がんにかかって

仙谷由人代議士に聞く

〈上〉

2002年9月23日徳島新聞より

 多くの人が告白したがらない「がん」。政治家の場合、政治生命に直結するだけになおさらだ。そんな中、本県選出の仙谷由人代議士(民主)が「胃がん」を告白、手術をして政界に復帰した。仙谷代議士に、闘病中の心の葛藤(かっとう)や家族への思い、現代の医療のあり方などについて聞いた。

【仙谷代議士は2001年12月26日、県内の友人の病院で受診した人間ドックで、胃の上部に腫瘍が見つかった】

 「発見されたときはショックはショックなんだけども、どう対処するかなあ、ということで頭がいっぱい。難しいな、と思ったのは公的な仕事をどう引き継いで皆に迷惑がかからないようにするかだったね」

 「がんを見つけてくれた友人は、できれば東京で信頼できる医者を見つけて、手術してもらう段取りをしたほうがいい、とアドバイスしてくれた。その後、少々勉強してわかったことだけれども、がんのように大きな病気の疑いがあるときには、別の医者にセカンド・オピニオンを聴くべきなんだよね」

【同28日、東京の国立がんセンター中央病院で再検査。胃がんが確実になり、主治医からは胃全体を摘出することが最も有効な治療法との説明を受ける】

 「インフォーム・ドコンセント(十分な説明に基づく同意)がうまくいくかどうかは、医師の医療技術や医療知識、こなしてきた症例数、人間的な力が左右するでしょ。私の場合恵まれたなあと思う。がんセンターだから説明も丁寧だったよ。主治医のほか、経験者の話も聞いた。先日亡くなった今井澄元参議院議員とかね」

【「胃がんになった。手術が必要だ」。妻に告げたのは年が明けて1月3日になってから】

 「家族にどう話したらいいのか、これは少々悩ましかった。取り乱すというほどではないけど、やはり女房は涙ぐんでいたね。後になって言うんだけれど、自分も母親と同じ運命になるのか、と思ったらしい。彼女の母は若くして夫を亡くしている。すい臓がんでね。そういう可能性、全くない訳じゃないけれど、当時とは医療技術が全然違う。ここは全力で治療に没頭する、と言った」

 「少し落ち着くと、最悪の時のことも考えるようになった。女房、子供にどうやって生活させていったらいいのか、生命保険にはいくら入っているのか、とか。政治関係では民主党徳島や党本部の引継のこと。手術が終わるまではそんなことに関心が向いていて、自分の人生を振り返る余裕はなかったなあ」

【1月15日、入院。翌日行われた手術は5時間半にも及び、胃のリンパ節など計3キロの臓器を摘出した】

 「1月末にはがんの治療は終わっていたんだけど、すい炎を起こしていたから入院が長引いたんだ。皆さんからいろんな本をいただいたが、ちょっと難しい本は読む気にならんのやなあ。せいぜい週刊誌や新聞、あとはテレビばかり。国会は連日鈴木宗男や田中真紀子問題でわいていたけど、焦りはなかったね。病気が分かった年末の内に『今国会、私は使いものにならん』と民主党の関係者に話してあったし、そこはあきらめがついた。しかし、ベッドで寝ていると、とにかく時間があるんだ。手術後は人生の総括みたいなことも随分と考えた」

 「点滴から流動食になり、流動食も3分がゆが7分になり、やがて普通食に戻って。でも胃を取ったでしょ。入院中も今もそうなんだけど、食事は1日5回に分けてとっている。食間はお菓子でいいんだけどね」

【最高で81キロあった体重は65〜66キロまで減った。身長は164センチ】

 「悪いことばかりじゃないよ。太りすぎで成人病の境界領域だった血液検査の数値が正常になり、友人の医者などはがんの再発、転移がなければ90歳まで生きられるぞ、というんだ。過食だったんだよ。胃が亡くなってちょうど良くなっている。再発は考えても仕方のない問題だね」。

つづく