大蔵スキャンダルと日本の危機

平成10年2月1日

仙谷由人

 元大蔵省エリートや大蔵省金融証券検査部幹部の逮捕と大蔵大臣と事務次官の辞職という大激震が続いています。
 そして大蔵省が仕切り舵を取ってきたと自負する日本経済は低迷を続け、その根幹の金融システムは破綻の危機にあります。
 大蔵省の金融検査が銀行・証券業界とどうしようもなく癒着し、個別の金融機関を助けるということに片寄っている一方、他方で自らとOBの天下り先の確保を優先しているのではないか、そのために臭いものには蓋をしながら権限と既得利益の維持拡大が第一になってきたのではないかという疑いが現実の姿となって私たちの前に露わになっているのです。
 昨年11月23日NHKの日曜討論に出演しましたときに、三塚大蔵大臣(当時)をやめさせなければ日本の景気もよくならないし、金融機関の再生は困難だと申し上げました。
 それは大蔵省の考えたとおり、その振り付けどおり政治家が踊っていれば“政治をやっている”恰好がついたのに、日本と日本人が生き延びる戦略にもとづいて、機能面から日本のあらゆる制度にメスを入れなければならない時代状況になったことでこのやり方が通用しなくなっているのです。大蔵省が組織として現状固定・既得権擁護第一が色濃い発想では、隠すこととその場しのぎでしのいでいくことが中心になります。
 その場しのぎを続けていると、臭いものには蓋をし続けると、病は益々膏盲となり、膿は溜まります。そのいい例が山一証券です。忘れもしません、1991年初夏、株価が90年初頭から暴落したことで、証券会社の大口得意先が大損を出し、これを補填したというスキャンダルが発覚しました。
 この金融証券スキャンダルは国会で大問題となり、夏休みにも集中審議が行われました。
 私は1年生議員でありましたが、損失補填の一つのやり方として“飛ばし”があることを指摘し、この事実をはっきりと認めるべきだと迫りました。
 とくに山一証券はこの“飛ばし”が相当ある、とくに子会社である山一総合ファイナンスへの損失補填はこの“飛ばし”の集積ではないかと追及いたしました。
 当時の松野允彦証券局長は答弁でこの“飛ばし”について調査する事を約束しました。しかし7年の歳月を経て、その調査をしたのか否か調査結果について大蔵省からは何の報告・発表はありません。ところが山一証券が倒産してみますと91年12月に松野証券局長はこの“飛ばし”の事実を確認したものの、これを法律に従って処理するのではなく、これを更に海外に“飛ばし”隠しつづけることを指導したと報道されています。そして山一証券は最後の最後、外国の証券会社に身売りをしようとした訳ですが、そのさい外国の証券会社はこの“飛ばし”という水面下の借金がどのくらいあるかわからないことを嫌って、山一買収に応じなかった訳です。