早稲田大学 大隈塾

2005.10.3(月)

戦後日本政治の流れを振り返る

 私には3人の子供がいます。一番下の息女が26歳ですから、皆さん方よりも少々上の世代です。自宅で憲法や政治の話などをすることはそれほど多くないのですが、時々私が政治の仕事をしていますから、話題にのぼることがあります。そうすると、私達の時代と随分感覚が違ってきているのを感じます。

 私は1946年に徳島で生まれ育ちましたが、1964年(昭和39年)、それまでは徳島県立城南高校というところで少々不良をしながらも、うまく現役で大学に入ったものですから、オリンピックの年に東京に出てきたのでした。

 私が大学を一年留年していたときに東大闘争という困った事態になりまして、大学を出ないで中退をしてしまいました。当時はまさにかぐや姫の「神田川」みたいな世界で、私も下宿でしたが、大体が共同便所で勿論風呂もシャワーもなく、桶に石鹸とタオルを入れて銭湯に一週間に一度くらい行く、当然電気洗濯機はありませんから、パンツを裏返して履いていたというような、そんな時代でした。

 1969年に大学を出ましたが、1970年くらい、この頃から日本がようやく豊かさを身に付けてきて、おそらく自動車の保有台数もその頃からどんどん上がっていった、ちょうど今の中国のような時代なのだろうと思います。私の学生時代には車を持っている学生は極めて珍しくて、そういう金持ちの学生にたかっては時々遊びに行っていた、そんな頃でした。

 考えますとその頃から35~40年くらい経っているのですから、個人的には既に老境に入りましたし、時代は大きく変わってきたと感じます。私が学生をしていたのは皆さん方が当然に考えている民主主義とか議会、そういうものが当たり前ではなかった時代です。私個人は、「世界同時革命」とか、実力で労働者中心の政府を作らなければならないという当時の学生運動の理論を本気で信じてもいませんでしたが、しかし国会議員として活動している人たちというのは馬鹿に見えてどうしようもありませんでした。

 そういうわけですから卒業後は政治にも殆ど関係をしないで、なんらかの形で反体制的に生きていくのがいいだろうと思い、弁護士になりました。今のようにいわゆる労働組合がそれほど経済的にも強いわけではなかったものですから、弱い人達のためになるような活動をしよう、そんなことを考えていました。

 結局、あとで気がつくことになるのですが、ヨーロッパやアメリカでは学生運動に関与した多くの人が政治に背を向けるのではなく、むしろ積極的に参加していました。今のヨーロッパの政治世界で若い指導者が次々と出てくるのは、次世代の政治家を育てる雰囲気というかシステムがある、こういうことなのだろうと実感いたしました。

 やはりあえて自己反省をすれば、我々団塊の世代が90年代まで政治に背を向けたということが日本の政治にとっても非常に残念なことだったし、憲法問題を考える上でも大きな損失だったという感じがします。

 1990年に私は国会議員になりましたが、その頃もまだ日本人は右肩上がりの経済成長のまま、ずっとうまくいくという思いの中にいました。政治的には3/2体制、つまり自民党の議席数が一に対して社会党が二分の一、経営者と労働組合の関係とよく似た形になっていて、安定した自民党政治の時代が表面上は続いていました。

 当時の日本政治を取り仕切っていたのは田中角栄さんであり、その後継者の竹下登さん。この人たちは社会党の政策を4,5年後に採用すれば日本はうまくいくと考えていたようです。つまり、経済が右肩上がりに成長しているうちはGDPが大きくなるのだから、その増加分を社会党が主張する社会保障政策で再分配して与えてやれば社会は安定する、基本的にはそういう感覚だったのだろうと私は今も感じています。しかし、実はそうではなかった。

 1985年のプラザ合意というのがあります。当時、円・ドルが、ちょうど今の人民元と円・ドルの関係と現象としてはよく似た関係になっていました。そういう背景の中でアメリカ経済はこのままでは耐えられないという不安感からの日本叩き、日本の集中豪雨的な輸出を叩く動きもあって、ドルを安くして円を高くする操作がされました。

 そして、私は忘れもしません、1987年に「前川レポート」というのが出されて、日本はもっと内需拡大をしなければならない、つまり日本国内で物を消費を出来るような体制にしなければならないと先進各国から言われだしたのでした。要するにソーシャル・ダンピングでもって集中豪雨的な輸出をするのはけしからんと攻撃されたのです。

 そこへ「ベルリンの壁崩壊」という事件が起こり、社会主義圏といわれていた地域の国境が一挙に開く。今から考えるとベルリンの壁の崩壊、それに続くソ連邦の崩壊、そして中国の改革解放とはつまり、物・情報・お金と全く閉じられた世界にあった社会主義圏がそれ自身維持できなくなった、そこへ市場経済がやってきたということです。大きく考えるとソ連も中国も、あるいはアメリカも含めて、軍事力によって国と国の対立構造の中で軍事をどんどん整備し強くしていく、軍備に金を注ぎ込むのが無理になってきた時代だったのかもしれません。

 そういった軍備縮小の傾向、そこで初めて皆さん方が最近耳にする「グローバリゼーション」が現実味を帯びてきた。とりわけアメリカを中心とする資本主義国、ヨーロッパ・日本・アメリカがそれまでは共産主義圏へはコンピューターなどいわゆるIT機器は輸出してはいけないと言っていたのが、それ以降は反対に中国、東ヨーロッパ、ソ連にも現地工場を作ってIT化を始め、冷戦下では軍事利用されそうな危険があったものまで作り出したというのがその頃からの状況です。

終わらない「護憲・改憲」論争

 そういう状況で時代は動いてきたわけですが、日本における憲法論議に関しては相も変わらずの状態が続いている。国会議員も約半分以上は未だにその状態だと思いますが、とりわけマスコミが憲法論議というと改憲か護憲か、自衛隊を条文で定めるかというような議論を展開してしまいます。依然としてこれは「55年体制」下の議論というか、むしろ朝鮮戦争が始まる前の議論が未だに続いているように私には見えます。改憲か護憲かのなかで「改憲派=反動派」、「護憲派=進歩派」というか9条を改正した瞬間に日本が軍国主義に再びなるという議論がまだまだ多い。

 その一方で、自衛隊は実際に存在し、日本も世界的に自国の経済力に相応しい政治的な地位も持たなければならない。そのためには軍事力も整備して、同盟国であるアメリカとどこまでも世界の秩序形成に乗り出していかなければならない、と主張する向きもあります。この両極の議論が主流で果たしていいのだろうか、これが今、日本にも、あるいはアメリカにも問われていると思います。

 振り返って憲法の議論というのを考えると「護憲か改憲か」しか思いつかない、あるいは「9条と自衛隊に関する論争」、最近では自衛隊の海外活動是か非かあるいは国連活動に自衛隊を派遣するかどうかの議論、こういうふうに感じられると思います。これは誠に重要な話です。

 私の感覚では、良いか悪いかは別として自衛隊の存在を国民の8割くらいが認めているのではないでしょうか。確かに暴力装置としての大変な実力部隊が存在し、法的に言えば自衛隊法や防衛庁設置法でもって定めているのです。それならば、これが違憲の法律だと言わないのならば、憲法に自衛隊が存在することの根拠を書かないというのは、憲法論としても法律論としても如何なものかというのが本当は論点の核心にならなければいけない。しかしながらそれは殆ど素通りをして、憲法の文言を変えて自衛隊を憲法上の存在とすることによって軍国主義化するとか、そうでないとか、戦争をすることになるか否かという議論ばかりが現在まで延々と続けられてきた。衆議院の憲法調査会を5年間やりましたけれども、そういう両極端の議論を100回繰り返しても物事は何も進まないと私も随分発言しましたけれども、それがまだまだ主流になってこない。

EUに学ぶ本来の憲法論議

 ヨーロッパにおけるEU憲法条約の批准に関する国民投票のニュースが伝えられていますが、主なEU加盟国の憲法には国家主権に関する規定が書いてあります。EU憲法条約については、各国政府はこれを認めたのですけれども、これを国民投票に掛けようという国もあり、また議会で承認しようとする国もある。ところが、いざ国民投票に掛けるとなかなか「YES」が出ない。フランスは先達て「NO」を突きつけられましたし、デンマークもそうでした。

 ただ、考えなければならないのは、皆様方もご承知のようにEUというのは主としてドイツとフランスの長年にわたる国境線を挟んだ闘いをいかに無くすかということで石炭鉄鋼共同体が作られ、そこからお互いの経済発展(=市場統合)、人権問題を共同に処理する仕組みを作ろう等々でここまでやってきているのです。

 端的に言えば「戦争を無くす一番いい方法は国境を無くすことだ」という話です。ヨーロッパ世界というのは戦争に大変苦しんできた歴史がある。20世紀に入ってからも絶えず国境線を巡って戦争が繰り返され、2回の世界大戦も経験してきた。そんな中で1947年から「戦争を無くすには国境をなくそう」という理念の下に進めてきたのがEUだったのです。

 現在のヨーロッパ25カ国というのはほとんど国境線を挟んで国防軍を置くという発想にはなっていません。ドイツに対してもっとも傷が深い『アンネの日記』のポーランド国内にも、ドイツとオランダ・ポーランドの緊急展開軍という軍隊が存在している。

 言いたいのは、世界の国々はもうこれからは「ねばならない」ということも含めて国家と国家の戦争というのはありえてはならないし、無くすために何をするのかということが最大に課題になってきているということです。

 国連という装置もその一つです。国連というのは全世界的組織です、そのヨーロッパ地域レベルの組織を作ろうというのがEUです。我々が生きているのはアジアですから、国連の下部機構的な、東アジア共同体を作るのかどうかというのが私ども、あるいは皆様方の世代の課題であります。そうなるともう一つ言わなければならないのは、我々が国家と呼んでいた、あるいは国家主権と言ってきたその中味はどうなのか、これが今後の問題になるだろうということです。

それならば憲法とは何なのか

 我々は憲法というのは『憲法典』のことだと思いがちですが、実は憲法というのはもう少し広く大きい意味があるのではないか。「国のかたち」全てを法律の形式で書き表したのが憲法なのではないか。

 頭の体操的な意味でも皆さんに少し考えて頂きたい。明治維新のあと、当時の不平等条約改正のためには、諸外国に日本が近代国家だということを示す必要がありました。そのために“constitution”が必需だという結論になり、“constitutional law”を「憲法」と訳して持ち込んだのです。ただ、「憲法」と訳したのが良かったのかどうか、“constitution”という単語自体には「成り立ち」とか「骨格」という要素があるので、「憲法」と訳されてしまったのはどうだったのでしょうか。

 私はそこで「憲法」を原理原則にかえって、「国のかたち」を定めたものであると考え直す必要があると思います。今度のことでも明らかになりましたが、総選挙というのは政治権力を作る、内閣総理大臣を選ぶ行為であって、そういう政治権力を作るルールとか仕組み、これの基本的なエッセンスを書いたのが憲法であるということです。

 もっと具体的に言えば、国家がただ無条件に何をやってもいいというわけではなくて、こういう人権については犯してはならないとか、あるいは先程から言うような安全保障、防衛の話についてはこういう原則が必要だとか、あるいは政治権力者はこういうルールに従わないと法律を作ったり、あるいは予算案を作って執行することはできない、あるいは地方自治と中央の関係はこうだとか、そういう基本的な事柄を書いてあるのが憲法だということです。

 そうだとすると今の時代の憲法改正というのはそんなに簡単な話ではありません。明治22年に憲法を作ったときは「何もない」状態、つまり近代国家以前の段階から近代国家の上に行こうという話ですから、それならばイギリスの議会制度を見本にする制度がいいのではないかとか、プロイセンが良いとか、もっと激しくフランスの人民憲法でなければいけないとか、そういう試行錯誤も許されました。そうして「天皇主権の大日本帝国明治憲法」が作られたわけです。

 戦後、現行憲法の出発点はなんと言ってもポツダム宣言受諾です。「軍国主義の解体と民主主義的傾向の復活」というポツダム宣言を基本にして憲法が作られる論議が行われた。「軍国主義の解体と民主主義的傾向の復活」ということを戦争の勝者である連合軍が日本に押し付けることになるのですが、しかし戦前の日本にも少しの期間であっても民主主義があったのだから、これを復活させて根付かせるべきだという、そういう流れで日本国憲法が出来た。

 そしてその憲法典の下に各法律が作られていきます。基本法や憲法付属法、あるいは一般法というのがある。例えば、女性の方の中にはこんなことがあったのかと思われる方もいるかもしれませんが、憲法24条に両性の本質的平等が謳われています。

 男女同権という言葉が戦後流行りましたが、女性が選挙権を得られたのは1946年、戦争が終わってからです。日本の民主主義も女性が参政権を得て「本当の民主主義」になってからたった60年しかたっていないということになります。男性が普通選挙権を得たのは1925年ですから、ちょうど80年前。だから日本の民主主義というのはまだ80年くらいしか経っていないと考えてもいいのだと思います。

 そこで、戦後、憲法にこの24条の条項が書かれたために、民法の親族・相続の部分は全部書き改められなければならなかった。つまり「家」制度の下で付属的な存在でしかないという扱いでしかなかった「婦」が、24条に権利条項を書かれると憲法以下の法律も全部書き直さなければならない。つまりは憲法の一行で表されていた価値観が基本法である民法全てを変えていくような力があったということです。

 憲法31条から40条、なぜこんなに「令状なくして逮捕されない」とか、憲法上いわゆる「人身の自由」と言われることが書かれているのか。これはそれまでの時代で、捜査令状なくして家宅捜索を受けたり逮捕されたり、そういうことがあったから憲法上しつこく書かれてあって、付属法である刑事訴訟法にはそれがさらに詳しく書いてある。

 実はそういうふうに憲法をみれば、憲法の条項だけを改正すれば何かが変わるのではなくて、憲法体系というのをどういう価値観の下に変えていくかというのが今の時代、大事なことになっているのではないかと思います。

 民主党の憲法提言のコンセプトをお配りしました。私どもはこういうコンセプトで考えて真面目に議論を積み重ねてきたのですが、今回の総選挙、なかなかことがうまく運びませんでした。

 岡田前代表は私よりも真面目ですので、今度の選挙の敗北については時代に合わない部分があったのか、あるいは民主党自体に構造的な問題があったのかと思い巡らします。しかしながら今度の選挙で憲法論との関係で大事なことは、投票というもので政治権力を作るはこういうことなのかということが国民の多くの方々に改めて分かって頂いたということではないかと思います。これは11年前(1994年)に導入した小選挙区比例代表並立制という選挙制度を採っているために起こっているとも言えるのですが、憲法に当てはめて言いますと、国民がある期間の統治を委任する行為が選挙です。統治を任せるということは政治権力を作るということです。アメリカの大統領選挙もそうですし、イギリスの選挙も、フランスもそうです。日本人はどうもそこのところが曖昧だったのではないか。

 とりわけ1955年からの自民党一党支配が続いてきたおかげで、自民党が政権を担うのは当たり前で、その他の野党は社会的弱者を代弁して、物事を改善していく法案を作ればいいのだという常識ができでしまっていました。しかし、今や、というよりも本来はそうではなくて、選挙によって政治権力を作る、議会制民主主義というのはそういうもの、内閣総理大臣を作る、選ぶ選挙で、それが日本国憲法45条から65条までに書かれている。

 結論として言えば、もう少し選挙から議会制についてまではっきり書いたほうがいいのではないかという考えもあります。それほど今度の選挙はドラマチックな形で小泉自民党が圧勝したのですが、得票率が55%対45%くらいでも小選挙区の議席数が80対20ということになってしまう。憲法というのはそういう基本的な政治権力を形成する仕組みを書いてある。

 今私が申し上げたようなことは憲法67条から読み取れるのですが、そのことをはっきりさせた上で今度はその制度を内閣総理大臣がどう運用していくのかということも書かれている。そして、それを受けて内閣法があり、あるいは国会でどういう議論をするのかというのは国会法があり、こういう構造になっている。

21世紀型の憲法を作るために必要な視点

 やや堅い話になりましたけれども、私は憲法論議をする場合には、改めてグローバリゼーションとか、既に当たり前になっているようなIT技術とか、この情報化が進む社会をどう考えるのか、これも重要な問題の一つになるでしょう。

 あるいは、今度のハリケーンによるブッシュ大統領の統治のあり方の問題として顕在化してきた地球環境の問題。アメリカの世論は、ブッシュが京都議定書にせず、地球温暖化防止についてアメリカが積極的な姿勢を示さなかったことが今度のハリケーンの大原因になって、来年はもっとますます大きなハリケーンが来るのではないか、という疑心暗鬼の状態になっているようです。そこへ石油価格の高騰問題も重なってきて、アメリカ国内は悩ましいことになっていると言われています。

 この地球環境の問題を我々がどう考えて、これを憲法の中で高らかに歌い上げ、そのことによって我々のライフスタイルまで変えていくような、そういう目標を憲法に書く必要がある時代になっていっているのではないか。

 そうすると、今度は従来一国の単位で憲法を持っているからそれで良いと言っていたのを、国際的な関係の中で考えていかないと形が定まらなくなってくる。あるいは一国単位の憲法典では独りよがりにしかならないのではないかということがこれからの問題で、そのことを考えることなしに憲法論議をしても意味がない、そのことを申し上げたかったのです。

 そういう論議の中で自衛隊をどう位置づけるのか、海外に出してどう役割分担をさせるのか、あるいは国連憲章の関係ではどうなのかということが、やはりこれから考えるべき視点になるのです。

 先程から申し上げているように、日本と国連加盟国が共同で何をするのか、あるいは日本が単独での国家としての主権行使を、どう制限されるのかを考えていくべきではないでしょうか。ただ日本が一国単位でやるかやらないのかということを議論していても、これは国際的レベル、あるいは法律的常識からはちょっと離れてくるのではないか、こんなことを問題提起させていただいて、とりあえずのところ、私の話を終わらせていただきます。ありがとうございました。

質疑応答

Q1:今仙谷先生がおっしゃった新しい憲法観には大変共感するのですが、ただ依然として民主党内部でも我々から見れば55年体制における「護憲・改憲」のような視点の方もいると思います。そういう点でこれから憲法を争点として選挙になったときに、民主党はどのように国民に訴えていくのかをお伺いしたいのですが。

仙谷由人:一番難しいことを聞かれた気がします。ただ、民主党としてどういう案を組み立てるのかという質問にお答えすると、極端な「護憲」や「改憲」の立場の人が何を言おうと殆ど関係ないということです。

 先程も雑談で話しておりましたが、世代的にも護憲・改憲論争に明け暮れた人たちはもう民主党内では非常に少なくなりつつある。今度の選挙で衆議院は113人になりましたけれども、私や岡田前代表は中国や北朝鮮風の党内序列で言えば衆議院では第9位ということになります、上には8人しかいません。旧来型の護憲・改憲論争というのは憲法論争というよりもむしろ政治論争ですから、もはや民主党内での内容についてはそれほど困難なことにはならないでしょう。

 むしろ今度の選挙を通じて再確認しましたが、選挙スローガンと政策の中身をどううまくワンワード・ポリティックスに合うように作れるのかというのが大きな問題だと思います。憲法改正手続の中でも大変難しいことになるだろうと思っているのですが、憲法改正の国民投票のときに、何をどう改正するかを問うのか、との関係です。

 仮に民主党が日本国憲法を創案する、あるいは自民党と協議をして我々の考え方が相当盛り込まれた憲法典が出来たとしましょう。これを国民投票に掛けるとなったときに、「それは必ず否決される」と言う意見が大きいのです。つまり人間の心理として、一項目でも反対の部分があったら投票行動としては反対に傾くだろうというのです。今度のEU憲法条約がその批准国民投票で否決される現象が続いているのにも、実はそのことと関係があるのではないかという気もするのです。

 つまり国民から見れば、9条の改正には賛成だけれども、地方自治の部分を改正するのには反対だとか、あるいはプライバシーの権利を加えることには賛成でも9条改正には反対だとか、そんな方々のほうが多数だと思います。こんな人たちはいざ国民投票となったときにどうなるのだろうということを考えると、国民投票自体を例えば安全保障関係とか平和と戦争関係とか人権関係とか、項目ごとに分けなければいけないのではないのかもしれません。

 また、総選挙で憲法を争点化するとよく言われますが、憲法問題が今回の郵政民営化のようにに「改革対抵抗勢力」になって、中味はもみくちゃになった挙句、内容はどうでもよくなって、ただ単に「改正是か非か」みたいになってしまっていいのか。

 しかしこんなことを我々がいくら言ったところで、時の総理大臣が解散して記者会見で争点化をぶち上げてしまうこともあるのかもしれません。そうすると内容が一つのまとまったものを作ろうとする場合に、リーダーシップが本当に発揮されればことはそれほど難しくないということになります。そういう意味では今の民主党をそれほど私は心配していません。

 というのは、憲法の場合、先程も言ったように確かに旧来型の護憲・改憲の方々は交わらないけれども、そうでない場合は難しくない。EU憲法条約を見ればわかりますが、憲法というものは抽象性がもの凄く高いのです。ですから「憲法」に対してそれぞれが違うイメージを抱いていることも多いですし、具体的なところでは侃々諤々なっても、抽象的なところではまとまってしまうということがあり得る。

 例えば主権委譲の憲法上の規定というのはいわゆる各国の防衛力、日本でいえば自衛隊、ヨーロッパで言えば国防軍をどう使うかということに関しての規定になります。そうだとすると、今日本で侃々諤々行われている議論はどうしても抽象的な議論になってきますから、それを抽象レベルでまとめることはそれほど困難ではないだろうというのが私がこの間憲法論議をやってきた結論です。そして先程から申し上げているように、たぶん次の選挙が4年後と仮定しても、今の民主党は43歳の代表ですから、4年経っても47歳、それはもう殆どわが党が新聞紙上で書かれるような右対左で一致をみない、という解説は一昨日の話になっていると思います。

Q2:日本国憲法はGHQが支持をして作られた経緯があり、日本が自ら作っていないので押し付けられた憲法だということを勉強したのですが、いかがでしょうか。

仙谷由人:ことの経緯からはそのとおりだと思いますが、ただ押し付けられたのは何かということを考えなければ、その議論はあまり意味がないと思います。先程の話ですが、「軍国主義の解体と民主主義的傾向の復活」というのがポツダム宣言の軸ですから、押し付けられたのは「国体の変更」です。当時の主催者だった松本蒸治はこれに抵抗した。当時の天皇主権としていた「国体」を民主主義に変えるかどうかというのが当時の一番大きな争点だった。だから私が申し上げたいのは、確かに押し付けではあるけれども、「軍国主義の解体と民主主義的傾向の復活」、天皇主権体制を国民主権体制へと転換する、この二つだけは当然のことながらポツダム宣言を受け入れた時点で覚悟しなければいけない話だったのだろうと認識しています。戦争に負けたのだから「押し付けられた」と言っても始まらないというのが私の感想です。

Q3:憲法はエッセンスであるならば拡大解釈していくのでは駄目なのでしょうか。

仙谷由人:非常に法律論としては核心をついた話です。つまり法律文言、概念が一義的であるか多義的であるか、あるいは言葉の内包と外延というのがありますが、技術的に言えばそういう考え方になってきます。拡大解釈というよりも、私が昔習った言葉で言うと、目的論的解釈。

 例えばその時代に合わせて、法律の文言を変えずに解釈を変えて運用していくということは一概に駄目とは言えない、むしろ英米法ではそういう態度が強いかもしれません。つまり裁断者や解釈によって判決が書かれ、それを規範としていく、アメリカ憲法は修正という格好で変えていっているとは言っても、実際の修正部分はとても少ない。

 ヨーロッパの場合は憲法を変えることにそれほど抵抗もなく、憲法を変えれば一挙に国が良くなったり悪くなったりするという議論ではない。解釈を変えて運用するのなら、それにしたがって法律も変えていこうと考えています。塩野七生さんに言わせるとローマ人の思想だということです。つまり、体が変わったのに同じ服なんて着ていられないという気分になって、実態に合わせて憲法に変えることについてそれほど抵抗を感じないようです。

 だから拡大解釈をすることによって、法律の文言なり作成時の精神を大きく外れてしまうことを考えると、むしろ法律自体を変えていったほうが「法の支配」とか立憲主義にむしろ合うのではないでしょうか。つまり人々の生活スタイルが変わり、それに伴ってガバナンスの方法を変えたほうがよければ、従って憲法や法律を変えることが望ましいのだろうと思います。このスピードの時代に実際感覚とずれてしまう事にもなりかねない、もはや政治権力の決断次第ということになると思います。

Q4:先程抽象論のお話をされましたが、そうすると二つ問題が生じると思います。一つは国民にとって内容がもの凄く分かりにくくなってしまう。憲法は国民にとって分かりやすくなくてはならないと思うのです。もう一つは拡大解釈を許してしまうことになるのではないかということ。それからもう一つお聞きしたいのですが、大阪高裁で小泉首相の靖国参拝に違憲判決が出ましたが、司法で違憲判断が出た場合はどうなるのでしょうか。そのままやり過ごされることになるのでしょうか。

 仙谷由人:最初の二つの質問は、そのとおりだと思います。それから、靖国参拝が違憲になったらどうなるのかというのは難しい話で、最高裁の判決ではないからいいと小泉首相は言っていますけれども、これはやはり憲法を改正するときにきちんと枠組みを作らなければならないことになるでしょう。憲法裁判所のようなものを作って、国が、というよりも内閣総理大臣、公権力が行う行為の憲法違反を差し止める訴訟が出来る形態を作って、その判断に必ず従うようにしないとならない。そうでなければ立憲主義とか法の支配はなりたたないのだと認識を持たせなければならない。裁判所の判決など無視しても構わない、ということならば憲法もなくてもいいんだということに繋がりますから、これは全くおかしな話になると思います。

 日本の具体的争訟主義というのはそういう結果をもたらします。だから憲法裁判所でもって行為の差し止めとか禁止を求める訴訟が出来るようにしておかないと問題に決着がつかないままずるずると引きずってしまう。9条問題も結局はそういうものがあるのです。

 自衛隊も日米安保条約も合憲なら合憲、違憲なら違憲と言うことをどこかで司法的な判断を仰ぐ仕組みがあれば、違憲になれば憲法を変えようということになりますし、合憲ならばこの憲法条項のもとで解釈をここまでは変えていいと言う基準が出来るのです。けれども、そこを今は最高裁判所が判断しなくてもいい仕組みになっているものだから、決着はつかないままでみんなが言いたいことを言い合っている、各政治勢力がそれぞれの昔の主張を繰り返すという話が未だに続いているということではないでしょうか。だからこれに決着をつける枠組みが憲法には必要ではないかと僕は思っているのです。

Q5:先程憲法改正のことをおっしゃったときに、憲法はエッセンスであり、その国の骨格であるから、憲法を改正するとは9条をどうするだけでなく、憲法のあり方そのものを変えるべきだとおっしゃいました。それについて僕は考え方が古いのかもしれませんけれども、もし憲法を変えるとしたら9条をどうするかということに的を絞ったほうがいいのではないかと思うのですが、どうでしょうか。

仙谷由人:9条が重要だということは私も認識していますし、しかしながら9条だけが問題ではないと言いたかったのです。9条の問題に関してもう少し言えば、自衛隊を憲法上肯定して、田原さんや岸井さんが言うような形で整理しても次の問題が出てくる。つまり主権国家の主権の一つである自衛権なり、国家防衛権というものは国際的な多国間の枠組みの中でしか既に処理できなくなりつつあるということ。だから、そのイメージなくして日本の国内的な論理だけで自衛隊合憲か違憲かという議論をやっていても、もはや意味がないではないかということを言いたかった。

 そういうことで安全保障の問題は考えればいいと思うのですが、例えば地方自治の92〜96条はこのままでいいのか。「分権型社会」を創ると各党が主張しますけれども、地方自治体が国の下僕、霞ヶ関の子分と見えるような憲法だから、今のようなグズグズの状態が続いているとは考えられないでしょうか。今色々なところで補完性の原則とか、課税自主権とか地方自治のエッセンスが出来ていますが、それを憲法に書かないから、いつまでたっても三位一体とか訳の分からないことを言いながら何も進まないのではないか。

 あるいは選挙制度との関係でも、投票によって内閣総理大臣を作る、政治権力をつくるということをはっきり示したほうが、投票や選挙によって大げさに言えば革命、改革が進んでいくのだということがよりわかるのではないかというようなことを言いたかったのです。

Q6:憲法論議ではないですが、96年来の小選挙区制で民主党が政権交代を訴えていたのが、今回113議席にまで落ちて、このまま自民党の支配が続くのではないかという電気ショックが残っていると思うのですが、これから民主党を再生して政権を獲るための戦略を具体的にどのように考えてどう進めていくかをお話いただきたいのですが。

仙谷由人:なかなか悩ましいテーマです。私は1990年に日本社会党の議員として初当選して、社会党改革派で「ニューウェーブの会」などで活動していました。そのときの経験から言って、政党がこれからどうなるかの一番大きな要素は若い人材がその政党に集まってきてくれるかどうか、議員になろうと集まってくるかどうかになってきたのだと感じます。

 今回民主党は衆議院で113人になりましたけれども、落選した中にも非常に優秀で尚且つ志が高い人が相当数いますから、そういう人的な財産があるのは一つありがたい。

 それから、やはり日本の政治が行き詰ってきていることは間違いない。弥縫策を重ねてここまで我慢してきたのですが、これから21世紀アジアの中で生きていく、あるいはこの少子高齢化社会の中で地域社会、地方の再生のためにどう政策展開するのか、そのために相当思い切った改革プランを組む必要に迫られると思います。一人一人のライフバリュー、ライフスタイルを変えるところまで提起をしないと日本社会を持続していくことはできない、確信を持って考えています。そのためには既得権層との戦いにどう勝っていくのか、民主党も労働組合とどうこう言われますから、まさに自分の身の問題でもあるとも思います。そう考えた上で、それならば既得権を解体したときに何が残るのかという、その社会のイメージを創らないと、国民の信頼を得るには至らないだろうとも思っています。 

 自民党が1970年代から現在に至るまで、微調整を繰り返しながら何とかやってきた体制はいよいよ持たなくなっている。今度の総選挙についても票を分析すると、自民党と民主党の獲得票は殆ど同じなのです。公明党の票が自民党に900万乗っているから小選挙区での議席が20対80になった。しかし、次回選挙がある頃には社会的にもおそらく経済金融的な問題もあって必ず大逆転が起こるのではないかと思っています。

Q7:最後に聞きたいのですが、小泉自民党が大勝した。与党で衆議院では68%議席を持っています。これだけ勝った与党の怖さ、危険性、色々あると思いますが、仙谷さんはどう思いますか。

仙谷由人:やはり与党の数がこれだけ多くなると、国会の中での論議を軽視する傾向が出てくることが一番困ります。そのことは国民の皆さんに選択肢が提示されないということに繋がってしまいますから。そうなるとやはり感性的なところで国民全体が流される傾向になる可能性がある。

だからここは野党とジャーナリズムの言説が一番重要になるのでしょう。つまりある意味で「ちょっと待てよ」という、結論が出てしまう前に一度「ちょっと待てよ」と踏みとどまって考えて議論が整理されることがないと、結果が訳の分からない方向へ行ってしまってはどうしようもない。今回の選挙でも「自民党に勝たせすぎた」と終わってから言ってみたところで、後の祭りになる、そんな感じがします。