2008.4.23

『熟議の民主主義』と憲法

仙谷由人

(4月23日に共同通信社と加盟各社が構成する論説研究会において講演した内容です。その要約は徳島新聞はじめ加盟各社に掲載されました。)

はじめに

参議院選挙の結果 生まれている事態の憲法論的意味

 最近、とりわけ昨年の参議院議員選挙での与野党逆転以降政治的に現れている現象を私なりに憲法論的に見たらどうなるかという観点でお話をする。昨年の通常国会で憲法改正国民投票法が成立した。さあこれから論議を深めよう、自民党的にいうと改正に向けワンステップあげたところから出発しようという意気込む人も出てきたし、新聞論調も読売はじめ憲法改正に一気に突き進むと思われていた。

 申し上げたいことの第一に、こういうイメージで扱われるときの憲法改正は、ほとんどメディアも運動体もたぶん頭の中の95%が9条問題に占められている。日本が安全保障政策上米国との関係で独自の軍事政策を堂々と掲げて世界に覇を唱える国になるのか、もう一方で、それを危険視する方々の見方と、もしくは、もう少し実力部隊を憲法上位置づけていざというときは使うぞという構えがないとまともな外交政策が展開できないという考えの方々、いずれにしても9条をめぐる憲法論争がほとんどだった。

 つまり護憲、改憲というと9条問題ということになって、その他のもっと大事な21世紀的な憲法論議が本気で議論されてこなかったのがここ数十年の日本の不幸なところであり、寂しいところだったとつくづく最近思う。日本も今主権国家が変容せざるを得ない、とりわけ市場経済、グローバリゼーション、あるいはIT革命によって主権国家が変容せざるを得ないという局面にたっている。そういうとき国家主権がどのようなものでなければならないか、憲法論的にこの議論がされてこなかった。この宿題をしてこなかったことの咎が今相当いろいろなところであらわれていると思う。

 統治機構をどう変えねばならないか、変える際の基本的な考え方を21世紀的な状況のなかでどう措定すべきかがほとんど本気で議論されてこなかった。したがって、今政府が検討し始めた「消費者庁」構想を中心とした消費者行政の問題にしても、公務員制度改革も、独占禁止法の問題も、そういう行政の第一線の先端部分で出てくる諸現象を憲法論的に位置づけながら進めなければならないはずだ。主権国家の主権をどのように行使していくか、どのような制度にすれば21世紀的な大衆消費社会とグローバリゼーションのなかで適切に展開できるかが、なかなか答えが出ない。

 政治的にいうと55年体制のもと自民党一党支配、他の補完勢力をひきつけながらのこの政治は、自民党の中では年功序列制度と二世・世襲という、ある種の安定的なシステムだった。そして霞ヶ関の存在が行政権の執行を担当しつつ、政治的にも役人が知恵を出しながら、国民主権というより官僚主権制のもとで営まれてきた。これをどう捉え変えていくか、この体制で21世紀を進んでいけるのかが大問題だったはずだ。

 これをヨーロッパはEUという形で決着をつけた。これも大きな実験であるから長期的にうまくいくかどうかは未知の部分もあるが、しかし第一次大戦から始まった主権国家・国民国家の角逐と協調の体制だけではもたない。国境が接しているということもあるだろう。さらに東欧における共産主義国家の出現にも触発されたのだろう。また、対米の自立的な意識、NATOに従属的に組み込まれないヨーロッパ的なものにこだわった、そして何よりも戦争をしない国家間の関係をつくるということで、主権国家そのものが変容をせざるを得ない、これらの諸要素の帰結がEUという形となった。

1 いまや国家は大きすぎる。 いまや国家は小さすぎる。

EU憲法条約に学ぶ

 イギリスのブレアが絶えず「今や国家は大きすぎる、国家は小さすぎる。」と言った。国家を超える超国家機構、国際機関をつくりそこに主権を委譲する、あるいは主権を共同行使するという概念をたてて、国家の変容について認知してきた。

 一方ではヨーロッパ自治憲章にみられるように、基本は地方分権、基礎的な単位の自治体でほとんどのことはできるはずだ。身のまわりのことの決定は住民が自主的に参加して行う体制を作ってきた。すると当然のこととして、従来国家が主権の行使として行ってきた事務(=施策)が上と下に引きちぎられるということになる。それに沿った憲法論議が必要ということで、ヨーロッパはEU憲法条約の策定の過程で各国が憲法改正の議論を行った。分権を規定しEUに対する主権委譲を認めていくことが提起された。社会労働憲章、通貨発行権、中央銀行(ECB)などについて、各主権国家の単位でも受容していった。

 この国際機構へ主権を委譲する、共同行使していく仕組みをつくることは日本国憲法に置き換えて言えば、9条の安全保障、平和創造、軍事政策ともからんでくる。現時点ではそれぞれの国の国防軍を残しながら、地域紛争に対処する緊急展開の軍備を提供していくことを各国の憲法で認め、共通の安全保障政策としても認めていくことになる。すると、古典的な主権国家で独占的に行ってきたことをどれくらい残すか、バランスをとっていくことが大事になってくる。

 一方、ヨーロッパ各国では、国際機構への主権委譲、下位自治体への権限の付与のほかに、今の専門化、複雑化した社会の中でどうすれば国民間の権利に関する紛争を未然に予防し各課題を解決できるかという問題意識のもとで、いろいろな試みをおこなっている。たとえば金融商品について、英国でもオンブズマンをつくったり、北欧ではもともと行政監視の機能が強かったが、憲法上オンブズマンについて規定しており、子どもの権利や消費者の権利を守る機能を充実させたりしている。

 消費者の権利についても憲法上書き込むべきだ。日本でいえば独立した行政委員会(食品安全委員会)の設置までできている。オンブズマンというのは、旧来の三権の外側から監視を行う仕組みであるから、これは主権国家が司法・立法・行政という古典的な三権分立のもとで、はたして主権国家内部のガバナンスをうまくやっていけるのかという問題意識がそこにはあり、そして主権国家を超えたガバナンスをうまくやっていけるかどうかという問題意識でもある。

 EUはそもそもヨーロッパ石炭鉄鋼共同体として出発した。日本も資源エネルギー問題を東アジアの中でうまくガバナンスしていかなければならない。このことが現実的に必要だと皆さんも感じておられるだろう。この資源、エネルギー、環境、伝染性のあたらしい病気・健康被害、金融、貿易、知的財産権などについてのガバナンスを東アジアでどのようにしていくかあらためて考えなければならない。そういう国のかたち、そういうことを行いうる日本国家の主権のあり方を同時に考えていかなければならない。

 しかしその議論がほとんどなされてこなかったのが日本のつらいところである。あまりにも憲法9条を変えるかどうかだけにとらわれすぎた。けれども日本の軍事をめぐる実態はだいぶ先まで進んでいる。自衛隊の海外派遣、自衛隊を海外協力に使う、海外でのプレゼンスを示すことを前面に出し、相当事態は既成事実として進んでいる。それならばその中で、ここまでをよしとするなら、それを肯定するあるいは限定化する法律、そしてその法律と整合性のある憲法規定を作った方が法治主義、法の支配としていいのではないか。そういうことが必要だという議論はされないで、自衛隊是か非か、そういう違憲・合憲論争しか行われなかった。あるいは9条の文言を変えることによって軍事国家になるのかならないのか、9条の文言を変えない立場からは、世界平和を掲げた理想に現実を近づけるという、哲学論か理想論か運動論かそういう議論で、国家主権のあり方をめぐる具体的な議論がかき消されてきたというのが今までだった。

分権=地方主権がまず必要

 私は憲法論でまず手をつけなければいけないのは、地方分権の問題だと思う。これまで「国のかたち」論議として本格的に行われなかった。「三位一体」改革は中途半端な改革しか行われなかった。分権一括法ができて8年になるが、なぜ一括法のそのエキスを憲法条項として書くべきという議論が起こらないのかが不思議である。憲法92条の「地方自治の本旨にもとづいて」とある地方自治の「本旨」の具体的内容をなぜ憲法に書き込むという改正をしようとしなかったのかがはなはだ不思議だ。もし、補完性の原理、財政自主権、課税自主権、中央政府と地方政府の対等原則が、憲法上書きこまれれば、あるいは地方議会の条例が法律でその範囲を定められるのではなく、憲法94条で中央政府と対等の立場で「条例(=法)」を作りうるという原則が定められるとすれば、これは大きく発想が変わるはずである。つまり、法律として国会が決めることで自治体の条例制定の範囲が決められるのだということだと、そこにおける自治は限定的になる。国(=中央政府)に従う地方自治ということにならざるをえない。ここは憲法から直接に対等原則が授権されなければならないと私は思う。

 国と自治体との権限分配、言い換えれば中央政府と地方政府の権限配分について考えて見ると、「条例」をどのようにとらえるかが問題となる。

 現行体系では法律の規定より厳しい規制(上乗せ条例)を設けたり、法律の規制対象外のものを規制(横出し条例)したりすることが、条例として作られ、事務として実行されたとき、それはやってはいけないと総務省がいう。その場合、国地方係争処理委員会がつくられるが、現時点で機能しているという話はきかない。 

 ただもし機能するとしても係争処理委員会が、ヨーロッパ諸国のように、憲法上権威のある機関であるのと日本のようにそうではない機関ではずいぶん解決能力が違うということになるはずだ。

 地方分権について、憲法92条から95条までを実体的にどうつくりあげるか。今まで行われてきた議論をもう一段グレードアップして議論するには、憲法上中央政府と地方政府の関係を考える必要がある。丹羽宇一郎さんが委員長をしている第三次分権改革推進委員会が、権限委譲の報告書を出しているが、これに霞ヶ関はきわめて後ろ向きの回答をした。これでは結局今の憲法体系のもとでは国会が最終的に利益分配を勝手に決めるということになる。

 国会議員を各省庁が動かすことによって、権限委譲をゼロにしたり、実質的に骨抜きにする行動もできる。三位一体の改革もまことに同じような話で、補助金の削減を補助率の縮減に言いかえさせてしまったところに、現在の自治体の財政的な苦難がある。つまり補助金を4兆円削減し3兆円を税源移譲するとしたのは、1兆円分は陳情はしなくていい、事務量が減るからという理屈だった。ところが補助率の削減だと、事務量は同じで権限は本省に残ったまま、自治体はお金が8割になってしまったという話になったのが三位一体の改革の実態である。それと同じように第三次推進委員会では完全自治体とか地方政府という言葉を使っているが、そういう概念規定にふさわしい実態を作るにはどうすればよいか。これは法律改正だけでなく、憲法上きちんとそこまで書き込むことが必要である。そこまでいかないと完全自治体とか地方政府はできない。中央と地方が対等というところまではいかないとあらためて思う。

 完全自治体とか地方政府を考える場合、憲法65条の「行政権は内閣に属する」という規定があって、これは97年に民主党が、行政監視院法(GAO法案)をつくるときに大論争した。行政権は内閣にしか属さないというふうに霞が関が読み替えているのではないか、地方政府にも行政権はあるのではないかと主張した。内閣から独立した機関とされている会計検査院や公正取引委員会、人事院、それが行政権を行使しているのかそうでないか、あるいは憲法上に規定がないが日銀の金融政策を行う権限は行政ではないのかという議論になってくる。それが内閣にしか属さないと読み替えられるのか。国政の基本は内閣だが、地方政府も行政権の一角をになっている。広い意味で行政権を担うことがあると解釈すべきだ、こんな議論をした。確かに行政権、執行権、執政権と表現は日本語で少々ちがうが、違いを明確に区分しながら、要は国民生活のいろいろな課題解決をどのような機構、機能でやればいいのかを考えるのが先ではないか。当時からそう提起してきた。あれから10年たつ。地方分権のあり方として、本来的に考えていかなければならないと思う。

2 議会についての憲法論

20世紀型三権分立を超えて

 ひるがえって憲法41条で、「国会は国権の最高機関で唯一の立法機関」と書いてある。我々は今の日本を三権分立というが、これがどういう意味か、ここを憲法上明確にしたほうがよい。三権分立がどんな姿なのかは統治機構を考える上で大問題だ。たとえばイギリスの仕組みは三権分立なのか。日本と同じように二院制だが運用は同じではない。内閣・行政権は過半数を占める与党がそのまま執政権、執行権の担い手になっている。一方上院のトップは大審院院長、日本でいえば最高裁の長官だから、これはどう考えたらいいか。必ずしも古典的な三権分立が近代民主主義の手本という固定的な理解でなくていいと考えるべきだ。あまり古典的な三権分立を考えるとにっちもさっちもいかないという話になる。そうすると行政と国会の関係、内閣と国会の関係もあらためて柔軟に考え直した方がいい。国会の最大の仕事は立法であるが、地方議会で作る条例も広い意味の「立法」である。

 そして国会の役割は立法のみと霞ヶ関は思っているが、それだけではない。

 「内閣」をつくるという現在の執行権の権力のレジティマシー(正当性)は国会にある。そうだとすれば「内閣」をつくるという最大のしごと、権力を作る仕事が議会の最大の仕事といえなくはない。

 議会と内閣が一体化するとなると、議会は何をするところか。行政監視をきちんと行うことが大事だ。昨年私は衆議院の決算行政監視委員長だった。会計検査院、内閣諸制度との関係でしか決算の議論は出てこないし、行政監視ということばは憲法上出て来ない。しかし考えてみると、国会の仕事の半分以上は行政をチェックする機能。昨年社会保険庁の問題があらわになった。ずさんな事態が何十年も続いてきた。これに対して国会がはたして行政監視の役割を果たしてきたのだろうか。もちろん第一義的には社会保険庁に責任がある。そして厚生労働省本省、職員、内閣に責任があるが、その一方で国会の機能、国会議員、決算行政監視委員会の機能として、何をやってきたのかと考えると大変なことである。そう思いながら委員会で議題としてとりあげてきた。

 国会のもとにGAO、会計検査院と行政監視院とをあわせたようなものを機関としておくか、あるいは行政監察院のようなものを憲法上の機関として位置づけるのか。

 私は公務員制度改正にあわせて、できれば憲法上位置づけて行政監視を行う国会直属の機関を設置するのがよいと考える。

 今の「ネジレ」で動かない国会という状態に直面し、従来「議会とはなにをするところか」という議論がされていなかったことがあらわになった。野党が参議院の過半数、第一党になったのは戦後初めて。野党が議長と議運委員長のポストを握る。参議院の運営は野党の裁量のもとで、議事を司るという事態になった。議会が何をするところか、伝統的な三権分立論では処理できない問題も出てきた。実態に即応する統治機構を再考する必要がある。

 今主として与党で声高に主張されているのは、せんじつめれば、参議院の権力が強すぎるという話である。先般「日経新聞」の「経済教室」で慶応大学の曽根泰教教授が書いていたが、諸外国では政権交代が起きる時はほとんど衆参がねじれになる場合が多い。与党からすれば衆議院の権力を生かし当然衆議院で議会の主導権を握りたい。衆議院の優越性を認める憲法だからそれなりに認められるが、しかしどこまで優越性を貫徹する仕組みにするか、衆議院の優越性を貫徹すればするほど参院の存在価値がなくなる。すると論理としては一院制に近づく。そうならないようにするには、性格がちがう、選び方が違う、役割が違う二院制にするしかない。

 人事の問題も、今の時点で日銀総裁人事の問題に衆議院優越性を取り入れようと言い出したが、しかし急にそんなことをやろうとしても参議院が承諾するはずがない。その法改正にも3分の2による再議決がまた必要になる。先般同意人事について、参議院の優越性を定める米上院のような人事権はできないか、「参議院の優越」も面白いではないかという議論もあったが、現時点の憲法解釈ではできない(ちなみに読売の憲法草案にはその規定はある)。

 ことほどさように日銀人事問題に焦点化されたが、国会では人事、憲法改正について衆参まったく同権限である。その中で参議院において野党が第一党になり、その情勢のもとで憲法論議を考えていかなければならない事態になっている。ヨーロッパで言えばEU憲法条約はEU議会において8会派で作り上げた。理念、方向性をみなで共有していかねばならない。本気で憲法改正したいのなら、そこに議論を集約していかなければならない。

 9条の問題も主権行使をどのように行うのかを中心に、粛々と議論を作り上げていかなければならないところに来ていると私は思っている。憲法のめがねをかけて今の事態を見るとそういうことになってきたのだろうと思っている。

今こそ「熟議の民主主義」を

 このかん、参議院での与野党逆転の中で、一方で大連立、一方で政局的に何がなんでも反対して政権をとるまでゆさぶっていくのだというポジション、そういうことでいいのかと感じていて、朝日新聞に『今こそ熟議の民主主義を』を投稿した。

 今衆議院の議運では憲法審査会規定をつくってほしいという要請が自民党からきているが、現時点ではまだ審議していない。なぜか。6年間の憲法調査会の議論をみてきて、なかなか衆参同一歩調にならない。衆議院が先に走ると、参議院が横を向いてしまう。さらに参議院は憲法調査会の役員人事がひんぱんに変わったり、国民投票に関する特別委員会も作られなかった。憲法改正は衆参一緒でないと無理だと自民党には言っている。自民党も参議院側では憲法審査会を設置する余裕がなく、一切議論になっていない。そういうわけで衆議院でも作られていないのが現状だ。

 それと私が提案した「熟議の民主主義」を進める場合、両院協議会の実質化が必要だ。現状では委員の選び方は、衆議院からは法案に賛成した会派から10人、参議院からは反対した会派から10人選ばれ、衆参10対10になり、必ず「両院が整わず」ということになる。近く「思いやり予算」の条約が否決、両院協議会が開かれるが同様の結果になり、衆議院では憲法59条2項にもとづく再議決をすることになる。この両院協議会をもう少し実質的なものに変えてはどうだろうか。あらたな合意を作り出す場にしてはどうだろうかと提案している。実は2004年の参議院選挙で民主党の岡田執行部は年金問題を最大の焦点とした。年金目的税も提起して、参院選挙に前後して与野党の国対委員長の合意で協議機関をつくり、2005年4 月に年金合同会議が始まった。与謝野馨さんが会長、私が会長代理をつとめた。そのとき自民党はこれほど年金問題が尾を引いて政治的な争点になると思わなかったのか、あまり腰の入った議論をしなかった。結局議論が集約できないまま解散でふっとんでしまった。年金合同会議は、これこそ新たなタイプの合意形成の場だと位置づけはした。そのとき、自民党執行部が最低保障年金を考えていいというところまで、ゼロベースででも年金問題の解決をしようという腹構えなら年金問題も相当変わっていたはずだ。国会での議論の仕方も、オープンな衆参合同会議か、公開しての両院協議会など国民の見える形でやれば今の国会の議論も違う形になっただろう。

 つまり、二院制の国会なら、そして政権交代が民主主義の基本なら、そのことを前提にした衆参の権限配分についても憲法規定のあり方が議論され、堂々と憲法改正を提起すべきだ。今からでも必要だ。そういう意味で憲法改正については、55年体制の両陣営が9条問題にとらわれすぎて本来的に内閣諸制度、行政権、国会のあり方、地方政府のあり方、統治機構の骨格の組み換えができなかった。グローバルスタンダードから見ると、国のかたち、国家の合意形成のあり方、執行の仕方がグローバリゼーションのなかで合わなくなってきている。そこを直す必要があると考える。

最後に。

 福田首相は鳴り物入りで消費者庁をつくろうとしているが、何をしたいのか。私たちは民主党人権・消費者調査会(会長・仙谷由人)において「消費者権利擁護官(消費者オンブズパーソン)」を策定中である。今申し上げたことと本質的には関係がでてくる。というのは、消費者庁は何のためにあるのか。食品に関しては厚生労働省の食品衛生法、JAS法は農水省、景品表示法は公取、貸金業法は金融庁、割賦販売法、PL法が経産省など、各省庁が業者監督ごとにわかれていて、わかりづらい。

 そこで消費者の権利をどう擁護すればいいか。どこに問題をもちこめばいいかわからない人が多い。弁護士費用は必要だし、広範囲に新しい専門分野のテーマが出てくるので、これまでの司法で対応できるのかどうか。それに生活現場で発生することがほとんどなので地域ごとに細やかに対応できなければいけない。

 各省庁横断的なもの(消費者庁)をつくるのは、「行政権は内閣に属する」として、実際は縦割り各省庁でやってきた55年体制を大胆に組みかえることであって、大変困難な作業だ。省庁間で権限の綱の引きあいがまた始まって、結局はできなくなる。裁判所、警察、検察はどの程度権限をもつのか手放すのかがからんでくるし、万が一うまくいけば、巨大な行政権力ができ、大変肥大化するのではないか。それと、一方で注意しなければいけないのは、地方の消費者行政を担当している人は、自治体の逼迫する財政状況でほとんどが非常勤で劣悪な条件のもとで働いている。権威も権限もない、不安定雇用の公務員版ワーキングプアだと言っている。中央官庁の組織だけを直せばすむというような話ではない。

 この解決は容易なことではないが、これもヤル気があればできないことはない。実際はマーケット社会のなかで、ひとりひとりの生き方を国家や地方自治体がどう支援できるか。新たな発想のもとで行政権の行使を考えていかねばならない。

 そう言う意味では、消費者行政のあり方の問題は理論的な意味でも試金石として、問題を提起している。

(会場から)

質問  改憲を進めるべきか。

答え  9条問題は国論が分岐していて進めることに問題があるとするなら、早急に92条から95条までの地方自治のところを、本当に分権をやったらどうかということで改正をやればいいと思う。右も左も国会議員の8割は賛成する規定は作れる。今までの様子だと霞ヶ関は強力に反対する可能性がある。この影響力をそぐ、族議員が跳梁跋扈して走り回らないようにする必要がある。

 本格的な分権を書き込む、地方自治の本旨のエキスを書き込むことはできる。そうすれば当然地方自治法を書き換える、財政法を変える。現在の市町村の監査委員は全く決算監視的なことができていない。それをどう変えるか、憲法の下の法体系を早急にかえなければ、あいまいなままずるずると地域社会が落ちこんでしまうと思っていて、憲法論議はまず分権からやってみることが必要だ。

問い 国会議員は分権に熱心でないように思うがどうか。

答え 道路特定財源への対応をみると首長も分権がいやだったのかと思う。霞ヶ関に全部やってほしいと思っている。声高に要求すればどこかから補助金か交付税かのカネが出てくると思っている。分権は地方にとって厳しい話。財務省も権限が大幅に縮小する。各省庁も権限か天下り先がなくなるので本質的には反対。国会議員自身が事業認可と補助金において影響力がなくなるので、熱心でない。ただ政治は建前の部分が大事だから、誰も「分権」を否定できない。国会議員も建前で走る。基本法にも具体法にも落とし込んでいって、ホンネはどうあれ、お互いに責任を持たせることだ。そうしないといつまでたっても過保護で進まない。道路特定財源を渦中で見ていてそう思う。

当日配布資料

 朝日新聞(2007.11.14)今こそ「熟議の民主主義」を

 「財界」(2008.4.22)  なぜ民主党は「財・金分離」にこだわってきたのか?

 「論点整理対比表(地方自治)」(衆議院憲法調査会事務局)