小泉構造改革と今後の日本

徳島クラブ例会にて講演 (2006年2月6日) 

仙谷 由人

 ご紹介を頂きました仙谷でございます。この徳島クラブの出席者の方は、郷土の先輩がほとんどでして、この徳島クラブにお招きを頂きまして、大変光栄に存じております。ありがとうございます。

 今日、「小泉構造改革と今後の日本」という大袈裟な議題をつけてお話をしようと思ったわけでございますが、あまり理論的なことよりも、皆様方の興味の対象を、やはり次の総理大臣は安倍さんなのか、誰なのかというところにわりと焦点があるようでございますので、今、司会の方もおっしゃっていました4点セットの問題も含め、絡ませてお話をしてみたいと思っております。

 昨年の選挙で、私ども民主党が惨敗を喫して、自民党の議席がバブルのように膨れあがったということで、自民党の政権維持が、あと少なくとも3年くらいは続くであろう、これがふつうの見方です。先進国の議会制民主主義の取り組みから言いますと、取り立てて任期の途中に解散・総選挙をするという必要性というのはほとんどなくて、任期いっぱい務めるということになっていますから、ひょっとすれば日本も4年間の満期近くまで、昨年の9月11日の選挙結果通りの政権運営がされるのかもしれません。つまり自民党が政権にあり続けるということになる可能性が強い。そんな中で、秋には小泉さんがやめると言っていまして、かすかに、そういいながら結局のところは自分にもう一遍返ってくるのを待っているのではないか、あるいは、その為に民主党との大連立などということを言い出して、改めて本気で大連立政権を作ろうとするのか。あるいは、自民党をもう一回ぶち割って、小泉首班が続くような、政局を作りたいのではないかといったこんな見方も全くないわけではありませんが、殆どは、あの性格ですから多分やめるだろうというのが一般論。95%ぐらいはそういう見方でして、私もそう思っております。

ポスト小泉をめぐって

 そこで次の総理大臣は誰なのか。ここのところ国民の人気?1の安倍晋三さん、これは永田町で入ってくる話というのが、森元総理が中川秀直さん(自民党の政調会長)に、「やはりここは福田でいこうじゃないか」という話を持ちかけたら、中川さんが「今回だけは勘弁してくれ」と。この中川さんという人は森さんの一の子分なのか二の子分なのか、まあそういうポジションで力をつけてきた、自分の影響力を増やしてきた人ですが、今回だけは勘弁してくれ、今回だけは安倍さんでいくということで、安倍総理、中川幹事長そしてこのグループには、竹中さんがおりますので、竹中財務大臣とここまではできている。あとは官房長官争いが大変激しくなっていて、テレビによく出てくる山本一太さんなのか、石原伸晃さんなのか、塩崎さんなのか、お互いがお互いを悪く言い合って官房長官は俺しかないという事を言って歩いているというこんな話が飛び交っています。ここは、年が明けるまでの経済金融政策論争で、<与謝野、谷垣、日本銀行ライン>対<竹中、中川秀直、いわば増税反対、金融政策インフレ路線といいましょうか、そういう財政経済、あるいは金融政策>の対立というふうな見方がされているのも背景にあるわけですが、いずれにしても中川さんと竹中さんが安倍さんを擁立して、安倍さんが総理になるのがほぼ間違いないだろうというのが、年が明けるまでの状況です。ここは、仲がうまくないというか、そういうのを淡々と一直線に言わないのが人間社会の面白いところなのか、あるいは日本のおかれた状況がそこまで単純ではないということなのかはわかりませんが、ライブドアの事件が勃発したというのは、これは相当大きいショックだと私は思います。

 自民党がライブドアのホリエモンを担ぎ出し利用したというある種のスキャンダルめいた話と、やはり、メディアを使って、これはホリエモンの方も自民党のいわば刺客の一人になることによって、メディアでもっともっと宣伝ができて自らのビジネスに繋がると判断して乗ったというところもある。

 私も60歳になりましたが、35歳以下、40歳以下の世代にホリエモンが圧倒的に人気があるというのは計算外でした。つまり、ITの世界とかネットの世界、ブログをやっている人は、まあ一部のオタク族がやっているだけと思い、それが政治動向に影響する力をもっているというふうには思っていませんでした。しかし、結果としては現時点から振り返ってみましても、9月の選挙では、相当大きな影響力があった。ですから、この挫折といいましょうか頓挫のショックというのは政治の世界でも大変大きいだろうなというふうに私は見ております。

 先程、司会の方からも4点セットの話がでましたけれども、年明け、通常国会も始まるということもあって、永田町ではBLTと言っています。BLTというのは、BSE、ライブドアの問題、それからこの耐震設計偽装の問題、そこへ官製談合の防衛施設庁談合ということをいっているわけでありますが、BLTというのは、BSEの問題と施設庁の談合事件までまたまた発生をした。そのインチキについて私の考え方は後で申し上げますけれども、さらに加えて昨日、たまたま私は、急遽依頼され「テレビ朝日」の「サンデープロジェクト」に出演しましたが、番組後田原さんが、例の皇室典範の女性問題ですが、これは政局になる。もう一回小泉さんは解散をするんじゃないかということまで言いだしました。確かにこの皇室典範問題は深刻な問題になる可能性が大いに出てきた。とりわけ、安倍晋三さん擁立路線、次の総理大臣は安倍で決まりだ、あるいは安倍を担ごうというふうに考えていた人と安倍さんにとっては、皇室典範問題にどういうポジションを取るのかというのは、次の総理大臣になれるか、なれないか、なった場合にどのような基本政策を進めるかという死命を制するような問題になってくると思います。ちょっと厳しい言い方をすれば、安倍さん、大変人柄は悪くない、いい人だと思いますが、ただ拉致問題以外に、あまり内政、外交にわたる政策をお伺いした事がないというのが率直な安倍評です。一時、官房副長官をしている時に、「日本は核武装をしても憲法違反にはならない、憲法上核武装を許されるという」話を学生相手に講演しまして、これに対して激しく私が特別委員会の場で、「どんな根拠でそのようなことが許されるのか」ということでその場では大喧嘩をした事が記憶にありますけれども、それ以外に、あまり政策的に、基本政策的な話には広がってこないと見られてきた。ただ、彼の後ろにいるのが岡崎久彦さんという元外務省の大使でありまして、相当外交戦略、外交政策では、まあいわば右的といいましょうかナショナリズムに彩られた政策という可能性があって、小泉さん以上に頑ななナショナリズムの政策が展開される可能性があると思います。ここは推測のレベルにしか過ぎないわけですが、そういう安倍さんも、今度の皇室典範でどういう態度をとるかというのは大変難しい問題です。といいますのは、昨年の選挙も非常に関係があると思いますが、それから本屋さんに言って月刊誌を、どういう月刊誌を多く売られているかという事をご覧頂ければ皆様方もお分かり頂けると思いますが、圧倒的に昔はマイナーなところにいた右翼系の方の雑誌が元気があって、高く平積みされています。一方、岩波書店の「世界」は3万部を切っていると言われていますが、いわゆる左派の凋落は目を覆うばかりでして、右の方が圧倒的に雑誌、言論の世界では元気がある。同様に安倍さんと安倍さんを担ごうとする人達は元気が良いということになっているわけです。

アジア外交への態度が鍵

 ここは、拉致問題、反北朝鮮、中国にどういう対処をするのか、韓国のノムヒョン政権の政策にどのように我々が立場を貫く事ができるかという問題だけであれば、あるいは北朝鮮の金正日のわけのわからない政治にどう対峙していくのかという事であれば、それほど国民にも違和感を感じさせないのですが、それが一体となって、中長期的な問題としてもアジアの中で日本がどう生きていくのかという事とか、今度の皇室典範問題である一定のポジションをとった場合は、なかなかややこしい問題になっていくのだろうなと思います。

 つまり、アジアの中で日本がどう動くかということは、アジアの方はほっとければいいんだという「脱亜入米」路線みたいな色彩が非常に強いので、そこで安倍さんがそういうポジションをとるということになった時にどうか。

 これは歴史認識の問題もそうですが、この間、読売新聞と朝日新聞がその問題については一致をして、これは共同通信系の地方新聞の社説もそうですけれども大体「アジアの中でなかよくしなければいけない」とか、「東アジア共同体に向けて日本が言い出したことだから中国がどうであろうと、積極的に関与しなければならない」という、こういう発想の記事の方が大多数です。そういうなかでそこのところは、目を瞑ってでもアメリカとだけうまくやっていれば物事がかた付くという話は少々ずれて来るし、自民党内でもその問題が大きく亀裂が入ってくる問題なのだろうと見ていまして、ここに来てやはり、景気動向の問題もありますが、9月の総裁選で安倍さんが、すんなりと次期総裁になることに少々変数が増えてきた、すんなりとはいかないのではないかという感じがしています。それは今申し上げましたような外交的な課題もあったわけですが、BSE問題も、特にアメリカとうまくいっていれば(ということはブッシュさんとうまくいっていれば)後の問題はすべて片付くんだという事に対する反対の政治的空気、ブッシュさんの訪日に合わせて牛肉輸入再開を決めた、それが閣議決定にも少々外れた、国民のBSE問題に対する思いと相当かけ離れた結果としてやってしまったというのはわりと外交問題にしてもこれからもボディーブローのように効いてくる問題だろう。そんな感じがしております。

スローガンのみの小泉構造改革

 小泉構造改革問題というものを考える際に、先程おっしゃられた4点セットのBLTKの問題を考えた場合に、最も分かりやすいのは、構造改革とは何がやれるのでしょうか。我々に言わせれば小泉さんの改革というのは、ただスローガンだけで、個別具体的問題の政策は、霞ヶ関に丸投げしていますから、当然のことながら霞ヶ関の役人は換骨奪胎をするかしないかのどっちかしかやりません。その問題がやはり吹き出てきたのがこの4点セットなんだろうと見ております。

 一番分かりやすいのは、この4つの問題で出てきた問題を、非常に理想型といいましょうか、あるべき西洋型の、あるいはアメリカ型の統治のシステムを再構築するには何をすべきだったのだろうかと考えてみましょう。

 これはわりと15年前から議論をされておりますし、最近の課題となる問題がすべて含まれています。つまり、このライブドア問題というのは、所詮はインサイダー取引のような、あるいは、粉飾決済を公認会計士もグルになって、その上で、上場しながらイカサマ賭博のような事をしてきた、結果からみてもそういうことですが、健全なマーケットを作ろうとするルールとか仕組みとか、当然のことながら本格的な証券取引の監視のシステムは裏側で伴わなければならないことであります。もう一つは、そこに参加するごく一般の素人が不測の損害を被らないような、イギリスでいえば金融サービス法、アメリカにも投資サービス法といったユーザーサイドに立った取引規制がなければならない。それをきちっと守らせるシステムというのが、アメリカでいえばSECというものがあります。ちょうど私が議員になって次の年の91年に発生した、いわゆる証券スキャンダル問題、損失補填問題、ここから日本版SECをつくらなければならない、証券取引監視委員会をちゃんとしたものを大蔵省から独立させてつくらなければならないと言い続けて結局はできてないという事が現在の事態の一つの原因であろうと思いますけれども、そういう問題です。結局、なぜ日本版SECができないのかというと、日本の縦割りの中の縄張り争いがあってできない。これは、もう少し言いますと裁判所まで巻き込んで大変な問題、ある意味で日本の国のかたちを再び考えて決めなおすという、つまり憲法改正を実質的、形式的にやるのかという大問題と関わる問題です。つまり、金融取引決算委員会の時には、日本版SECをつくろうという時は、大蔵省が自分から権限が離れるからいやだと。それから法務省や警察庁も自分の捜査権限を他の妙な委員会に持っていってどうするんだと。裁判所はそういう準司法機関を作ることは反対という、こういった話になるわけでして、それからもちろん株式を発行する主体である大企業がSECのような妙な取り締まり機関ができたら困るなといった、こんなことで経産省も及び腰になる、全てがそういうのがあって、もし、証券取引監視委員会を作らざるをえないとしても、大蔵省の職員から外れる事は、これは社宅の中でも肩身が狭くなったり、再就職もできにくくなるからそれだけはやめてくれとこれはもう大蔵省と労働組合が一体となって陳情に及ぶというのが日本的姿でございます。1998年の例の金融証券、今度は証券という事で金融危機のときに財金分離を唱えてついに大蔵省から一遍剥がして金融再生委員会、これが後の金融庁になるわけでありますが、しかしその時も、結局のところ徹底して大蔵省とはまったく人事も人事交流も、別の部署にはできなかった、今も財務省の連中からいえば植民地か一時出張先とぐらいにしか思ってませんから、それが現在残ってるということで、そういう意味での統治構造の改革というのをまさにユーザーサイドに立った新しい設計図の基にやってみるという事ができなかったという事です。

 このBSE問題にしても全く同じです。2年前に食品安全委員会、これをわざわざ内閣府に作ったわけでありますけれども、結局、厚生労働省と農林省の役人を少々集めてやってるぐらいでありますから、つまり、厚労省にも、農林省にもまだその部局は残っているという、この縦割り構造を壊しながら新たなガバナンスの仕組みを新たなコンセプトというか、つまりユーザーサイドに立って食品の安全検査をする部署はこの1省でやって、ここがあるいは1部局がやって、それはもちろん今までの業者行政といいましょうか、ここからは解き放たれたというか、新しい食の安全、消費者の安全という観点から行うんだという仕組みになってないものですから、今回のような問題が出てきます。

官製談合問題の本質

 官製談合問題はもう皆様方もご承知のように、要するに、公共調達の世界で、これは別に道路建設業の世界だけではありません。最近では一番大きいのはむしろITの世界ではないのかといわれているわけでありますが、あるいは、今、医療問題に関わっているわけでありますけれども、医療の世界でも皆様方ご承知のよう健康保険の世界で基本的にカバーするという事でありますから、まさに公共事業と同じであります。つまり、公共的に価格が決まってくる世界で、ここと誰が取引するのかということが国公立病院のみならず民間病院と取引する場合もある種の公定価格があってそれでどうするのか、こういうせめぎ合いになるわけでありますから公共事業的性格、あるいは公共調達の世界では同じかも分かりません。これの入札とか取引をどうするのか。どのように公正さを担保するか、あるいは効率性を追求する際にどのような仕組みがあるのかというところに改めて創ろうとは絶対しない。それを創った段階でお役人及びお役人OB、そして現在のお役人が将来そうなろうと思っているところ、あるいはそれと深く関係してきた業界がそんなこと変えるはずがないといった、まあこんなことがあるわけです。

 これはよく考えてみますと、簡単に言えば公正取引委員会の問題であります。公正取引委員会がちゃんと取引の談合やカルテル的な問題をどうメスを入れていくのかであります。この規制緩和とか構造改革、官から民へというのは、実は公取マターとか先程申しましたような金融マターであるとか、あるいは食品の世界もそうなのかもしれませんが、要するに護送船団方式でやってきた所にメスを入れてそこを民間に開放するという政策は実は小泉構造改革ではとられていない。

 そこはまだ官民癒着なのか、あるいは寄生的取引が跳梁跋扈する世界なのか、いずれにしても私はそこの所の掃除できていないと思いますし、日本の護送船団を引っ張ってきた縦割り行政、縦割り執行の世界、予算執行の世界というのも殆ど、実質的にはメスが入っていないままだ。こんなふうに思います。本来、必要な公正なマーケットを作るといった瞬間に、今度はユーザーサイドに立った何らかの新たなシステムが必要でこれは先程申し上げました公正取引委員会があったり、日本版SEC・証券取引監視委員会があったり、あるいは食品安全委員会があったり、あるいは建築の問題にしても新たなそういうものが考えられる必要があるのかもしれません。あるいは、弁護士の問題も、公認会計士の問題も、1級建築士の問題も、ここはそういう専門職が自立的に自主規制をするのか、あるいは自立的、自己規律の機関をちゃんと作るのか、そこのルールを定めたり新たな仕組みを考えないと、せっかく官の能力のない市役所の建築主任が研修においても質においても、もう建築確認もできないからということで民間にそこのお墨付きの世界に渡した事になっているのですが、そこのやりたい放題のでたらめがでてきている。これでは官から民へが間違っているという事のように、官から民へと権限を渡したり、規制を改革をする時に、慌てて行わなければならない制度的な担保という事が全く手が付けられていない。なぜ手が付けられていないかというとそこは、お役人にとっては手を付けられると困る世界だからという所があって、ここに手をつけないで官から民へを百遍言ってもできないわけであります。その歪んだところ、いびつさが今の構造改革の現状という問題になっているのではないか。この構造改革の現況がそうであって、それが、くしくも9月11日以降の自民党大勝の後にブツブツと、大きいマグマが破裂してきたというのが今の事態だと思います。

 希望にまで格差が生ずる社会とは

 昨日から、朝日新聞が、「分裂日本」という特集記事を組み始めました。昨年の正月、山田昌弘さんという東京学芸大学の家族社会学の教授が「希望格差社会」という本を書きました。端的に言えば、日本の所得収入構造が大きく二極化を始めました。その二極化が固定化しつつあるのではないか。固定化というのは下の方に押し込められた人は希望まで無くす、無くしつつあるという意味での「希望格差」という言い方をしたのです。ついに朝日新聞もそこに着目したのか、「分裂日本」ということで、昨日の記事では、ちょうど昭和46、47年に東京に出てきた若いサラリーマンも、中堅どころのそれまでキチンアパートと呼ばれたところで生活をしていた、私が当時は、26、7歳でした。今1億層総中流の時代を象徴するような所に綻びが出てきているのではないか。去年、京都大学の経済学の橘木先生がOECDの結果に基づいて書いたのは、貧困率が倍になっているということです。貧困率というのは、国民の平均所得の半分以下の人を指すのでありますが、97年から昨年までで、8%から15%になっているという話でしたけれども、このように格差がついてきている。去年の前半は「希望格差社会」という言葉が出ましたが、後半には「下流社会」という三浦さんという人が書いた本がヒットをして、未だにこれもどんどん販売部数をのばしています。このようにこの二極化という問題は深刻な問題になってくるし、現在も来ているだろう。この二極化は、都市と地方とか、高所得者と低所得化、高学歴と低学歴といういろんな形で出てくるわけですけれども、どうも悪くすると、外国人労働者を移民労働者として導入する以前に、フランスのようなちょっと固定したスラムを作ってしまうのではないか、そんな心配すら出てきているかもしれません。

二極化が進行している

 といいますのは生活保護が70数万から140万に増えたといわれていますが、生活保護自体の割合はまだたいした事はないといえばたいした事はありません。今日持って参りました資料の1枚目をご覧いただければ、分かるわけでありますが、これは生活保護の記事ですが、3番目に就学援助のことについて書いております。私は、実は、東京都足立区の小学校に行って、たまたまそこに、区の教育委員会の主任が来ていたので、「足立区というのは今、就学援助はどのくらいなのですか」と聞きましたら、「40数%です」といいますから、「いやいや、40数%とおっしゃるけれども大変な事じゃないですか」と、生徒の内の10人に4人は、就学援助といいまして、給食費や文房具など全部、区からの援助がなければ学校へ通えないという大変な事だという話をしまして、慌てて全国的な統計を取ってみました。そうすると、東京23区と埼玉を比較すると23区の方が悪い。23区の中では千代田区、港区というところは、1桁の就学援助率なのですが、東京東部地区は、特に足立区。そういうところは物凄く就学援助率が高い。つまりそういうところは就学援助の基準は、生活保護まではいかないけれども、生活保護の基準収入の1.1倍、こういう世帯の子供さん達に対して就学援助をするという事です。あるいは大阪、大阪が一番全国各地の中では高い率でございます。大阪は随分、二極化、スラム化をしている所があるんだなというのがわかるような統計結果がでております。

 もう一つは、次のページを見て頂けたらわかるわけでありますが、今の生活保護との関係もそうでありますが、65歳の単身、無職というのはこれからの、ある種のトレンドになってくると思います。無職というのは、年金しか貰っていない、収入源のない65歳以上のお一人のご家庭、所帯が多くなってきつつあるという事です。そこは、今日おいでの方々でそういう方がいらっしゃっても蓄積が随分おありですし、相当額の年金をお受け取りになっているのでご心配はないと思いますが、資料で貯蓄率のところを見ていただければ分かりますが「データー16」、貯蓄率が極端に減ってきているのです。つまり、勤労者世帯ですと60歳以上の60.4%の貯蓄率があるのですが、無職者世帯ですとマイナス30.2%になっていまして、ここが大変悩ましい問題です。特に、今の生活保護のデータは、約2兆4000億円の生活保護費が出ておりますが、このうちの半分が高齢者、65歳以上に対する生活保護が行われてきています。そのまた半分は、医療扶助です。つまり医療費が払えないで生活保護に入っていて、これが6000億円位のオーダーで行われております。今、こういう二極化した時代に入ってきております。

還暦になって何をする−大人のための教育論

 去年から私たちの世代は還暦同窓会という所へ出かけておりますが、60歳になった我々世代がこれからです。団塊の世代が来年から60になって一線を辞めていく。大学卒業から営々と自らの能力と研鑽を積み、労働能力を高めてやってきたのを、辞めていくということで何をするのかという事がなかなか難しい。イメージのある人が少ないのです。東京にいらっしゃる方はそこそこ会社の関連や、あるいはそれまでお勤めになってきたお仕事との関連で、元気で何でもなさっている方も多いようですが、徳島に帰りますと、家業を受け継いだ方々が60歳になるのを待っていたかのように、倒産をするとかではなく廃業をしてしまう。つまり跡継ぎの自分達の子供たちがやってくれないということと、中小・自営業というものはとてもじゃないけどやってられない。今からリスクをとって何処かに新しい店舗を出したりできない。ここで一生暮らそうみたいなそういう雰囲気がわりと強いと思います。

 これは何故なのだろうか。小泉構造改革というものは何だったのだろうか。先程申し上げました本格的な規制改革によって、今まで官が仕切ったり、官が行った事を本当に民間に開放されるのか。それとも、今までの官が民間という帽子を被ってどっとマーケットになだれ込んで行く。郵政民営化などはそういう傾向が私は強いと思うのですが、つまりそういうことなのか、よくわからないと。

 しかしここで本当に必要なのは何なんだろう。フィンランドという国は1980年代の後半は20%の失業率がありました。人口の少ない国はお手本にならないというのも一面の真理ですけれども、しかし四国は人口は400万人いますから、多分、フィンランドとそうは変わらないと思います。そういう地域限定的に考えていけば、あるいは道州制みたいなイメージからいけばもう少しこの10年間やりようがあったのではないか、あるいは今から、遅きに失したとはいえそういう発想で臨んでいかないと地域も活性化しないし、日本人の将来というのも甚だ暗い、希望が見えてこないなとそういう感じがします。

教育 教育 教育  人材養成を第一に

 そこは割りと、資源の殆どない特に急峻な山に住んで、その分四季の変化があり美的なセンスがあるというふうに、プラスとマイナスが両方ある国の国民が、これからの世界を生きていかなければならない時に、改めて明治維新やその前の時代を見てみますと、これは教育に重点を置くという事が結論になると思います。時あたかもグローバリズムとか情報革命といわれています。資源のない国、地域に最も適応力があるはずの時代になるわけですけれども、どうもそこの所が、日本の政策展開としてここ10年間、構造改革なるものの方向性の間違いと不適正さがしてきされなければならないし、人材養成というところにお金をかけるのが少なすぎた。

 これは改めて考えますと、私はたまたま日本でも当時珍しい、専門職養成の中でお金を貰えるという司法研修所というところへ行かせて頂いたのですが、この2、3年で今度この制度は廃止になります。そのかわりお医者さんの世界が、約30万円頂ける制度になるのですが、それが昨年から始まりまして、今年で丸2年が過ぎようとしています。これまでプロフェッショナルを養成するところに資源を投入するということが、日本は少々少なすぎた。そういうプロフェッショナルに対する実践教育をする場というのが少なすぎたというのが私の今の感覚です。

 今、日本は1年間で1万人、博士号をとる人ができるということです。就職口は、大体、1千人程度しかありません。そうしますと、毎年毎年、博士号を持った九千人のフリーターという存在が生まれているわけで、これは多分、社会経済学的にも損をしています。ただ、彼らも実際問題として、ビジネスの世界だろうとNPOの世界だろうとそこで実践的な教育も受けていないということです。そこは、教育の世界にしても、all or nothing(:妥協を許さない)があまりにもまだまだ広範に存在するというのが問題であって、例えば公務員でも、教師であっても正規の公務員のほかに、他にもうちょっと違った期間限定つきの公務の形態とか、時間が限定された公務の形態とか、ボランティア的公務員とかそういう事が構想されなければいけなかったのにどうもそうならなかった。公務員は中央も地方も、労働組合の方も何とか既得権を守ろうという気持ちが非常に強うございますし、特に地方の公務員、霞ヶ関の公務員の最大の問題は、ガバナンスの責任者は誰なのか、経営する責任者は誰なのかというのが全く分かってない、あるいは存在しないというところだと最近改めて思いました。つまり、労務担当の重役がいない、あるいは内閣には労務担当の大臣がいない。そんなガバナンスというのはありえないわけでして、そこの所を抜きにして労働者が良いとか悪いとか、労働組合が良いとか悪いとかという問題はナンセンスだ。

 民間の経営者が言い出したら笑われますよね。「それはあなたがやらせれば良いんじゃないか」と一言で終わりの話ですが、公務の世界ではどうも違う、つまりちゃんとやらせるべき存在がいないというのがこの世界の問題です。

今の日本の問題は教育にある

 特に先進国においては社会主義圏が改革開放とか崩壊という位置の中で市場経済に入ってきた。中国を始めとする途上国が世界の生産工場になる。その段階でやはり先進国の悩みとは、二次産業に特有な典型的な労働は多分途上国にの方に持っていかれるということはやむをえないだろうと思いますから、知識集約型労働を我々が作っていかないと、働く場所もないし、付加価値を生み出すこともできない。そうだとすると、そこに即応した教育体系、子供の教育だけではなくて改めて大人の教育も含めて、社会人になってもスキルアップ教育を、自らもするというように考えなければならないのに、それがこの間立ち遅れたというのが日本の最大の問題でした。先ほど申しましたように、徳島に帰ったらみんな何をしたらいいのか分からない、60歳で定年退職になっても、平均すればあと20年は生きていかなければならない。昔であれば平均寿命という点からそんなに苦しまなくてもすみましたが、あと20年何かをしなければ濡れ落ち葉とか熟年離婚とか足蹴にされて生きていくような話ではあってはならないのではないかという事が一つです。

 もう一つは、これからの時代は、何でもかんでも中央が面倒を見るということは、今の財政から見ましても、結果から見ましてもできない時代になっているわけです。先程申し上げましたような、独立行政委員会の話は、実は横への分権と言うことです。ユーザーサイドからの要請を行うについて権限を専門化、複雑化し、あるいは集中化や迅速化という概念の基に、紛争解決機能、事後審判機能をつける為に横への分権が行わなければならないというのが、私は一つのコンセプトであったと思います。それは先程の縦割りの縄張り争いでできていないという事が一つであります。

地方分権に税財源の移譲が大事

 もう一つは、地方分権といわれるように身の回りの事は地方でやってもらう。その為に税源・財源を含めて大胆に、地方に権限・財源を付与するという事がないとうまくいかないのに、これも容易にできない。理想的な分権社会システムができた場合には、旧自治省−総務省という省もいらなくなるのです。自治体−地方政府との調整協議機関が必要でも、それは自治省ではないはずです。もう少しいえば、事業官庁も殆ど必要なくなります。つまり、法律に基づいて事業の認可をする権限とそれに基づいて補助金を配分する権限は、分権社会になれば殆ど必要ないはずです。事業官庁も極めてスリムな格好になれるはずですが、今度の三位一体改革というのはそこまでは全くいかない。

 事業官庁が仕事をやめないといけないとか、大幅に人数を減らす事ができるという話はこの間の改革論議で聞いた事がない。改めてここから先、今、問題となっている4点セットに象徴されるような中央集権的な構造、縦割りの構造をもう一遍改めてまさに行政大改革、改革の再スタート、本当に内容が問われる改革のリスタートが始まらざるをえないのではないかというのが、私の今の見方です。物質的な豊かさから精神的な豊かさへ、そして、何らかの事をして充実感を豊かに感じることができるというふうにまだまだお考えになっている方々が増えているという所に希望を見いだして、これから皆様方と一緒に頑張りたいという今の日本に対する考え方を申し上げさせて頂きました。どうもありがとうございました。

質 疑

<質問>

問い:長野県知事の田中康夫氏は現場主義や、脱ダム宣言などで有名でありますが、彼の政策的方向性や人物性はどのような方なのでしょうか。

仙谷由人:民主党の議員の中で、多分私が一番田中康夫氏と親しいのではないかと思います。彼の発想と政策展開や、マスコミの使い方というのは、私と比べれば遥かに上手だと思いますし、総合的な政治家としてはなかなかの方ですけれども、長野県庁に乗り込んだときは、知事というのは基本的に一人で乗り込む事になりますから、大変つらい。それから、政治、政策に関して彼は、準備をしてチームを作れていなかったのではないかという気がします。個人的な同志的な仲間作りというのは、わりと下手な人です。その辺で、最近少々、長野県での支持率も落ちているというのはそういうことだろうと思いますけれども、政策の方向性、脱ダム宣言にしても、あるいは我々も言っている「コンクリートへの投資よりも人への投資を重視する」と、こういうことは正しいと思いますし、そういう意味では直感的な、「なんとなくクリスタル」ではありませんけれども時代を見極めるという点では鋭い目をお持ちであると評価しております。

問い:省庁や国会の問題に以前から気になっていましたが、特に現在の経済問題や、あるいは予算委員会においていわゆる4点セットの議論を予算委員会ですべき議論なのでしょうか。省庁・国会における改革についてお尋ねいたします。

仙谷由人:ゼロ金利の問題はこれは非常に異常な金融政策を続けていることはプロならば誰もがわかっているわけでありまして、日銀の福井総裁もこの7年間で150兆円もの所得移転が家計サイドから企業サイドに行われたと。現に上場会社のまともな会社は、非常にキャッシュフローが潤沢で、なおかつ新規投資に打って出ないという、ここが日本経済の大問題になっているというのはその通りで、そこにあわせて家計の貯蓄である400兆の郵便貯金や簡保を民間に流す。流す事は悪くはないでしょうけど、その金はどんな形で行われるのですかということです。それから、先程、財務省の予算の問題と国会の改革の問題をお出しになりました。一応、財務省の味方をするわけではありませんけれども、例の外貨準備も含めて出し足らないところはありますけど、特別会計からも出ていないわけではありません。ただ、国会議員の中でも金融・財政・経済をトータルに数字の問題として捉えて議論できる人は1割から2割ぐらいだろうと私は見ております。だから個別具体的問題の話題に(これを予算委員会でやって悪いというわけではありませんけれども、)流れると。これはメディアも悪い。予算委員会だけではなくて一般の委員会で毎日、毎日国会議員がそれなりに真面目に仕事をしている人は5割か6割位、もうちょっといるかも分かりません。しかし、殆ど委員会の真面目な審議というのは、予算委員会も含めて、今日は相手にいい質問したなと思うのは、新聞を見たら一行も書いていない議論が多いです。テレビはもちろん報道しません。つまり、テレビで土曜日、日曜日に集めてきたニュースは、面白おかしい所が切り取られて出てくるのですから、どうしても際物狙いの政治家が当然のことながらこの時代ですから出てきます。それから個別に重要な課題はそういう委員会を作ってやればよいじゃないかということは一般的にはその通りですが、悲しいかな議会制民主主義とは多数派がその気にならない限りそうならないですから、どうしても予算を人質にとってそこでやる。特別委員会が野党提案の、国民が望んでいる形で設置される事はありえないんだということになっています。それからもう一つは、その種の問題をきちっとやるためには国会の調査機能が本格的に強化されないとできない。調査機能の強化とは、権限ある人を調査室が雇い入れて尚且つそこで研修やスキルアップを計るような事をするということが考えられないと、それはいつまで経っても無理だと思います。だからもうちょっと極端な事をいえば国政調査権が院にしか与えられていませんから、過半数が調査する事に同意しないと多数派が言えば調査が始まらないというのが今の国会です。すべての個人の議員に国政調査権を与えるというといかがなものかというのもありますので、会派に与えるとか、そこの工夫がないと専門的な調査は進まないのであろうと思います。

問い:皇室典範問題で、女性天皇と女系天皇の違いが分からないので、そこの違いについてわかりやすく解説を頂きたい。それと仙谷先生は皇室典範問題をどうすべきだと考えていますか。

仙谷由人:皇室典範問題は、私もそれほど詳しいわけではありませんが女性天皇というのは、たまたま天皇陛下のお嬢さんが天皇になるというだけで一代限りでおしまいです。女系天皇というのは女性天皇の子供さんも男であれ、女であれ、次の天皇になるという事であります。それに反発する、女系天皇に反対する論理は、男の染色体はXYで、女の染色体がXXですから、一旦、女性の天皇ができてそこに旦那さんができてそこに生まれた子は、男のXY染色体からいうと、万世一系の天皇家の男系の血筋が途絶えるんだと、こういうことをおっしゃっているようで、だから万世一系がここで崩壊する。そこで、旧宮家、今はもう皇籍降下して民間人になられている人でも連れてきて、その人を天皇にするんだという理論に繋がっていっているということです。民主党は、私が、政調会長や政権準備委員長などのときに議論し、この際、女性天皇を認めるべきであるということでマニフェストに書いてございます。今の時点でも、象徴天皇制という現在の制度を認める、そして、これを維持・堅持していくという事になりますと、早く皇室典範を変えて女性天皇、女系天皇を認めないと手遅れになる可能性があるとこういう政治的な判断です。昨日、サンデープロジェクトに出てこの問題を、田原さんから指摘されて、「女性天皇制を否定するのは、憲法違反だと仙谷さんも思わないのですか」と言われて「憲法違反までいわれると・・・・」と言を濁したのですが、つまり、男女差別禁止の規定で、今の男系の長子という所にこだわっている皇室典範は憲法違反だとこういう言い方をすると、そんなことを言い出したら天皇制自体が憲法違反ではないかとなったり、天皇陛下御一家に人権条項が適応されないというのも憲法違反じゃないかとかいろんな憲法違反が出てくる。つまり憲法体系そのものと象徴天皇制とは、論理的にはある種の矛盾があるのだけれども、日本の国のかたちをこういうふうに定めるんだというふうに決めたわけでありますから、そこは、あまり理屈で詰めるのはいかがなものかというのが私の考えです。そして、明治の大日本帝国憲法で定められた万世一系という概念自身が、ちょっと私自身は、この日本の古い歴史を探っても、そこにこだわり過ぎると妙な事になるという気持ちがありますから、現在の例えば有識者会議が言っている皇室典範改正に賛成の立場をとろうと考えています。