2001年11月6日仙谷由人パーティ

『日本大転換〜仙谷由人、新たなる挑戦のステージへ』

 

第2部  パーティー 

 

司 会 

 岡崎トミ子です。最後までおつきあいください。開会の挨拶を民主党国体委員長の熊谷弘先生におねがいいたします。

熊谷 弘

 ご紹介を賜りました熊谷でございます。本日は仙谷由人、まだ零細株でございますが、今後大きく高値になる、大化けになる可能性を持った、三歳馬っていうんでしょうかね、三期生でございますが、この仙谷由人を育てる会に大勢ご来会を賜りましてほんとにありがとうございます。

 前座を務めようと、なんで私がこんなところで挨拶をするのかなといったら、鳩山代表や菅幹事長は偉い人で後からやって来るんで、みなの前で時間つなぎを若干せよと、これはまた相当乱暴な注文が突然降りかかって参りましたので敢えて登場させて頂きました。

 私の後には、今日本の政治の、最も注目されております、なんと!民主党ではありません自民党の加藤先生もご挨拶をされるということで、なんか起こりそうではないかなと。仙谷由人と加藤紘一が何をやるんだろうと私なんぞもゾクゾクっと見ているわけでありますけれども、みなさんご存知の通り、仙谷由人、本当にわが党の牽引車、エンジンでございます。このエンジンがフル回転をするようになれば、民主党も必ずや国民の大いなる期待を引きつけてですね、必ず勢いを増して来るだろうと私は期待をして仙谷先生について行ってる者でございます。

 今日はほんとにお忙しいところご来会賜り、大枚を投げ打って仙谷由人株を買って頂いたことを感謝申し上げますと共に、必ずこの仙谷株は、万石にもなるであろうと確信を致しますのでどうぞひとつ、これからも引き続き仙谷由人をお育て下さいますように、心からお願いを申し上げ、前座のご挨拶とさせて頂きます。ご来会を本当にありがとうございました。

 

司 会 

 自民党の加藤紘一先生です。衆議院のテロ対策特別委員会の委員長として大変苦労されました。

加藤紘一 

 加藤でございます。また民主党の方のパーティーに顔を出したんだっていうんで自民党の中から怒られそうでございますけれども、仙谷さんは私の中国問題と、経済政策の勉強の仲間でございます。最初当選された時には、まだ1年生なのに当時の社会党の同期の人達を従えて堂々たるもんでした。

 次、落ちました。落ちた時もですね、中国・台湾・北朝鮮・韓国その人達の代表をなぜかどっかから集めてきまして、このニューオータニでいろんなフォーラムをやってました。落ちてるのにそれだけの国のことを、外交のことを考える、その迫力というのは凄いもんだなぁと思って何度かお付き合いしましたが、その中で仙谷さんは、これからは台湾の場合には民進党というものを注目してなきゃいけないと言ってかなりの人脈を作られて、おそらく当時自民党は国民党と付き合うのが主流でありましたから、今の陳水篇政権と一番日本の政治でパイプの深い人の一人じゃないかなと思っています。

 それからカムバックされました。時あたかも、今もそうですが、経済的には大変苦しい時でありまして、いや日本の経済がですね。まぁ当人の経済も苦しいかもしれませんけども(笑い)。今日はありがとうございました。その中で、私はいろんな人が、構造改革と景気対策、この国の将来について発言してるけども、たいていある所で止まるんですね。痛みというものを覚悟しながら構造改革を進めて行かなければいけない。という演説は誰でもやるんです。その時に仙谷さんは、ある新聞のかなり大きなインタビューで、GNPが2%か3%落ちることを覚悟して改革に臨めば、この国は怖くない、やれるんだということを言いました。恐らく、その後も僕は自分の発言も含めてずーっと注目して比較してるんですが、GNPのマイナス2、3%も覚悟すりゃこの国は甦る、と数字まで言って痛みに耐えることを訴えた政治家は、与党でも野党でも、仙谷由人一人じゃないかなぁと私は思っています。そこに彼の大胆さがあり、そして緻密な中でもメリハリを付けて、やるときはやる、言うときは言う、というところが、彼の魅力ではないかと私は思っています。私はこれからの日本経済はかなり厳しいし、それはなにも日本だけじゃなくてアメリカも、ITバブルの中でとりあえずごまかしてきたけども、アメリカ経済も大変だと思います。で、それは世界的なグローバルなデフレーションが起こっているんであって、その原因は遡ること12年前、冷戦構造の崩壊だと思っています。これは、「風が吹けば桶屋がもうかる」風に聞こえるかもしれませんけども、その冷戦の前までは、世界経済の発展というのは55億の人口のうち7億人弱でエンジョイしてたんじゃないでしょうか。アメリカ2億7千万、我々1億何千万等々合わせても、先進工業国は7億弱。ところが冷戦の崩壊と共に、私はそこに約20億のレーバーフォースが入ってきたんだと思います。労働力が入ってきたんだと思います。中国12億、それからロシア等々、それにインドの9億のうち1億か2億、こういうところを入れると20億になって、これが非常によく、教育水準、読み書きソロバン全部やってる人たちであり、労働規律は社会主義国だから立派で、なおかつ我々の所得水準の、15分の1ないし20分の1で働く覚悟ある人達だったと思うんです。最初の5、6年は慣れませんでした。中国だって、なんか「社会主義市場経済」なんてわけわかんないこと言いながら、戸惑いながらついてきたけれども、最近は極めて慣れて、自分たちをアジャストさせて。だからユニクロっていったらそれも完璧にやりこなす。ということになってきて、実はその物凄い影響を世界中が受けてるという現状なんじゃないかなぁと私は思っています。この辺の分析を非常によくされたのが、中前忠さんの論文、2年くらい前に読んだんですけども、あれぇそんな事かなぁと思ってこないだ台湾に行ったら、もうはっきりと台湾経済が中国経済の前に空洞化してました。小さな経済ですから物凄い勢いで影響を受けてます。そして我々が椎茸・玉ねぎ・井草は勿論のこと、アパレルも、IT工場も、私の選挙区から消えました。代議士、呼び戻してくれ、どこに行ったの、チーズはどこへ行ったみたいな話でしたが、あれはねぇ、中国に行っちゃったんだよと。こないだ地元で農家のパートタイムのお母さんたちに言ったら、「わかった、そうなんですね」、と言いました。だからこれにどう対応しようかっていうのは、基礎的な研究と技術開発でしっかりやることと、やはり世界中の国々で、中国人民元というもののレートをどう見るかという大討論をしなければならない時が必ずあと半年くらいの内には来ると思います。日中の国交樹立以来今年で30年です。よく調べてみますと、あの時の日本円レートと中国元レートは、現在10倍日本が高くなっております。そういう中で中国の元は、私は評価され、見直され、そして切り上げられるべきだと思います。それでなければなかなか世界経済が回っていかないところまで来ているという気がしますが、そんなところまで議論しうる人は、実は、いろいろ仙谷さんと話してるんですが、政界の中では仙谷さんは数少ない世界的視野、国際金融を論じながら、日本の経済を考えていく人ではないかと思います。ちょっとした公共事業をやったところでそう解決なりませんし、私は小泉さんの30兆の約束っていうのは、これはもう、柔軟に考えていいと思ってますし、これが32兆になっても33兆になっても解決できるもんではないし、日銀に量的緩和しろなんて言っても解決できないなんぞということは一番激しく知っておられるのは仙谷さんなんじゃないかなと思っています。ですからこれから我々は日本の行く末を考える時に、素晴らしい潜在力を持ったこの日本の行く末を考える時には、もう党派を超えて、経済政策を議論しなければならない時に来てると思ってますし、だからこそ今日は、わが政策の同志、友人であるこの仙谷さんのパーティーに私も参加させて頂き、好漢仙谷由人、国のために頑張って欲しいということを一言申し上げたくやって参りました。ちょっと長くなって大変失礼致しましたが、私は仙谷さんの政策活動というものに、もうほんとにほんとに大きな期待を持ってる一人でございます。みなさんからもよろしく仙谷さんをご支援頂きますようにお願いして、ご挨拶に致します。ありがとうございました。

司 会 

 三井物産戦略研究所長の寺島実郎先生です。品格のある日本を作っていくにはこの方の話をきくのが大好きです。マスメディアで発言を続けていらっしゃいます。

寺島実郎 

 どうも寺島でございます。僭越でございますけども、お話を若干させて頂きたいとおもいます。仙谷さんとはですね、本気で勉強会的に集中して話をするようになったのはほんの4、5年なんですけど、実は彼の名前っていうのが我々商社の業界では大変とどろいてまして、全商社という労働組合がありますけどもそこの顧問弁護士をずっと仙谷さんやってたんですね。そんなことで、商社の労働組合運動なんかに情熱傾けている若い連中にとってはですね、仙谷由人っていう名前は一つのブランドで存在していたわけです。そんなこともあって彼と色々議論してきているわけですけれども、私は6月のイギリスの労働党の選挙を見てきまして、第二期にブレア政権は入ってます。イギリスはご承知のように20世紀に6回労働党政権を作って、経済の効率を非常に損ねたっていうことで、22年前ですか、サッチャーが登場してきて、アメリカ流の競争主義・市場主義を導入しないとだめになると、いわゆる規制緩和、競争主義・市場主義の導入を、ビッグバンをやったんですね。で18年続けたわけです。ところがイギリスの国民は4年前にブレアの登場を拍手をもって迎えた。再び労働党が登場してきたわけです。やはり市場主義・競争主義だけでは経済の安定ははかれないなっていうところにイギリスの国民が選択していったと思うんです。今回の選挙どうなるかなと見てましたら、第二期の労働党政権ということで、今年のアジェンダー、マニフェスト見てると非常にたくましいアジェンダーを作って、例えば今まで「第三の道」って言ってたんですけども、これアンソニーギデンスっていうロンドンスクールエコノミクスの先生が作った言葉ですけど、インターナショナル・サードウェイっていう、世界的、国際的第三の道っていうんでしょうか、イギリスの中だけで、経済的な効率と公正のバランスを議論してたんじゃだめだと。やっぱりグローバルガバナンスだと。国際社会の様々な問題を正面から制御してかなきゃならないっていう考え方を、イギリスの労働党は出し始めて、一歩前に出たなという印象を非常に強く僕は持ちました。今、この9月11日ニューヨークでのテロ以降、世界が変わった。本日の会場にこれ「大転換」って書いてありますけど日本の経営者も、今や激変の時代っていうのは枕詞なんです。でもどう変わってるんですかなんて聞いたらこれ大変なことになるんですね。そこまでしっかり物を考えてる人ってそうはいない。我々今、どう転換させていくかってことを本気で考えなければいけないところに来てます。今度の、加藤先生なんか苦労されたっていうひとつの選択肢を、日本が進もうとしてるんですけど、この国の最大の不幸は、健全な代替案がないといいますか、その代替案をしっかり戦わせて国民が選択していける基盤がないっていうところにこの国の非常な悲しみがあると思うんです。そういう意味で、僕は仙谷さんと議論してると、この人一生懸命機軸を求めようとしてるなという印象を強く持ってます。そういうことで、新しい選択肢、こういうものを提示していくエネルギー源として、仙谷さんを中心にした世代が、更に若い民主党のかなり優秀な議員が育って来てますので、そういう人と一緒になって国民の前にほんとの意味での選択肢を提示してくれるような力を見せてくれることを大いに期待しております。そういうことで、仙谷先生の応援団の一人として今後もぜひしっかりと手を組んでいきたいという風に思っております。今日はどうも本当にありがとうございました。

 

司会  マスコミで有名なインサイダー編集長の高野孟さんです。

高野孟  高野でございます。仙谷さんとはもう長いつきあいになってしまいまして、ニューウェーブっていうのが社会党の中にできた頃から私は非・議員で一人だけ首を突っ込みまして、その後色々変転もあって民主党結成に首を突っ込みまして、随分仙谷さんと付き合って来たなぁという気がしておりますが、もうそろそろ面倒臭いので、来年、代表選挙ですか、もう仙谷さんを民主党の代表にしたらどうかという風に思っております!(拍手)今日はシンポジウムの終わりのとこだけ聞かせていただきましたが、質問に仙谷さん答えておられましたが、やはり今私が民主党に不満なのは、俺達だったらここまで行くぞと、小泉だったらここまでしか行けないんだということを常に国民に明らかにするという、その辺のメッセージの打ち出し方だと思います。これは先ほど加藤先生、寺島さんもおっしゃった、何と言うのか、イマジネーションというのか、構想力だと思うんですね。そういうものを持っているのは、民主党の中では、たくさん多士済々おられますけどやはり、仙谷さんではないかと私思っておりまして、そういう意味で、ぜひ、仙谷さんが民主党全体を引っ張っていくような立場になって頂きたい。そのことを私は応援したいという風に思っています。今日はどうもおめでとうございました。

 

司会  東大名よ教授で国際的経済学者の宇沢弘文先生です。シンクネット21の代表もつとめておられます。

宇沢弘文  宇沢です。私仙谷さんの顔を見ると、仙谷さんの故郷の徳島県にあります吉野川の第十堰という堰があります、最近、可動堰をそこに作るというので問題になりましたが、この第十の堰は、どういう意味で仙谷さんを連想させるかというと、今世界で恐らく一番注目されている堰、土木建築物です。今から250年前にできました。近くで出る青石という非常に美しい石を使って常に堰の上を水が流れ、しかも水が川底に染みこむようになってる。そして雨が降るとその2キロから3キロ上流に幾つも防護の柵があって、決して250年間氾濫したことがないという堰です。しかも、蜂須賀藩の頃ですね、鮎を、この堰があって初めて鮎が育ったと言われています。今注目されてるというのはですね、オランダでです。日本はオランダから工法を輸入したと言われてるんですが、その本家のオランダから、コンクリで固めたダムとか道路を見直している、特に川は昔のコンクリを剥がして緑に戻すと。ダムもですね、第十堰のようなダムを作るという運動が起こっています。仙谷さんはちょうど第十堰のように、日本の古い、優れた知恵とかを受け継いで、しかも世界に向かって非常に新しい考え方を提示されています。ただ私と仙谷さんはあまりいい関係ではなくて、だいぶ前にも、仙谷さんの選挙に応援に行くと申し上げましたら、よしてくれと。先生が来ると票が減るという風に言われてですね(笑い)、断念したことがあります。ただ今度はぜひ、行きたいと思います。といいますのは、第十堰が世界で一番注目されている、その第十堰と同じような顔を持った仙谷さんをぜひ応援したいと思ってます。仙谷さん、頑張って下さい。

 

司 会 

 民主党特別代表の羽田孜先生にお願いいたします。

羽田 孜 

 さすが仙谷さんだなぁと、「日本大転換」という本当に大きなテーマでございますけれども、日本はまさに極限状態にあるなぁという風に思っております。しかも今金融の問題なんかも色々言われておりますけどもこの不良債権問題なんかはもうおととしから仙谷さんはほんとに厳しくですね、とてもじゃないが今のおもてに出てるもの、そんなもんではない、そういう中で彼は叫んでおりまして、ともかく時の問題に対して正面から分析すると同時に深く切り込む、大変な力量を持った方であります。私は、理の方が非常に強いと思ったんですけど、この前の参議院の選挙、結果はまぁ残念ですけど敗れましたけども、ちょうど徳島市内のですね、新町川ですか、あの大きな川の水際の公園、この公園にいっぱい人がおりましてですね、そしてその後ろにも、対岸ですね、こちらにも人がたくさんいる。とにかくよく人が集まるなぁ。しかもその川の中に舞台をしつらえまして、そしてその後ろに川の中を船が行き帰りするんですね。その行き交う船にちゃんと幕が、候補者の名前を書いてですね、行ったり来たりしている。ともかくこの人は理でする人だと思ったんですけども、地道な活動というのをされているんだなと。そして翌日そういったみなさん方と一緒にちょっと遊説しましたら、あそこに集まったのはみんな仙谷のファンの集まりでしたよ、って言うのを聞きまして、地道に活動を続けておられるんだということを目にしまして、この男は大変な男だなっていうことを改めて確認したところであります。どうか一つみなさん、更に彼に力を与えて頂きますことを心からお願い申し上げましてご挨拶と致します。ありがとうございます。

 

司 会 

 仙谷本人からのご挨拶をいたします。

仙谷由人 

 今夜もこんなに多くのみなさまが、この不景気の折柄、パーティー券の代金をもってお集まりを頂きまして、なんと申していいのやら、恐縮至極でございますけれども、改めて、このかんのご支援、そして本日のご出席を、ご来場を、心から厚く御礼申し上げます。本当にありがとうございました。(拍手)

 思えば遠くへ来たもんだという歌があったような気も致しますが、先ほど来、いろんなお話の中に出て参ります、1989年に、政治活動、選挙のための準備の活動を始めたわけでございます。考えてみますと、その時から多くの先輩や、ご教示を頂いてきた方々、そして同僚のみなさん方や、友人、地元の有権者の方々の、本当に心温まるご支援でここまで来られたのかなぁ、3年3ヶ月の落選という期間もありましたけれども、ほんとに幸せな男だなぁ、という感慨でいっぱいになっております。

 今日おいで頂いた皆様方は、本来ならば私の方で旅費と日当を払ってお越し願わなければならないような方がほとんど、というか全部と言っていいほどでございまして、今日みなさん方にお目にかかれて本当に、身が引き締まるといいましょうか、身が縮こまるような気持ちに襲われております。

 しかし政治の世界というのは、ある意味で、厚顔無恥さがないとできないと。私自身そんなに厚顔無恥であるとは思っておりませんけれども、民主党の中では一番破廉恥で、ヤクザ的だと言われておりまして、民主党はもっともっと野性味豊かな闘争集団にならなければならないと言ったりしているところでございます。

 と言いますのは、このかんの経済、金融、雇用、いろんな問題をずっと見て参りまして、私自身が弁護士の生活を続ける中で、闘わない経営者は絶対にマーケットの中で勝ち抜けないんだということを考えたり申し上げたりしてきたわけでございます。で、その闘いというのは実は、相手や競争相手と闘ったりするということだけではなくて、自分との闘いというのが一番大事なんだということを身にしみて感じております。

 つまり政治の世界も経済の世界も、自分との闘いに勝てない限り沈没をする。日本の国は、自らの体にメスを入れて、構造改革といわれるものを、行政と、官営経済と、民間のセクターにおいて成し遂げなければ、もう没落の日は近い、そういう危機感に襲われながら皆さん方のお知恵を借りて、なんとか我々の政策を確立して実現しなければならない、その思いに少々焦っているところでございます。

 しかし議会というのはやはり、田中角栄さんがおっしゃったように数が力の部分が相当ございます。正しいことを100ぺん言っても何の足しにもならない、実現をしなければなんにもならないという現実の前に、日々無力感にさいなまれながら、しかしこれではいけない、必ず日本の時代が、私どもの同僚や或いは民主党を必要とする時代がそこまで来てるという確信に満ちて、これからもこの闘いを続けて参りたいと思っております。

 皆様方の今後ともの友情溢れるご支援を賜りますように心からお願いを申し上げまして、御礼の挨拶とさせて頂きます。本当に、本日も、そして今までも、ありがとうございました!

 

司 会 

 鳩山代表、菅幹事長はまもなく到着されます。

 乾杯の御発声は佐藤敬夫、川端達夫先生にお願いいたします。