、なかなかこれは難しくて、正直言いますと、当初は一人一人に何かできないかということがあったわけですけれども、それはそれぞれの国の事情で一人一人というのは無理だ、したがって、こういうプロジェクトにどうするかということから、永住帰国者のアパートといいますか住宅を日本側でつくろうということになったわけでございます。

 さて、そこで、先生見ていただいたものが、箱物といいますか、建物ができ上がりました。しかし、ここに入れる人の数は限られているわけです。たしか五百人ぐらいの方々を受け入れる、そういう施設でございまして、サハリンというか、ロシア側にはまだ恐らく、そこがうまくいけば帰りたいと思われる方もあるでしょうし、あるいは今でも帰りたいと思っているけれども、受け皿がそれだけの数がなくてお待ちいただくというか、ここまでということになっている部分もあるわけでございます。

 そういうことになると、いい施設ができてそこに入れた、戻ってきてそこで生活ができるようになったという状況がまず第一段階で、今議員御指摘のとおり、そうした人たちがさらに年金が受けられるかどうかとか、あるいは老後の不安にどう対応するかという問題になりますというと、これはまた韓国におきます政策との整合性、つまり、見ていただいたように、あそこは住宅地の一角にそういう建物をつくって、その周辺にもたくさん韓国の方々が住んでいらっしゃる、そういう方々との間の整合性もあるでしょう。政策的な整合性もあると思いますし、それから生活そのものが交流できるのかできないのかという問題もあるだろうと思うのです。

 したがって、先生からの御指摘は、仏つくって魂が入らないではないかということをおっしゃっておられると思うのです。ここまでやったんだからもう一息何とかやったらどうかという御指摘は私個人としてはよく理解できますが、そういうことになると、サハリンの人たちとの間のバランスをどういうふうに考えるかということ、あるいは韓国自体の政策との間の整合性をどういうふうにするかという問題等もございまして、まだまだ考えなければならない点も多いと思います。

 そこで、先生から御指摘がございましたから、私は、韓国側の御判断、お考えというものもやはり伺わなければならぬと思いますし、それから、もちろん残された人たちとの間のことも考えなければなりません。

 まだ考えるのかとおしかりをいただくかもわかりませんが、少し考える時間をかしていただきたい。私は、必ずしも、その人たちだけが非常にうまくいって、取り残された人たちのことを考えなくていいというわけにもいかない。しかし、取り残された人のこともあるのだから、この人たちのことも余り高いレベルまで支えなくてもいいではないかというのでは、余りに残念な気がいたします。

 私としても、長くかかわり合ってきた人間として、もう少しお時間をいただいて研究をさせていただきたいということをきょうは申し上げて、御理解をいただきたいと思います。

○仙谷分科員 方向性が、やはり仏つくって魂を入れるという決意のもとに検討させ、あるいは韓国政府と折衝を開始するというふうにぜひしていただきたいと思います。

 さらに、時間がございませんので、あわせてお伺いするわけでありますが、今度は、残された人のことをおっしゃいましたけれども、残された人が一時帰国者の親族とかなんとかという人がまだサハリンに当然のことながらいます。今、一時帰国、永住帰国の事業が、拝見いたしますと約一億六千六百万ぐらいの年間予算で外務省が継続してやっていただいているということでありまして、年間約五百人ぐらいの人たちがチャーター便で行き来するということなのかもわかりません。

 一時帰国をされて安山でお住まいの方、それからサハリンに残っている方、家族関係があるわけですから、今度、韓国に帰ってこられた方がチャーター便を利用してサハリンに行ける、あるいは一時帰国者、永住帰国者の御家族がそのチャーター便を利用してソウルに会いに来る、そういうこともこの再会事業、帰国事業に含めていただきたい。先般、十六日でございましたか、サハリン老人会とか韓国人会の方がいらっしゃいまして、ぜひそれをお願いしたいという話でございましたので、これはその方向で検討をいただきたいと思います。いかがでありますか。

○河野国務大臣 先ほども申し上げましたように、それぞれ個々具体にいろいろなバックグラウンドがあるわけでございまして、一括して今ここで結構ですと申し上げるのはどうかと思いますけれども、しかし、議員の御指摘のとおり、非常に強い御要望もあるというふうに私ども伺っております。外務省として、この問題は検討させていただきたいというふうに思っております。

 繰り返して申し上げたいと思いますが、長い歴史があり、そして我々としては人道的な視点に立ってこの問題に対応してきたわけでございまして、あくまでもそうした視点で支援をしてきたということを私としては確認をして、これが韓国の政策を超える、あるいは日本全体のバランスから考えてどこまでできるかということなどについては、やはり十分検討が必要だというふうに考えておりますことを、ぜひ御理解をいただきたいと思います。

 

○仙谷分科員 さっき仏つくって魂入れずの話が出ましたけれども、この問題はそもそも連れていって放置したというところが最大の問題であったわけです。

 今度は、一時帰国、永住帰国については協力をする、あるいは歴史認識からして、これは政治的道義的責任の問題としてやるということでここまで来たわけですが、安山のアパート群の中で日本が実質的にまた放置をしたのと同じ状態のことをやっているではないかということになったのでは画竜点睛を欠くよりもひどい話になってくるのではないかと思います。

 それから、「日本のフロンティアは日本の中にある」という「二十一世紀日本の構想」懇談会の中を拝見しますと、これは、新しい移民政策をつくるべきだ、一言で言えば、外国人が日本に住み、働いてみたいと思うような移民政策をつくらなければならないというような大胆なことが書いてあるのですね。

 私は、アジアの中で日本が共生ということを文字どおり実行しなければならないとすれば、まず過去の問題は、本当は二十一世紀になるまでに解決していただきたかったわけであります。我々世代からいうと、特にそういう気がするわけでありますが、いずれにしても、遅きに失し、まあ遅々として進んでいる唯一の問題かもわかりませんが、遅々ではあるけれども進んでいるこの問題に、実態的に、日本は主体的にここまではやります、やっておりますということだけは、やはりやっていただかなければいかぬと思うのですね。これで打ち切りとか、この程度やればいいだろうなんという話ではないのじゃないか。

 特に、さっき申し上げた年金、五百世帯で計算しますと、一世帯五万円として計算しますと年間たった三億円ですよ。引き合いに出すのは申しわけないのですが、吉野川第十堰に調査費でついている予算が年間四億円ですよ。だから、全く何をしているかわからないようなことに四億円も十億円も使っているような例はいっぱいあるわけですから、この三億円ぐらいの金が日本で出せないなんということはあり得ないわけです。

 そういう観点からも、河野外務大臣には、河野外務大臣の、この間の韓国、あるいは金大中さん、あるいはアジアの民主化、人権への思いというような観点も含めて、ひとつ政治的な決断をして方向性を出して外務省で作業を進めていただくように心からお願いを申し上げまして、質問を終わります。

 どうもありがとうございました。

○河野国務大臣 いろいろ御教授をいただきましたことをお礼を申し上げたいと思います。

 外務省としてでき得る限りの努力をいたしますが、年金には年金の仕組みがございましょうし、大蔵大臣もそこでにらんでおられますから、大蔵省には大蔵省のいろいろな御判断もございましょう。いろいろな面から種々検討をさせていただきたいということを最後に申し上げておきます。

○西田主査 これにて仙谷由人君の質疑は終了いたしました。

 以上をもちまして外務省所管についての質疑は終了いたしました。