年頭所感

『21世紀に向かって』 

        衆議院議員・民主党幹事長代理

              仙谷 由人 

【閉塞状況】  年初、『日本売り』で始まった1997年は、ついに「北海道拓殖銀行の破綻」と「山一証券の自主廃業」という事態をもたらし、「公的資金投入」や「金融システムの再構築」についてのかしましい議論の中で、1998年へと移行した。年率1%程度しか成長しないGNP、2年半もの間、据え置かれたままの公定歩合(従って、市民の預貯金に対しても低利率)、年金財政パンクの予兆、遅々として進まないかに見える介護・福祉システムの整備、全国各地で発生する廃棄物処理を巡る紛争、とどめようがない少子化など、どこにも『出口』がないような閉塞感に覆われている。

【戦後】

 私たちの曾祖父や父の世代、つまり「明治維新国家の成立」以降、日本は「富国強兵」「殖産興業」を国家目標として走ってきた。中央集権的権力(官僚機構)を構築して、すべてを中央で仕切っていくという「効率的方法」は、アジアにおける「雁行型発展」のトップランナーとして、その停滞や挫折を疑う者もなかった。無謀な「太平洋戦争」の敗北後、「富国強兵」は「富国軽武装」に変わったが、「殖産興業」は「高度成長」「豊かさの追求」と言葉は変わったものの、実質は変わらず、そして何よりも、権力の有り様が、建前の上で、「天皇大権」より「国民主権」へと、根本的、革命的な転換がなされたにもかかわらず、「中央集権的官僚機構」を温存し、これを拡大・強化して、ここですべてを仕切るという「国家高権体制」は変わらなかった。第一の戦後(太平洋戦争後)は、物質的にはすべてが灰燼に帰したとはいえ、「国民主権─民主主義─自由─平和主義」という青空が見えた。「もう戦争に行かなくてもよい、戦争をしなくてもよい、自由なんだ、密告をされたり、特高に捕らわれたりすることもない、そのうち、仕事や遊びで外国に行くことができるかもしれない」という開放感と可能性を感得し得た。

【第二の戦後】

 しかし、今、私たちは、拭いようのない閉塞感と不安に捉われ、どこが出口かわからない迷路をさまよっている感じすらする。誰しもが信じて疑うことのない目標を見いだすことができず、「刻苦奨励」「仕事中毒」と揶揄されながらも、「生き方として模範である」と教えられ、とにかく「仕事第一」で走り続けた、そのビヘイビア(行為・行動)を変えるモデルを思いつかず、また「この人についていこう」と思わせるリーダーを持ち合わせていない。さるジャーナリストから、「米国においては、ベビーブーマー世代が、自らの世代の利権を確保するために、『退職金年金者連盟』に異議を申し立てたが、日本における『団塊の世代』は行動を起こさないのか?」と尋ねられたが、「日本人は、そんなに、自分たちやその世代の利益を声高に主張する強さや自分勝手さは持っていないよ」と苦笑しながら答えるばかりだった。私たち40代、50代は、学生時代、「自分たちが生きる時代が管理され、個々人が押しつぶされる社会となる」ことを予感して、「異議」を申し立てたが、この「異議」が何ら社会に受け入れられず、何事をも変えられないまま、「高成長(豊かさの追求)軍団」の一員として、主として、「企業戦士」となり、わき目もふらずに働いた、というわけだ。ところが、21世紀を数年後に迎えようとする今、得意の「経済」にも、黄信号が点滅し始めていることに気づき始めている。小池隆一なる総会屋を切ることができず、「利益供与事件」で、おびただしい一流金融機関の取締役や管理職がお縄付きになっていくのを目の当たりにするとき、哀しく、やりきれない思いに捉われる。「サカキバラセイト」の出現は、私たちが家庭を顧みず、地域に住む隣人の顔さえ知らないで、「会社第一主義」で生活をしてきたスタイルと全く無関係と言いきることができるだろうか。バブル華やかなりし頃、佐高信さんが、「金には『法人円』と『個人円』がある」という話をしていた。「会社の金でする飲食は、一人当たり3〜5万円を平気で使うが、個人で使うときは3千円でも高い。飲食のみならず、ゴルフ、贈り物、旅行など、一時の快適さを求めることすらも、会社の枠内でやってしまう…」と。こんな生活を、誰もが疑問に感じつつも、変えることはできなかった。その挙げ句、エリートと認めた者たちは拘置所で調べを受け、エリートとして扱われなかった人たちは社内失業者と扱われて、雇用不安に苛まれている。「会社第一主義」─その確たる前提である『終身雇用制』、これを制度的に支える「税制」と「成長政策」の行き着いた先が、現在の状態であると考えるしかない。

【右肩上がりと先送り】

 「山一倒産」で再び問題視されている『飛ばし』(1992年夏の「証券金融スキャンダル」時の国会で、厳しく指摘・追求しておいたところである)のような行為が、「早晩破綻という結末に至らないはずがない」という常識に背を向けて、「いつか景気はよくなる、株価も高くなる、そうなったら解決できる」という非科学的な期待だけにすがり、問題解決を回避してきたやり方は、バブル時に「土地転がし融資」を回転させ、バブルが崩壊した後、「不良資産(不良債券化したその貸し金)債権の処理」を「そのうち土地は高くなるはずだ」という幻想のもとに、回避し続けている銀行と、その行動様式においては同一である。戦後、1985年までの40年間続いた高成長は、「問題を先送りしながら時を待っていれば、再び土地と株価は上昇し、その益金が問題解決をしてくれて、気がついてみれば、会社は2倍にも10倍にも大きくなっていた」という「ハッピーな時代」のものだったのだ。1985年、「プラザ合意」のあった年、つまり、日本の膨大な「貿易黒字」(=円安)が問題とされ、円が対ドル240円から120円になるそのきっかけの年に、冷戦体制の内側で行われていた成長競争は終わり、ここから3年の間に新たな闘いが開始されていたのだ。このときを境に、水面下では、何かが変わり始めていたのだ。まさに、地震発生の前段階に、マグマがエネルギーをためて動き始めるように。なのに、「成功体験に裏打ちされた神話」(成長神話、土地神話、一流企業不倒神話、完全雇用神話など)は、次々と私たちの心理のひだにまで侵入し、私たちは現状を変えることなく、何とか成長が続けられ、「その延長線上にはもっと豊かさがある!」と信じていたのではないか…。「成功体験」があるだけに、次の世代にバトンタッチすることも、自らの方向を転換することも、「自己否定」につながるとして、なし得なかった。

【自立と分権】

 今、私たちは「行政改革─財政改革、財政構造改革、社会保障構造改革、教育改革」が必要とされていると言われている。 しかし、旧来の発想のままで、「ほころびを繕うようなやり方の改革」は、何も保障しない。「人間が生きていくことについて何が大切か」という「原点からの構想」が求められている。私たちは、一方で、いかにも、「お上(国家)頼み」「会社頼み」「他人頼み」という、「他者に自らの一身を預ける」という心理と行動に浸りすぎてはいなかった?「国家(中央政府)に委ねておけば、そのうち景気を良くしてくれる」「会社に依拠し、会社のために働けば会社は発展し、家庭の豊かさと幸せは確保される」「銀行に預金をしておけば、ちゃんと利子を付けて返してくれる」「年金保険料を払っておけば、老後の年金は間違いない」という前提を疑ってかかる必要がある。他方、現在の「機能しない政治」は、私たちが政治を嫌い、これを軽視してきた科〈とが(=罪)〉なのではないか。いかに嫌おうとも、軽蔑しようとも、いったん政治の場(議会)で決められたことは、政治で変える以外に、この桎梏〈しつこく(=あしかせ・てかせ)〉から逃れられない。国家(中央政府)が万能に近い存在で、その官僚機構の上に乗かった自民党の「一党支配」には大きな限界がある。中央で何もかも仕切ることに無理がある。大蔵省が、「経済政策」から「金融」「財政」「税制」「予算の配分」「国有財産管理」まで、何もかも管理し、仕切っていくことが不可能となったことは、長期低迷する「不況」と、「拓銀・山一の破綻」が示している。つまり、今や「国家」は、「国民の身近なことで生活を良質科する」という仕事を行うには大きすぎる状況にある。そして、「国際金融マーケット」や「安全保障」「地球環境保全」や「保健」までも、「一国だけでは手の施しようがない」ことが多々出来している。その意味では、「今や、国家は小さすぎる」のである。私たちの生活に身近な事柄は、私たちの住む地域や自治体に任せてもらおう。統一的な基礎づくりは必要に応じて国会で行うにしても、その「実施・運用」を、現在のように「許認可と補助金でコントロールすること」はやめてもらおう。「補助金」は当面、一括して「自治体に交付」させよう。使い方(配分)は、「自治体の議会」が「その地域の優先度」に応じて決定しよう。そうすれば、机上で「許認可」と「補助金の算定や交付」をする事務をしていた「官僚」は不要となるはずだ。それこそが「行政改革」ではないか。そして、このような変革をする能力があるのは「政治」(議会)だけだ。私たちは、預貯金を運用することを自分の頭で勉強しよう。私たちは「利子」を「不労所得」と呼び、あまり手を触れないできた。しかし、信じて疑わなかった「銀行が倒産する時代」だ。つまり、「銀行預金ですら投資・運用である」という冷厳な事実を認めるべきだ。証券会社の外務員の言うことを鵜呑みにして株や投資信託をして損をしなかった人は、よほど幸運か、自分が情報を集め分析した人だ。利殖(いわゆる財テク)は忌むべきものではなく、必要なものだ。危険を伴うということを銘記して、財テクに習熟しよう。

【成熟社会】

 「成熟社会」においては、「右肩上がり一直線の成長」は望むべくもない。荒々しい活力には乏しい「少子化社会」となる。しかし、「国際化」のネットワークは広がり、一人一人の持つ「資産」は相当程度ある社会だ。問題は、一人一人が、「生きていくことの意味をどう考えるか」だ。何よりも、人生のほとんどの時間を「会社」や「経済的利益を得るため」だけではなく、「家庭や地域での生活」や「政治の関与」に充てることが、「生きていくことの意味」を充実させることになる。個々人が、それぞれ異なる、すなわち「多様な価値観」を持ちながら自立し、他人と協力して社会をつくること、そこから21世紀が始まるのである!