裏・仙谷由人代議士の1日

「仙谷由人合同後援会」クレメントホテルにて

1998年9月12日(土)

仙谷 由人

 

 3ヵ月前、皆様方に参議院選挙で「私の政治生命を賭けて、高橋きせこさんを応援をしたいのでどうかよろしく」とお願いをしました。そして皆様方が様々な困難の中で、徳島の良識を、徳島の良心を大事にして、汗を流しながら、ご尽力をいただいて、見事に高橋きせこさんを当選させていただきました。

日本沈没の危機

 今、日本を取り巻く景気・経済の状況は、大変な危機の渕に立っています。 中でも大手の金融機関を中心とする金融をめぐる今の事態はただならぬものがあります。

 私は、参議院選挙期間中も、選挙のお願いよりもむしろ金融の問題を中心に訴えて「こんなやり方では日本は沈没してしまう」「アメリカの財務長官に乗り込まれて、手取り足取り矯正されるような政治の指導者では日本がダメになってしまう」と訴えてまいりました。

 菅直人さんが厚生大臣の時に、エイズの問題でやったようなやり方…「全てを国民の皆様に明らかにしたうえで、謝るべきは謝る。責任をとる人は責任をとる」というような、ほんとうに必要な、抜本的な改革をしなければならない。中途半端なその場しのぎのことをやっては日本はダメになる。だから、参議院選挙に勝たせてほしいし、その次の衆議院選挙で我々の世代に、政権を渡してほしい。宮澤大蔵大臣と日本銀行総裁速水さんの、あわせて150才の2人(私と菅直人あわせても104才です)が日本の金融と経済をリードする。こんなことでは日本はとてももたない。

堕落した自民党政治

 自民党はなかなか大蔵省に楯突けないのです。自民党は大蔵省との戦いに勝てないのです。銀行の経営者のクビを飛ばしたり、悪くなった銀行の株主に責任を負わせる前に、国民に負担を強いる。こういうことを平気でやってしまう…。「民主主義というのは税金を支払う人の意志に従わなければならない」という当たり前のことができない…そういう政治に堕落しているのであります。

 こんなことが続いたら真面目に働いたり、借りた金をキチンと返す人がいなくなる。いなくならないほうがおかしいと思います。借金踏み倒しのほうが、当たり前だというような世の中は、成り立っていきません。

 日本人が、そのような心貧しい、卑しい人間に陥ってしまうのは困るのです。貧しくても豊かでなくても、キリッと、毅然と目を上にあげて、生きていく。我々自身でそんな世の中を作っていく。そのことが、できやすいような環境を整えるのが(制度を作るのが)政治であり、政治をその原点に返さなければならないのです。

裏・仙谷代議士の1日

 「仙谷由人は選挙に通った途端、地元へ帰らなくなった」「いったい中央で何をやっとるのだ!」という声がたびたび聞こえてまいりますので、今回は、テレビでは見られない私、裏側から見た仙谷由人のある1日を振り返ってみたいと思います。

 昨日(9月11日)も金融安定化に関する特別委員会の審議が行なわれていました。本当は私は委員会の審議にずっと座っていなければならない立場でありますが、1〜2回10分ずつくらい座りましたけれども、あとは朝から自民党の議員と会い、調整をしておりました。

 与野党協議の最中、私の携帯電話には、自民党の議員から頻繁に電話がかかってきていました。

 ある自民党議員が「ちょっと会いたい」とのことで(場所は近くのホテルであったり、国会図書館の応接室であったり、入り口と出口が2箇所あるところに、たいていそういう場所をどちらかでセットしてありまして)行きますと…

 長銀問題で「こういう提案をしたいんだけど、どういう反応になりますか?」と、こういう話でありましたので、「自民党が、今やろうとしているやり方を一挙に撤回するのであれば(その部分を提起するのであれば)、私が、うちの党を真剣に話しに乗せる様にしても良いが、前提条件がないのであれば絶対ダメだ!」というような話をして、国会へ帰る。

 また、自民党から、民主党の意見を取り入れたかのように見える意見もでてまいります。しかし、菅直人代表と私と、池田元久議員と3人で「どうする?」「いやこれはここが問題だ」「やっぱり自民党は、金融再生委員会が監督庁のうえに立つ構造になることをどうも嫌がっているようだ」「大蔵省に自民党がまだ勝てていない」「こんなもんは蹴飛ばせ!」というような議論をして。またそ知らぬ顔をして国会へ帰る。

 そしたらまたジャ−ンと電話がかかってきまして、今度は、自民党の筆頭理事の方からの電話で「ちょっと来てくれませんか」というのでまた行きます。

(自)「ここまで譲歩させたんだが、どうか?」

(仙)「そんなんでは全然問題にならない。今問題になっているのは質の問題であって、足して2で割るとかいう量の問題ではない!」 

ということを強く言って、帰ってくる。

 さらに、私がたまたま議員会館の部屋に戻りますと、自民党の元の幹事長から電話がかかってまいりまして…(以下)

(仙)「なんですか急に」

(自)「明日徳島へ行くから仁義を切る」

(仙)「なんですか?」

(自)「いや、七條くんが明日徳島で会をするから、私が、ちょっと応援に入るから君に仁義を切るために電話をした…」

と…。

 今まで何回も徳島へ来ていますが、一度も仁義などを切ったことのない人が、改めて仁義を切るというのは、言い訳、口実であって、本音のところは「金融問題で、こういうふうに考えてくれ」と、言ってきたわけです。

 私の方も「やっぱり〇〇さんここが問題です。こういうやり方をしたら絶対にダメです」と押し返して、電話ですのでその場は「そいじゃよろしく」ということで、お互いに電話を切ったということもありました。

 結局昨日(9月11日)は、自民党の方も「このへんで行けばなんとか話し合いになるかな」というところの煮詰めができなかった。

 なぜできなかったかというと、自民党内部がまとまらない。

 つまり、民主党はじめ野党が受け入れられる項目、あるいは中身を作ったら(作らなければならないと思っている自民党議員もかなりいるのですが)、自民党の中がドッカ−ンと爆発して大喧嘩が始まる。あるいは今の段階では自民党が大蔵省との戦いに勝てそうにない。ということになりますから、非常に中途半端で、抽象的なものしか出てこなかったわけです。

 その夜、私は10時から国会近くの党が予約したホテルで、エイズコンサート(鳩山由紀夫さんが歌を歌ったと新聞にでておりましたが…)に出て名古屋からかえって来つつある菅直人さん、鳩山さん、羽田幹事長の3人と、国会の中で交渉をしていた池田議員、中野寛成議員の2人が帰ってくるのを、ホテルの一室で待っていました。

 夜中1時ごろみんな揃って(それまでにも情報はドンドン入ってきてましたけれども)2時迄「さあ、明日からどうするか、あさってからどうするか」という話しを詰め、役割分担を決め、一日の仕事を終えました。

 このように私は、現場(国会)と幹部を繋いだり、そして、ときには(民主党の)行動隊長になって、委員会でワンワンやる…など、役割をもっています。これが裏側から見た、仙谷由人の一日いうことになろうかと思います。

解散総選挙に向けて

 このようにして私が日々闘っております中身は、いかなる問題でも税金を支払っている人の視点だけは忘れてはならないというごく当たり前のことなのです。 理屈も理論もそこ(納税者の視点)から作るということなのです。

 そのためにできるだけ、有識者のご意見を聴いたり、新聞も読んだり、本も読まなくてはいけない。睡眠時間を惜しんで頑張っております。

 しかし、私が頑張れば頑張るほど、徳島の自民党では危機感が高まっているようです。次期衆院総選挙の徳島一区は七條さんや、その他の有力候補者も当然のことながらいっぱい出てまいります。

 2年坊主の私が、あれだけ生意気なことをやりますので、役人の間では、「あいつを落とせ」という事が云われているようです。役人というのは、個人個人でみれば、良い人で優秀な人が多いのですが、組織になって、組織の利害につっこまれると必ず反発する。現に、自民党の方でも「仙谷の野郎、あんな奴が出てきたから徳島はガタガタになったんだ」と言っているということが聞こえてきたりします。

 私は自分でそんなに力があるとは思っていません。皆さん方のお力で今度も高橋さんを圧勝させていただきましたが、そのことが続くという甘い考えもしていません。1回落選した苦労がありますので…。(笑)

 徳島市の様な都市部の選挙というのは何が起こるか分かりませんので、私が強いとは思いません。ただ、反対側、特に徳島の自民党から見ると、いかにも強そうに見えてくる様です。

 そんなわけで「仙谷由人をどうしても落とせと」いうことがある省庁からも出、県庁のある部局からも出ているようです。

 次の衆院選には「自民党は本気になって立派な候補者を立てて、闘ってくるであろう」という前提で衆議院総選挙の準備をしなければなりません。また近々皆様方にお骨折りをいただかなければならない…と思っております。

 解散総選挙は年内にあるかもわかりません。なんといいましても「ブリッジバンク法案」を出した「ブリッジ政権」の小渕さんですから。つなぎというのは「リリ−フ」に任せるか、そのまま負けてしまうか2つにひとつしかありません。したがいまして現政権はそんなに長くない。年末か、来春か、その可能性が圧倒的に強いと思っております。

 私は、できることなら、皆様方にこんなご無礼な日々を送らず、もう少し徳島に帰り、その時間の中で、ご挨拶にいったり、ご意見を伺ったり、お話をしたい。そういう機会を持ちたいと常々思っています。 

 しかし、まだ民主党が人材的に手薄なものですから、2年坊主の私あたりがしゃしゃり出てやらなければならない仕事が(私がでしゃばりだからかもわかりませんが)あるのです。

 こんな状況の下、できるかぎり、徳島に帰ってこようと思いつつも、なかなか皆様方にお会いすることができないご無礼をお許しいただき、少々図々しいのではありますが、仙谷由人をご支援いただける皆様方が仙谷由人になり代わって日本のために、次の選挙にも、色々な方々にお願いをしていただきたい。

 選挙は近い。日本人が、日本人として誇りをもって、志高く生きて行けるような、時代と社会を私たちの子供たちのためにも、もう一度作りなおす。そのことに全力を掲げますので、どうかこれからも変わらない友情と、ご支援をお願いしたいと思います。