週刊「エコノミスト」(2002年7月23日号) 

タンジェントポリ

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小泉「経済失政」を突く

日本はついに、公的部門つまり国と地方自治体、特殊法人も、さらに家計も企業も、実態は財政面では破綻を来しているのではないか。ごまかしの効かない危機の最終局面に直面しているのではないか――危機感を募らせる仙谷氏が小泉純一郎首相の無為無策ぶりを検証、本当に必要な政策を提言する。

せんごく よしと

仙谷 由人

(衆議院議員・民主党常任幹事)

「自民党を変える、自民党を潰す」と絶叫した小泉総理は、抵抗勢力が協力勢力になったなどとうそぶきながら、その実、自らが抵抗勢力の一員になり果ててしまった。ときどき抵抗勢力と派手にやり合っているようなシーンを演出しつつ、内実は抵抗勢力と手打ちを重ねている。国民は敏感にそのことを感じ取り、小泉総理にはもはや日本の閉塞状況を打ち破る改革は期待できないと見抜き始めている。

一貫した理念を欠く2 カ月に1 度の「政策」

 小泉内閣発足後、意外にも、短期間にしては多くの経済政策が策定されている。昨年6 月の「今後の経済財政運営及び経済社会の構造改革に関する基本方針(第1 次骨太方針)」、9 月の「改革工程表」、10 月の「改革先行プログラム」、12 月の「緊急対応プログラム」、今年1 月の「構造改革と経済財政の中期展望」、2月の「早急に取り組むべきデフレ対応策(総合デフレ対策)」、6 月の「当面の経済活性化策等の推進について(第2 次デフレ対策)」及び「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2 0 0 2 (第2 次骨太方針)」と、平均して2 カ月に1 回も新たなペーパーが書かれている。

 並行して与党から出されたものは、銀行等保有株式取得機構の設立、整理回収機構(R C C )による不良債権買い取り価格の引き上げ、郵貯・簡保・年金資金による株価維持策(P K O )などであり、こちらはもっと筋の悪い政策が並んでいる。つい最近も、今度は銀行等保有株式取得機構に一般事業会社が保有する銀行株を買い上げさせようという法案が提出されたばかりか、揚げ句の果てには、来年4 月に予定されているペイオフ(破綻時の返済を元本1 0 0 0 万円とその利子までとする措置)凍結全面解除に対し再延期の大合唱が始まった。

内実は抵抗勢力との手打ち?!

 これらの経済政策を基にして、本来なら国債の償還財源に充てられるべきN T T 株式売却収入を財源とする旧来型公共事業の補正予算が組まれ、隠れ借金などの会計操作を駆使して公約どおり国債発行額を30 兆円以下に抑制したと称する粉飾予算が組まれ、P K O や株式の空売り規制強化という禁じ手で株価が人為的に操作され、経営危機にある大企業が債権放棄で一時的に延命される一方で、中小企業が法的整理に追い込まれ、繰り延べ税資産の過大計上による粉飾まがいの銀行決算が当局のお墨付きを得ているのである。

 これら政府・与党の経済政策を並べると、一貫した理念がまったくないことにだれもが気づくだろう。財政規律を遵守するのか、あるいは放棄するのか。市場原理を重視するのか、あるいは無視するのか。公正・公平なルールが適用されるのか、あるいは不公正・不公平な恣意性がまかり通るのか。どう見ても、1 8 0度方向性の異なる政策が混在しているのである。

大手行の自己資本比率は実質平均1 ・09 %

 原因は、まさに小泉総理のリーダーシップの欠如、の一語に尽きる。郵政民営化と特殊法人改革にだけは異常なこだわりを見せるが、経済政策は官僚と与党に丸投げ、しかも、大蔵族である総理のバックアップを受けた財務省が復権を果たし、自民党対財務省の因縁の戦いも再燃している。今年6 月にとりまとめられた「第2 次骨太方針」を見ても、公共事業やO D A (政府開発援助)など歳出削減に関する文言は曖昧に丸められ、「骨太方針」は単なる「骨抜き方針」になってしまった。ここには総理がリーダーシップを発揮し、官僚や族議員の抵抗を断固排除しようとした形跡はない。

 小泉経済失政の中でも最大の大罪は、不良債権処理と金融健全化を先送りしたことである。経済再生の第一歩は不良債権問題の抜本的解決だと宣言し、金融庁による特別検査の導入で厳格な資産査定の実施に期待を持たせたにもかかわらず、ダイエー救済を機に金融問題は完全に先送り路線に後退した。

 柳沢伯夫金融担当大臣が「健全銀行」のお墨付きを与えて公的資本増強を実施した大手行の自己資本を詳細に分析すれば、金融システムの実態がますます悪化していることは明らかである。大手行の自己資本比率は、粉飾とも言える税効果会計と公的資金によって大幅にかさ上げされており、正味自己資本比率はいまや平均1 ・09 %にすぎない。債務超過の銀行が2 グループもあり、これらの銀行から公的資金を取り戻すのは半永久的に不可能だろう。

 先送りと期末の株価操作で3 月危機をかろうじて先送りした小泉総理の、改革は着実に進んでいるとうそぶく能天気さに、私はただ呆れるほかない。確実に迫り来る危機を前に、危機を危機と認識することさえできないのか。あるいは、危機を危機と認識することはできても、政権の延命のため、ただひたすら危機を先送りすることしか考えていないのか。

危機の本質

 国際証券の水野和夫チーフエコノミストは、デフレで企業が売り上げを減少させているのは事実に反するという興味深い指摘をしている。すなわち、物価が下落しているものほど消費量が増加しているのであって、技術革新ができない、あるいは新しいビジネスモデルを提供できない産業・企業が価格を下げることができず、その結果、需要減に直面しているというのである。従って、構造改革を愚直に推進することがデフレ対策の王道であり、何が何でもデフレを阻止するためにいま以上の財政・金融政策を動員すれば、構造改革をやめるという本末転倒の事態に陥るというのが水野氏の結論である。

 バブル崩壊後、景気対策として、累次にわたり総額1 4 0 兆円を超える財政出動が実施され、国と地方の長期債務は6 7 5 兆円、対G D P 比で1 3 5 %にも達する水準まで積み上がった。にもかかわらず、名目GD P は縮小し、消費者物価も下落し続けるという事実は、水野氏の結論の正しさを雄弁に物語っているのではないだろうか。

図 公的資本増強行の自己資本(Tier 1 )の内訳

表 公的資本増強行の正味自己資本比率の推移

2001/3 期

2001/9 期

2002/3 期

公表

正味

11.28 %

5.09 %1

公表

正味

0.70 %

2.41 %

公表

正味

10.38 %

1.09 %

(出所)各行決算資料を基に作成

 この国が現在抱える危機の本質とは、つまるところ、競争力を失った古いモデルや設備を捨て去れないという体質にあるのではないか。経済や社会の構造が変わっているにもかかわらず、予算のシェアの硬直化に象徴されるように、財政の構造は変わらない。景気が悪化すれば、旧来型公共事業を中心としたバラマキ財政出動が繰り返される。一部の産業・企業を保護するため、時代遅れの規制が温存され続ける。本来なら市場が退場を命じるはずの銀行や企業が、不良債権処理の先送りや粉飾決算、銀行の債権放棄で延命される。これらの根底に、政官業癒着でがんじがらめの既得権益構造が存在するのはいうまでもない。このような体質は、モラル・ハザードを国中に蔓延させることにもなった。重大な失政を重ねた政治家や官僚がまったく責任を取らずに居座り続けるのは論外としても、財界人も、これに負けず無責任である。第1 次公的資金注入時の佐々波委員会や金融再生委員会の一員として国民の血税をドブに捨てたことに反省の色も見せず、次々と公職を引き受けたり、システム障害で取引先に重大な被害を与えても責任の所在を曖昧にしたまま頬被りする銀行が、かつて公的資金の注入を受け入れたというアイロニー。

 米国では、エンロンの倒産をきっかけに企業会計に対する不信感が高まり、米国経済を大きく揺るがす事態にまで発展しているが、多くの企業や銀行が粉飾決算に手を染めていることが常識となっている日本では、もはや粉飾決算が犯罪であるという意識さえ希薄になっているのではないか。まさにモラル・ハザードもここに極まれりである。

真っ先にすべきは金融システムの安定化

 私は、真っ先にすべきことは、金融システムの健全化だと一貫して主張してきた。そして、民主党は、それを実現するための「金融再生ファイナルプラン」を用意している。まず、厳格な資産査定のもとで十分な引き当てを行わせ、間接償却を完了させる。その上で、存続不可能な銀行は一時国有化など破綻処理に移行し、存続可能な銀行には責任の明確化など厳しい条件のもとで公的資本増強を実施する。ここまでは短期間でできることであり、これによって金融仲介機能は回復する。

 しかし、現実には、小泉内閣にはこれができなかった。金融機関の財務の脆弱化は続いているから、ペイオフ凍結全面解除は大バクチになる。与党内、あるいは業界から噴出し始めたペイオフ再延期の大合唱は、小泉総理の先送りの当然の帰結なのである。

 このままいけば、与党と金融庁は、ペイオフ再延期を間違いなく強行するだろう。小泉総理にも、柳沢金融担当大臣にも、金融システムを早期に健全化しようという意思は微塵もないからだ。さらに、預金保険の上限金額の引き上げや、この間何度も与党が色気を見せたR C C による不良債権の簿価買い取り、地域金融機関に対する公的資本増強の復活なども議論の俎上にのぼっており、これらについても、秋の臨時国会で法改正が行われる可能性が高い。

 そうなったとき、日本経済は市場の信認を決定的に失うのではないか。ただ単にペイオフ再延期をしたところで、銀行が不良債権処理をする体力を回復するわけでもなければ、金融仲介機能を取り戻すこともあり得ず、また、惨めなほど低格付けされた銀行が国際金融市場で資金を調達する力を取得するわけでもないことは明らかである。改めて言う。ペイオフ再延期などという事態はあってはならない。そのような不毛な議論をする前に、一刻も早く金融システムを健全化すべきだ。

 間接償却を完了させ、金融システムを健全化させた後には、不良債権の最終処理、すなわち、直接償却というプロセスが待っている。そのためには、人為的に金利をゼロに抑えている超低金利政策に終止符を打つことが必要である。ゼロ金利のもとでは、市場から退出すべき企業の淘汰が進まないし、将来の安心を保障するはずの年金や保険の破綻が現実化し、逆に不安をかき立てることになってしまう。

「汚職の町」を一掃したイタリアに学べ

 その際不可避となる失業の急増については、当然のことながら国が全力を挙げて対策を講じる。失業中の生活を保障するのはもちろん、できるだけ早く再就職の道が開けるように、充実した職業再訓練を受けられるような支援を行う。また、雇用の受け皿を増やすために、規制改革など新規産業を創出するための環境整備を行う。とりわけ、今後日本が何で食っていくべきかという問題を考えると、ハイテクや環境関連など技術革新にさらに磨きをかけること、1 4 0 0 兆円の個人金融資産を生かして金融業をリーディング産業に押し上げること、高齢化社会を迎えるにあたって潜在的な需要が見込まれるサービス業の比重を高めることなどが重要である。

 おカネの流れを変えることはもっと重要である。90 年以降、公的部門(郵貯・簡保・年金)は民間金融機関の3 倍以上、3 0 0 兆円あまりも資産を増加させた。非効率な公的部門に資金が張り付いて、経済の活力をそいでいるのである。

 10 年前のイタリアは、政治・経済・社会とも現在の日本と似たような状況にあった。長期政権が政治腐敗を生み、公共事業は政治家の食い物にされ、慢性的な不況と財政赤字の垂れ流しが続いた。そのような危機的な状況から脱却するために始まったのが、タンジェントポリ(イタリア語で「汚職の町」という意味)一掃作戦である。イタリアはその後見事に復活し、いまや財政を立て直すことにも成功しつつある。鈴木宗男議員に代表される日本のタンジェントポリにも、鋭くメスを入れようという機運が高まっている。民主党が日本版タンジェントポリ一掃作戦をリードし、政権交代を成し遂げることが、日本を再生させる唯一の道なのだ。

エコノミスト2002.7.23