「野党共闘と民主党の姿勢」                  

 

99年3月8日「国民政治研究会」にて  仙谷 由人

 仙谷由人でございます。私はまだ2回生でございますし、現在党の副幹事長として政務を担当しておりますから多少政局にもさわってはおりますが、まだまだ政局の話をするほど政治をわかっておりませんが、今回は、できる限り野党・民主党の立場でみております現在の政局についてお話をさせていただこうと思っております。

 

参議院選挙の意味したもの

 今の政局といいますか政治をみる場合に、やはり昨年の参議院選挙でなぜあのような結果が出たのかということが一番重要な点ではないかと思っています。政治的にみますと、これは相当な学者や評論家の方がお書きになったりお話になっておりますが、投票率が、特に都市部での投票率の急上昇が何だったのかというのが一番の問題であろうと思っています。

 選挙戦の終盤、急に風が吹き始めたような雰囲気が出てまいりまして、特に一週間前の橋本さんの減税をめぐる発言、恒久減税か恒久的減税か、そしてそんなことを言ったとか言わないとか、約束してないとかの「揺らぎ」が選挙の結果に大きく影響を及ぼした。流れが変わったというふうに言われているわけであります。

 もう一つ、実は国民のフラストレーションがあったのではないかと、選挙をやっていながら感じておりました。それは端的に申しますと、アメリカからサマーズが日本に参りまして不良債権処理を教えてやるということ、我々からみれば傲慢な態度です。与党・政府をみておりますとアメリカに対して甚だ頼りないというか、そこまで教えてもらわないとできないのかというある種のプライドを傷つけられると言いましょうか、民族主義的な感情を刺激するような言動があったわけであります。

 現にその前後からこの金融問題についてアメリカのあれこれの話が報道されて、それに対して日本の腹の据わった適確な政策が出てこないという事態の中で、長銀がどんどん追い込まれていく。それが選挙戦の渦中で起こったことであります。

 この国民のある種のフラストレーションというものが、「景気回復が依然としてでき得ない、そして税金の使われ方についてまだまだわけの解らないところに使われていておかしいのではないか」という、民主主義の政治からすればごく基本的な当たり前のところにもう一度有権者の方々の気持ちが帰っていたのではないかという感じがいたします。

財政構造改革はなぜ滅んだか

 後ほどふれることになるかもしれませんけれども、橋本さんの財政構造改革路線はそれ自体は大枠として間違っていなかったのかなと思います。我々としてもより厳しい、しかし中味では少々違う、つまり大きく言いますと、赤字国債と建設国債の垣根を取り払うべきだという主張と、総額キャップ制の下で財政構造改革というか財政再建を図るべきだという主張を財政構造改革法案のときはしておったわけであります。

 しかし、先般朝日新聞のインタビューのときにも「あなたの言ってることはわかるけれども、それは党の政策になっていないじゃないか・・・」という批判を浴びました。つまり、景気・経済対策というところでどうしてもケインジアン・ポリシー(ケインズ経済学派の方針)を捨て去るという思い切ったことが野党としても言えない。

 与党は当然のことでありますが、民主党も言えない。つまり当然のことながら景気・経済対策をうてばうつほど財政出動がかさんでいく。そしてまたその使い道がややもするとサラリーマンあるいは中間層といった有権者の方々からは、「我々の目の前を通らない金が随分世の中にはあって、どこに使われたか解らない。景気回復にもつながっていないのではないか・・・」こんな話になっていったのではないか。

 それは私どもも十分反省しなければならないわけでありますが、これは言うは易く、政策の中心になって責任をもって担っている方々には、なかなか与野党とも言えない雰囲気が、去年あるいは今年になってもあるのかなと考えております。

 個人的には、乾坤一擲(けんこんいってき=のるかそるか)、リスクをとってやってみようかなという思いが3〜4割ほど頭の中にはあるんですが、党全体ではなかなかそうはならないのです。

アンシャンレジーム(封建的・旧体制的)政局

 去年の国会の予算のときも「〜桜の花の咲く頃〜というでたらめな大本営発表をやめて、厳しい景気・経済の局面が続くということを言わなければだめなんではないですか・・・」と(私が言うわけではなく相手に言わせようとするのですから気が楽なんですが)橋本さん相手にそういう議論を随分したことを覚えています。

 しかし、これも時間があれば皆さんにご批判いただければと思って問題提起をさせていただきたいのですが、やはりこの景気・経済の局面というのは、明らかに産業構造の転換、相当大きな構造転換のカベにぶち当たっているということだろうと思います。

 今までのような財政出動中心の、あるいは単なる減税中心の、減税を組み込んだ景気対策では景気は回復軌道に乗らない。とりわけ持続的な景気回復軌道にのらないだろうと思います。

 今の政局はそういう観点から言いますと、今の国会は、小渕的安定とか、小渕政権をオプティミストとかいってるようでありますが、私はオプティミスト(楽天家)ではなく、オポチュニスト(日和見主義)だというふうに言いたいと思うわけであります。

 つまり、橋本さんはまがりなりにも6大改革を主張されて、構造改革を意図されたわけでありますが、小渕さんになりましてそこのところが完全に消し去られて、現状維持の政策に帰ったといいますか、先祖帰りをされたと考えております。

 

金融問題の核心

 昨年の臨時国会で、金融国会といわれた渦中で、経験いたしましたけれども、そのとき感じましたのは結局金融の問題も財政の問題も、ついに中央がリスクを取れなくなってきた。銀行がリスクをとれないというのが金融問題の根っこにあるなということを、直感ですが感じたわけであります。

 要するに今の金融問題の核心は、人様から預かっているお金を投資・運用をうまくやって利子をつけて返せるかという、この機能を大銀行がとてもできなくなったということで、そのために長信銀から崩れていっているということだろうと思います。

 ザ・バンク・オブ・ジャパンと言われた日本興業銀行という立派な銀行ですら(私もあんなに悪いとは思っておりませんでしたけれども)今度の資本注入の経過をみても相当傷んでいるということがうかがえるわけでありますし、金融の外資系のアナリスト(分析家)なんかと話をしていましても、「先生、興銀なんかもあと大体5年ですな」というようなことを言う。

 つまり、興銀の運用先がほとんどなくなってきたということが、日本銀行のような興銀がどうもうまく今までのように存在として立ち行かなくなってきた一番の理由だろうなと、あらためて感じたわけであります。

 私どもは、早期健全化法案のときから、今でもずっと原則的なことを言い続けてきました。金融問題の経済構造問題も、しょせんは国際化あるいはビッグバンの時代に原則的なところ、すなわち、市場原理で基本的には規律されるところに収まっていかざるを得ないのだろうと思っています。

直接金融の意味

 そういう観点から、間接金融から直接金融へという話は実は損をする覚悟で運用するのは銀行であるのか、国民であるのかという、つまり直接金融というのはお金を貯めようとする人が損を覚悟で投資するのか、その点は銀行にお任かせするのかという、こういう話だなということを私は感じてきたわけであります。

 要するに銀行はその役割を限定的にせざるを得ない、だから国民の皆さん方に直接金融というきれいな言葉で「損を覚悟でやってください」という。そのことが直接金融の本質だということをあらためて思ったわけであります。

地方分権の本質

 財政の方からみましても、結局のところ平成11年度末に、中央・地方をあわせて累積債務が600兆円に、つまりGDPの120%を超える額になろうとしています。この財政破綻というのは、本当は大蔵省は「もう私のところではできません。分権しますからそれぞれのところで勝手にやってください・・・」ということを言うほかない事態に立ち至っているんだろうなという感じがするんです。

 大蔵省は、財政と金融の分離の話にいたしましても、地方分権、つまり財源の分権・分与という観点から考えましても、やはり中央省庁再編の過程において、名称を「財務省」から「大蔵省」にひっくり返すことも含めて、この権限を握っていなければ存在価値がないという思いでいっぱいのようでございます。これが病気といいましょうか本性といいましょうか、変えようとしないというのが今の実態でございます。

財・金分離

 したがいまして、この財・金分離にしましても金融問題にしましても、再生委員会、金融監督庁が新しい役所の独自の論理で相当強引に走っているようでありますけれども、大蔵省の方は未練タラタラで、何とかしてこの金融の権限も大蔵省に残しておく。あるいは引き戻したいという気持ちが本音の部分としてございます。

 自自連立ができたことによって、自由党は小沢さん以外、野田毅さんにしても藤井裕久さんにしても財・金分離はきらいな方でございます。出身が出身ということだけでなくて、相当理論的な方でありますから、財政と金融は一体化して初めて経済運営ができるという相当強い信念を持っている。そこに大蔵省は勢いを得て大変な力で自民党の政調会長を後ろから引っ張っておりますから、先般の財金分離に関する協議が決裂状態になるような事態になっておるわけでございます。

日が当たらなかった景気・経済対策

 今国会は、日本的には景気・経済あるいは経済構造の改革というのは最大のポイントであったのではないかと思います。それは昨年の11月からのボンドマーケット(債券市場)の反乱という事態であります。

 これについて日本の政治は依然として応急対処型の対応しかできない。つまり、日銀の国債引受けまで出してくるということがあった。そしてこれもまたアメリカのルービンがいったとか、あるいは例のクルーグドマンがフォーリンアフェアーズに書いたとか書かなかったとか。経済政策までアメリカの御意向に割と簡単に従ってしまう方が自民党の政策部局なり政府内におるという印象を与える、そうであるかどうかわかりませんが、少なくともそういう印象を与えているということが、やはり今の政治の特徴だと思います。

 今国会の流れはそこにあまり焦点があたらなかった。それは先ほど申し上げました民主党の財政規律に重点をおいた政策展開、そういう政策の下では与党・政府を批判するという構造になかなかなり得ない。これは当面は厳しい政策になりますから、そういうことでは国民のご支持がいただけないのではないかという懸念がどうしても付きまといます。そういうことで決定的な政策対峙に国会がならなかった。野党の力不足だったということだったと言われても、その部分は仕方がないと思いますが、そういうところで史上最速の予算案通過ということになってしまったわけであります。

撒き餌の選挙制度改革

 その当時は地域振興券といいますか商品券で公明党が釣り上げられてこういうことになっておるのかなと思っておったんですが、まさか選挙制度改革という3人定数×150選挙区の選挙制度改革を、目くらましか撒き餌で、野中さんがやっているのかどうなのかそこまでわからなかったのです。

 しかし、最近になって創価学会1月の新年会で例の大御所が小選挙区比例代表並立制を徹底的に罵倒して、この制度を導入した人を批判しました。それから創価学会の会長と竹下さんが会って話がまとまっているとかまとまっていないとか、そんなニュースが流れ込んでまいりました。そこから国会内の公明党の方々もなり振りかまわず、ここは党利党略と言われようとなんと言われようと、党の存亡をかけて党の存続のためにこれを実現させようとしています。

 特に私どもには今国会終了間際の解散というブラフ(はったり)はかかっておりませんが、公明党だけにはかけた方がいるようであります。今国会中のこの選挙制度改革を仕上げないと、選挙制度改革は、その後の区割りとか面倒くさい手続きがありますから、来年の夏以降の選挙ということを考えても今国会中に法律案は通さなければいけないというような大変な意気込みと焦り方で、衆議院で予算が通ってから急に動きが大きくなってきたわけであります。

選挙制度改革は実現するか

 この選挙制度改革が自民党と公明党との間でいつ頃からこれを煮詰めていこう、自民党全体とまではいかなくとも野中さんサイドと公明党の冬柴さん、草川さんラインでこれをやっていこうという話ができあがりつつあったのか、私は詳らかにいたしませんけれども、どこかでその話の流れができあがっているというのは間違いないのです。

 この話は、思い起こせば梶山さんと村山さんが月刊現代で対談したときに、この種の話の萌芽はみられました。そしていわゆる加藤さん、山崎さん、小泉さんといった反自民党の主流の方々はもともと小選挙区比例代表並立制という制度に変えること自体に反対で、中選挙区制が制度としても優れているということを言い続けておられる。現在も加藤さんはおっしゃっておる。相当筋金入りの中選挙区論者が自民党には存在するわけですから、当然ながらひょっとすればひょっとしかねないという雰囲気を醸し出しているのはそのへんだろうと私はみております。

選挙制度改革の持つ意味

 ただ、一つ言えることは、この制度、つまり中選挙区制に返すということは政権交代をしない、政権交代をする仕組みにすることはまずいんだということと同義語ということであります。今の日本の政策的・制度的な行き詰まり、そして先進国をみたときにある種の改革が相当進んでおる。

 韓国のようなといったら失礼になりますが、中進国のレベルでも大胆な改革をせざるを得ないということでやっていることをつぶさに見ておりますと、やはり日本の政治というのは問題だなというふうに感じざるを得ないわけであります。やはり政策転換をするためには政権交代がないとできない。これはあたりまえのようであたりまえでないのですが、日本の政治にとっては、自民党内の派閥のタライ回しで、政権交代なしに漸進的な改革とまではいかない改良でやってこれたという幸せな時代を50年間過ごしてこれたのですが、これからは多分そうはいかないのではないだろうかとみておるわけです。

公明党のキャスティングボード路線

 民主党は当然のことながら、こういうばかばかしい話にお付き合いする必要はないということを私は申し上げておるわけでありますが、創価学会と申しますか公明党のことを間接的に聞いておりますと、やはりかつて細川政権で与党になったことを相当深刻に総括されておって、今後は絶対に与党になるまい。与党になってはいけないし、完全な野党になってもいけないという路線を明確に自覚されたんだなということがだんだんわかってきました。もっと言えば、政権交代のあるシステムの中で与党になったり野党になったりするということは、与党のときにいい気分でおりますと、野党になったときに徹底的に叩かれるということを意味するわけですから、いつもキャスティングボードを握れるポジションで双方にいい顔をしている。

 今の状況は実は我が方も公明党の政策なり院内活動について言いたいことを国対幹部も含めてグッとこらえている部分もずいぶんあって、特に感情的に批判するのはやめようということが横溢(おういつ)しております。

 さらに選挙で公明党・創価学会にお世話になった方々も相当おりますので、この方々は当初から批判は遠慮したいというお気持ちが強いのは皆さんご覧になっておるとおりでありまして、そうしますと、公明党の方からみると非常に気持ちのいい状態が続いている。両方からいつもラブコールがきて、いつもおいしいところだけとっていけるということになっております。

公明党の限界

 しかし、そういうことができる条件というのは、自民党なり与党が絶対過半数をとったときにはできません。絶対過半数がない、つまり連立政権の状態あるいは部分連合にしろ何にしろ与党が完全に確立しない状態でキャスティングボードを握れるポジションという条件になることになります。

 ただ、参議院が前回の選挙でああした議席結果ですから、これは少なくとも3年は続く。あるいは常識的には6年間は参議院が存在するとすれば続くということでありますから、このキャスティングボード路線というのは容易に変わらないのではないか。これは特に制度的・政策的に何が必要かというよりも、党の存続のためにどういう選挙制度がいいか。あるいは当面の選挙のためにどういう政策が大衆に受け容れられやすいかという発想になりますから、現状維持のうえに党利・党略とポピュリズム的な政策ということに流れざるを得ないということになります。日本の今の状態にとって、それがいいか悪いかは別にしましてそうならざるを得ない。

 ここまでの政局は、多分選挙制度改革がある種のターゲットになった公明党のビヘイビア(振る舞い)、そのことで各委員会の審議時間から始まりまして修正案の取扱い、そして採決というような流れの中で、自由党が審議促進の最も強硬な意見を吐き、公明党が協力的にこれに反対しないということで成り立っております。数で言えば衆議院で350人ぐらいの圧倒的多数が与党的国会運営に協力するわけでありますから、自民党、自由党が質問時間を放棄してしまえば質疑時間をグッと短縮される。ドント方式(比例配分)で質問時間を決めるものですからそういうことになってしまったということです。弱体だった野党共闘

 野党共闘を民主党はできることならやりたいということで、水面下あるいは水面上でいろいろ働きかけているわけでありますけれども、金融国会の第一ラウンドのところまではうまくいった。2回目の臨時国会の最終局面での額賀防衛庁長官の問責決議、そして今度の中村法務大臣の辞任問題と散発的にはうまくいくんですが、これは永続化しない。

 私もみておりまして、公明党さんもなかなかお上手だと思うんですけれども、このことによって存在感は示せているんだろうなと思います。それから、先ほどの与党でも野党でもないキャスティングボード路線で、決して双方から決定的な批判を受けない路線としてはうまくいっている。中間層や多少の有識者といわれる方々からは顰蹙(ひんしゅく)をかって、眉を顰(ひそ)められても、そんなところにうちの票はないんだというふうに割り切ってしまって、地元に帰って地域振興券を成果として一所懸命に言って歩けば、それはそれなりに票になるということかもわかりません。

 今後は、参議院は多少事情が違っておりますけれども、私が聞いている限りでは、参議院もいわゆる公明党の背後に聳(そび)える創価学会が選挙制度改革を強く望んでいるということになっておるようでありますから、私は撒き餌だと思いますけれども、本気になってこの実現に向かって、国会終盤まで流れ込んでいく。その限りにおいて野党共闘はありえない。これで吊るされている限り野党共闘も成立しない。

自民党にとって矛盾の多い選挙制度改革

 ただ私自身は自民党をみておりまして、果たしてこの3人区・150選挙区を望んでいるあるいは賛成する自民党の議員がどれだけいるのかなと、ここが一番の問題だとみております。したがいまして、我が党の国対幹部とか政策の幹部とかにも「自民党に一度やらせてみたらどうですか」とわりと無責任なことを言っておるんです。

 といいますのは、コスタリカ方式で当選してきた方々がいらっしゃいます。それから前回の選挙制度改革で自らが地盤としていたところを少なくとも半分には割っているはずでありますから、その時に自民党は基本的に同じ党の同士が派閥に分かれて喧嘩することがなくなったということで、人のいい議員は後援会の名簿というか後援会員を相互に融通しあっているということも十分に(特に地方へいけば)ある。さあもう一度この選挙区が復活して、少なくとも2つが1つにならなければ3人区はできませんから、あるいは徳島あたりでは3つの選挙区が1つになって、昔は5人区だったけれども、今度は3人区になるということは必定でありますから、ここに各選挙区に出ようとしていた自民党の議員がそれぞれ乱入する。さらに保守系無所属もいる。今まで比例区で出ておった方も参入するという話になりますから、これは自民党の方々にとって、特に現職にとってこれを喜ぶという方はそんなにいない。むしろ、7割ぐらいがこの3×150の話には反対ではないか。自民党の方々に聞きますとまあ半分ぐらいではないかというのが多いのですけれども、これは自民党にとって最も矛盾の多い制度ではないかとみています。

 民主党を考えますと、この間の参議院選挙で東海道のベルト地域を勝たせていただいた。こうした地域では3人区で2人を立候補させたいし、立つ可能性があるわけでありますけれども、現在、衆参合わせましても現職は150人しかおりません。200人の候補者が出るといたしましても殆どの選挙区では1人で闘えるわけであります。政権交代などというだいそれたことを言わす、現状維持をめざす限りにおいては、(3×150の話は民主党にとって)昔の社会党みたいに一番楽な選挙制度ということになるわけであります。

 したがいまして、現局面では民主党よりも自民党のほうにはるかに矛盾の多い制度で、公明党にいたっては、シュミレーションをしているようでありますけれども現状維持ぐらいかなといっておりますから60人ぐらいは残れるというふうに踏んでいるようであります。そんなことを公明党は考えておって、先ほど申し上げましたような(公明党にとって)路線のうえでは最もいい制度ということになろうかと思います。

 

構造改革の必要性

 ただ、私はここまできまして日本の現在の問題点は、先ほど申しました構造改革をしなければ、裏側で明らかになりました財政破綻を解決の方向に導きながら、経済の再生を行うことは到底できないのではないか。今日の日経新聞に各企業の収益率が出ておりましたが、旧来型の重厚長大産業をはじめとした製造業が殆ど利益がでない構造になっているのが最大の特徴だろうとみております。製造業が全般的にまずいというよりもこの過剰な生産能力が何らかの形で削減されなければ共倒れになってしまうという話なんだろうなと思っております。

 さらには土建業の世界は依然としてというか、昨年減少に向かっていた建設産業従事者が最近再び増加しておりまして、やはりまた650万人とか670万人台の建設労働者がいらっしゃるんだろうと思います。

誰も手がつけられない農業土木

 もう一つは農業であります。この農業というのもよく解らない部分もあるのですが、国民の自給率、カロリーベースの自給率を上げていかなくてはいけないというお題目があり、最近では国土保全とか環境問題とかいっております。それはそれで大事なことでありますけれども、やっていることは農業土木に殆ど金が消えていっているといっても過言ではないわけであります。

 先般も我が党で新農政とか農業基本法が新しくなるということを受けて、農水部会が立派なペーパーを出してきましたので、「ああ、これはすばらしい。とてもいいことだ。しかし、皆さん方に私が個人的にお願いしたいことは、ガット・ウルグアイラウンドで6兆100億円の金がどう使われて、農家の生産性がどう上昇し、日本の農業はどう再生に向かっているのかということだけは少なくとも総括してもらいたい。6兆100億円もの金を7年間で使って、これが意味があったのか、なかったのか。日本農業にとってどういう意味があったのか。この総括をしないと、新農政とか、新農政プランとか、農業基本法がどうのこうの言われてもそれは空虚な話ではないか。」と申し上げました。

 これは我々も重大な自己批判をしなけらばいけないんですが、自民党から共産党までこの点については本当にアンタッチャブルになっているというのが一つの重大問題だと思います。毎年、毎年農業土木の世界はおよそ8兆円から10兆円の間で国・地方を通じて使っておりますけれども、この公共事業とは何なのかがあらためて問われなければ、このままズルズルと続けて、建設国債がその裏側に張りついて、毎年、毎年30兆円の建設国債、赤字国債を発行して始めて成り立つ世界を作ってしまった。これを改革しなければならないというのが今の政治の基本的な問題だといたしますと、やはり政権交代というものがなければできないんだろうと思います。

公共事業の問題

 もう一つ公共事業に限らないのですが、中央政府の資源配分権をできるだけ小さくした方がいいというのが、最大の言いたいことです。ある程度生活に身近なサービスは地域がとって地域に還元する。(あるいは還元しないから取らないと言う考え方もあるかもしれませんが)この辺は課税自主権を大幅に認めた方がいいと思っています。

 公共事業の問題は補助金というシステムでやっている部分が、政治的にも経済的にも最大の病膏肓(やまいこうこう=手がつけられない悪い状態)のところだと思います。例えば徳島で言えば、中央で大きな批判を受けている吉野川第十堰があります。第十堰は景気対策ではありませんが、十年で千億円ぐらいの事業規模と言われております。理想的な姿は地元の住民投票でも議会でもいいんですが「そこに使うのか、もっと別の、例えば徳島というところは下水道普及率が40数%で全国最下位を争っているということろでありますから、それを先にやるとか、ももう少し介護や福祉のソフトに使うのか」ということがが議論されるべきで、その選択のないことがむしろ問題だと見ています。

 それと景気対策としての公共事業というか、いわゆる補助金の話であります。補正予算を組んだときの問題は殆ど税金が残っていないわけですから、国債発行で賄う。過疎といわれる地方で継続的に行われている雇用保障としての公共事業という話をやりだしますと、どこかで断ち切りませんと「どこまで続く泥濘(でいねい=どろぬま)ぞ」ですね。反対に言えば何をやればいいのかですね。それは国債残高累増の元なんだけれども、生活のために今年も来年もということになる。とんでもないことになるわけで、そこのところは、涙をのんで職業を変えていかれる政策を考えていただかざるを得ないんでしょうし、そこは涙をのんでもカットして行かざるを得ないのではないか。

 

政権交代によってしか変えられない

 今度の行政改革=中央省庁再編をみても、建設省の方々に「農業集落排水事業でやっている下水道事業は建設省の所管になるのか。あるいは農道はすべて建設省の道路局の仕事なのか。漁港は建設省と運輸省が一つになるんですから港湾事業と一体でできるんですか・・・」という話をしても、苦笑いをして「いやいや、あんな強いところとはとても勝負になりませんよ」と言う。結局、統合化というか総合的な社会資本整備みたいなものが全然ないというのが今度の中央省庁改革の問題になっておるわけです。

 この病気というか体質を治さないとどうにもならないと思っているわけですが、そのためには政権交代で少々荒っぽい改革グループがやらないと何もできない。役人の議論を聞いていると、役人の下の特殊法人、その周りの公益法人、そしてそれをとりまくOBと業界というこの構造を変えるのは生半可な力では無理ではないか、ということをまたまた痛感しております。

 もしこれができないとすれば、多分、債券市場が国債の増発に対するボンド・マーケット(債券市場)のクラッシュ(破壊)という反乱が起こるのではないか。政治家とすればはなはだ情けないことでありますけれども、そういう経済的なある種の「思い知らせてやる」という実態が起こらないと大きくそちらの方に動かすことはできないのかなと思ったりしております。

主体的な安全保障体制

 今国会は、ガイドラインと北朝鮮の問題をマスコミが大きく報道しています。先般も韓国へ行ってきましたが、やはりセンセーショナルといいますか、危機意識の問題としても、日本が報道的には北朝鮮問題あるいはガイドライン問題で、北東アジアで日本を取り囲んで何らかのことが勃発することを期待しているのか、あるいは心配されておられるのか知りませんが、そういう扱いが大きいなという感じがいたしました。韓国は北朝鮮のある種のビヘイビア(行動)については50年間慣れきっているということを現地の方々も言っておりました。日本ほどセンセーショナルではない。むしろアメリカの独走的傾向が出るとすれば、それをチェックしたい、というのが今の金大中政権の「包容政策」と言われている政策だという感じがいたしました。そうだといたしますと、安全保障の問題としては依然として中期的にも長期的にも非常に重要な問題ですし、今日の新聞にも出ておりますように、実は対中国との関係で一番大きな問題になってくるのではないかと思います。

ガイドラインへの対応

 ガイドラインの問題が国会にかかります。ある意味では、冷戦が終結した後の安全保障問題ということでありますが、唯一と言っていいほど残る冷戦構造である朝鮮半島、あるいは中台の問題が日本の近辺にあるという条件がございますから、日本の安全保障政策というのはそう単純にはいかないと思います。やはりパックス・アメリカーナといいますか、アメリカだけがすべてやりたいように切り盛りをする世界戦略の一環に組み込まれない。しかしなおかつ、アジア・太平洋の安全、安定に資するような協力関係を結ばなければならないというのが民主党の立場でございますし、これは公明党も同じようであります。国会承認という格好で主体的な判断をできる担保をとるということが一番大事です。

 そしてガイドライン問題は日米安全保障条約の問題でありますから、「どこまで行くのにもご協力しますよ」という話があるかないかは別にして、あるにしても(国連の話だったり、あるいは別の話だったりして)日米安全保障条約に基づくガイドラインの話ではない。

 そしてまたガイドラインの話は周辺事態ということですから、日本有事とは違うわけでありまして、これも専守防衛とは全く別の話としてキチンとけじめのついた協力関係にしなければならないということであります。

北東アジアの一員として

 周辺事態ということになりますと、これはまさに周辺の問題でありますが、日本ほど周辺の国との付き合いの仕方、あるいは故事来歴について鈍感であった国というと言い過ぎがあるかもしれませんが、あまり気にしないで戦後やってきた。もっと言えば明治維新後「脱亜入欧」というような、あれだけ優秀な福沢諭吉先生ですら、おっしゃったぐらいであります。

 アジアのことを一段低くみたのか、あるいは少し違うということで別の位置づけをしたのかは別にしまして、その癖と言いましょうか、傾向というものが、ここにきて外交あるいは経済・社会その他すべてがグローバル化する中で、ある種の日本に対する壁として立ちはだかっているという感じがしてならないわけです。

 やはり、周辺国である北朝鮮、韓国、中国、台湾などに対して、アメリカが持つ思いとは別の思いや戦略的な立場というものがあっていいのではないか。そのことをはっきりアメリカにも言い、中国にも言う。そういう外交政策がこれから必要なのではないかということを考えております。

 ガイドラインにつきましては基本的には国会承認あるいは安全保障条約の範囲内ということであれば我々も異を唱えるものはありません。そういう修正案を提示すると言うことで多分国会が終わるまでには、当然のことながら、淡々と採決して、合意ができて法案が成立するのではないだろうかなと思っております。

 そこで野党共闘といいますか(与野党で沖縄の特措法のときのように野中さんをして「大政翼賛的ではなはだ心配だ」と言わしめるという状況になるのか・・・)それはちょっとわかりませんけれども、ここはあまり与党対野党というふうにならない。つまり先進国における安全保障政策というものは非常に共通項が多い。そこのところでは異論がそれほど大きく出ないのがむしろ成熟した民主主義国なんだということになれば、それはそれでいいんだろうな。つまり日本の報道機関がやはり昔の55年体制の癖で大反対して、徹夜国会で牛歩までするぐらいの価値がある問題だと言われますと、少々こちらも困ってくるんでありますけれども、多分そうはならないと思っております。

 長期的にはやはり安全保障を北東アジア全域でどう考えるのか。今日の新聞をみますと、中国の唐家旋外相が非常に厳しい論調でTMD(戦域ミサイル防衛)を批判されておりました。このTMDは私は中国のような観点からは消極的ではないわけですが、どうもコストベネフィット(利益性)から考えますと、本当にこんなものをやる意味があるのかなということが一つあります。それから、TMDの全容が防衛庁にも明らかにされていないようなフシがございます。

 何をしようとしているのかもう一つよくわからない。それから、これが成立したときの指揮系統がどうなるのか。つまり日本のある種の主体的な判断が、日本の防衛という局面で残るのかどうなのか、ということが全くわからない。つまり、アメリカ軍の包括的な防衛に関する情報網の一環に組み込まれる。その一部になるということになってしまうのではないかと思うものですから、その辺はやはり明らかにしないと判断もできないということを今考えているところです。

民主党の基本的態度

 野党共闘はそういう意味で大変難しうございます。国会でいろいろ話したり、委員会の現場では相当友好的な政策協議をしておっても、政治的な判断ということが双方にありますので、容易なことで強固な野党共闘をもって小渕政権を葬り去るというところにまでは至らないのではないか。私どもは、そうであっても仕方がない、と腹をくくっております。

 特にこの3月末、あるいは今国会中はマスコミの皆さん方に「孤立の民主党」と書かれてもやむを得ない。ことは衆議院の選挙で勝負をつけるという目標に向かって、粛々と準備を進めていくしかないということを考えています。必ず昨年の参議院選挙のときの無党派と申しますか、非常にレベルの高い意識的な選択をする方々が、次の選挙でも民主党へ投票するということではなくて、やはり投票所へ行かれて現政府の業績、やってきたことについてキチンとした判断をされるだろうと思っております。

 したがいまして、永田町的な離合集散にはあまり囚われないようにし、できる限り早い時期にスッキリした政策、特に経済政策だけでも提起できるように、リスクをとったような政策が提起できるようにしなければならないと思っております。

 

 まとまりのない話になりましたが時間がまいりましたので、今日はこのあたりで終わらせていただきます。ありがとうございました。