がんにかかって

仙谷由人代議士に聞く

〈下〉

2002年9月24日徳島新聞より

【仙谷代議士は1月23日、事務所を通じて「胆石で入院中」と発表。2月4日、自身のオフィシャルサイトで「胃がん」を告白した】

 「国立がんセンター(東京)の方でも気にかけてくれて最初は自由診療で、検査も別の人の名前でやってくれた。でも今の時代、自分の病状を隠し通せないよ。しかも国立がんセンターに入院しててはね。機会をみて公表しようと考えていたんだけど、病気は自分で話さないことには揣摩憶測(しまおくそく)を呼ぶでしょ。問い合わせがあったら胆石と言ってくれ、と秘書に告げて入院した。偽りを述べたことは謝りたい」

 「主治医も言うんだよね、がんと闘いながら政治活動に力を尽くす姿は、他のがん患者や家族の励ましになる。もうそろそろ、そういうスタイルの政治家が現れてもいいんじゃないか、と。手術がうまくいったら、非常に高いパーセンテージで治ると言われていたし、手術後、自分でもこれは何とかなるな、と思った。正直言うと、だから公表もできた」

 「余命は半年から1年、仕事に復帰するのは無理だろう、そういう診断が出ていれば、隠したかも知れない。社会の片隅でひっそりと療養していたかも。闘病記を書きながら国会活動を続け、派手に死んでいくという道を選んだかどうかは自信がないね」

【2月27日、退院。4月1日、国会に復帰し政治活動を再開する。5月29日には衆議院厚生労働委員会でがん問題を取り上げるなど、従来の金融、財政はもとより医療問題へと活動分野を広げている】

 「患者になっていろんな仕組み、制度を見直してみるとひどい話がいっぱいあるじゃないか、何でこんなことになっているんだ、という開き直った議論を展開した政治家はほとんどいない。病人はいっぱいいるはずなのにね。せっかく患者になったんだから、私は患者兼議員という立場から何かお役に立てないか、と思っている」

 「患者にとって、より望ましい医療という基準から考えると、この10年、日本の医療は進歩、発展を止めてきた10年といえるのではないか。いまだに日本では医者と患者が上下の関係で、一緒に病気を治していくんだという意識は希薄。カルテ一つとっても気持ちよく開示してくれる人は少ない。まだまだ国民の不満は大きい」

 「がん内科、腫瘍内科というんだけれど、世界の標準的な医療と比べると、かなり遅れをとってる。先進国で承認されているのに国内では使えない薬もすごく多い。役所も含めて、専門家がより謙虚に目前の矛盾を認識した上で対策を進めないといけない。県内でも大きな病院がいくつかあるが、機能分化、役割分担を進めて、がんならここ、循環器ならここと、世界標準の医療が提供できる態勢を整えるべきだ」

【民主党の党首選前には全国を飛び回る一方、合間を縫ってマスメディアで闘病体験を積極的に語っている。がんは自分のライフスタイルを見直す大きな契機にもなった、とも】

 「私も、うまいものには目がないところがあったけど、先進国の人々の食生活を含めたライフスタイルは果たしてこれでいいのかと、病を得て初めてつくづく考えたよね。地球環境、食の安全、ダイオキシンのような危険物質、大量のエネルギーを使って忙しく働く日々‥。人間の豊かさっていうのは、経済成長率や景気回復至上主義とは、ちょっと別のところにあるんじゃないか。それを見つけださなければいかんな、と強く思う」

 「イタリアで始まったスローフード運動ってあるよね。スローフード、スローライフ。そういうのも答えの一つだろう。徳島でいえば、四国八十八カ所というのは21世紀の日本の人々、あるいは世界の人々にとっても、意味ある財産なのかもしれない。歩いているお遍路に車の排ガスを浴びさせている、今はちょっとおかしな状態だけどね」。

戻る