労働市場政策から見た女性のあり方

国際女性デー講演

仙谷由人 2001.3.4.

 

 

 長野県の田中康夫さんではありませんが大変しなやかな頭をお持ちの女性の皆さんがこんなにお集まりいただきまして国際女性デーの集会を開かれて、徳島の女性は元気だと思いますし、本格的に女性を社会的に位置づけられるようやっていこうということをお示し頂いていることを心から敬意を表したいと思います。

 ただ、仲間の中に男性の人が殆どいないというのが非常に残念なところでございます。というのは女性問題といいますが、女性を取り巻く様々な問題というのは実は男性の問題でもありますのに、日本の場合にはどうも男が全くダメですから、どうにもならなくなっているというのが今の実体だと思います。

 本日は国際女性デーということですから、最近私が批判的に調査している労働政策の問題と絡めながらこれからの日本の女性問題についての考えるところをお話しさせて頂きたいと思います。

 

<必要な労働市場政策と労働省の無策>

 私は、今の日本に明白に求められている労働市場政策は三点あると思っております。(1)女性の社会参画を促す労働政策、(2)産業構造の変化に対応する政策、(3)外国人労働者政策、この三点であります。この3つの政策がなければこれからの労働問題は立ちゆかないということが明らかになってきているのです。

 明らかになってきたことのまず一つは、女性が家庭から出、社会的にきちんと位置付けられて働き、そして税金と年金を払ってもらう、という政策がない限り日本は先進国としてうまくいかないということです。当然の事ながら高齢化と少子化に関しては出生率が2を越えることはまず不可能だという前提に立たなければならないわけでありますから、先進国の水準を維持していくために、女性に生産や労働面でちゃんと働いてもらうという政策がなければ、この国は成り立っていかないことは明白であります。

 第二点目は、これだけ産業構造が大きく変わる時代、つまり極論すると軍隊でも、トラックの運転手でも、建築現場でも、女性が働くことができる、腕力が必要ない労働スタイルになってきた。もっと言えば工場やオフィスに行かなくても労働が出来るという時代になってきたというこの労働形態・産業構造の変化に対応した労働政策がなければならないと言うことです 。

 また、スウェーデンでは労働力に関してですね、我々の労働力というのは10年で陳腐化するというのがいわば政策の発想になっているそうなんですね。その場合、10年たった労働者は新たな技能・技術を習得するためにどうするか、そこにこそ政府の出番があると考えているんです。つまり、一年間皆さん方に会社を休んで結構ですよ、職場を休んで結構ですよ、大学でも大学院でもあるいは専門学校でも行ってくださいよと、こういう政策がヨーロッパ・先進国で行われている。そうでなければ10年に一回、新たな技能能力を獲得するようなことは一般的には当然困難となります。

 こうした、産業構造の変化を見据えた労働政策の必要性は今明らかになっているわけです。

 そして、明らかになっていることの第三点目は、グローバル化、国際化の中で、外国人労働者の存在を抜きにして、この労働市場の問題を考えることが出来ないということです。これは今の世界的な流れであります。国境措置を作っていくら防いでも、措置を講ずれば講ずる程、抜け道を作ろうとする者が出てきます。そしていわゆるKSD・アイム・ジャパンの問題のようにそこに利権が生まる・・・こういう構造です。この外国人労働者の受け入れ態勢をどうするかという政策が必要です。

 

 以上の三つの労働政策の必要性は皆さんもご同意頂けるかと思います。しかし、労働省は以上の三つの問題について、全く労働市場政策を持っていなかった。この時代になって極めて明らかになってきたこの三つの労働市場問題に労働省が全く有効な政策を出せなかった。ほんとは遅くともこの10年の間に対策が必要だったというのが私の考え方でありますが、一切無かったというのが今の実体であります。これはとりもなおさず---労働省には赤松良子さんなど有名な女性幹部もいたわけでありますが---日本には適切な女性政策・女性を社会の中に積極的に組み込んでいこうとする政策が存在しなかったということでもあろうかと思います。

 

<KSDの問題をどう見るか>

 話は飛びますけれども、私はKSD(中小企業経営者福祉事業団)の事件について個別・批判的に調べたり追及したりしてきています。この事件を先の労働政策と絡めて見るとどうなるでしょうか。

 まずは、外国人労働者に対する無策問題が一つ。単純労働をする外国人の入国を原則禁止にしておいて、特定の団体だけが相手国・途上国の政府等と話をつけてくれば労働力を移入できるという、アイムジャパン(中小企業国際人材育成事業団)問題がありました。あくまで外国人労働者の「本国での職種」の技能向上のための研修が目的の「技能実習制度」というのを労働省が中心になり作りました。---この技能実習制度自体も問題があるんですが---しかし、アイム・ジャパン問題ではこの技能実習制度を歪曲し、実際は職種も研修も関係なしに、ただ中小企業の人手不足を解消するためだけにインドネシア労働者を産業廃棄物の処理場や建設現場に放り込むというような無茶苦茶なことを行っていました。これを巡っての汚職の一つが金をもらってした村上の質問だったり、小山の質問だったわけです。つまり、労働省が自民党議員に引きずられる形で、技能実習制度を歪曲し、他方で、アイム・ジャパンにOBを天下りさせるというような構図があったわけです。

 もう一つは、産業構造変化に伴う我々の労働能力をどう作り替えていくかということについて、労働省が全く手をつけてなかった、誠実に考えてこなかった点。これが「ものつくり大学」の問題です。今構想されている「ものつくり大学」がどこまで有用性があるか私には分かりません。つまり、日本は高度成長期に工業高等専門学校をつくり、工業高校で、優秀な人たちを教え、大学の工学部・大学院、そして各種専修学校、なんとか学院といっぱいあります。あるいは、県立職業訓練校から雇用促進事業団のハイテクセンターとか等々、いっぱいある。それと違うものつくり大学というのは私立の大学でやることにどんな意味があるのか、私にはそこのところが全然分からないんでありますが、まあ、でも民間がやろうとしているんでありますから反対すべき事ではないのかもしれません。ところが、お金が集まらない。お金が集まらないから、私立大学としても、税金を放り込む、皆さん方の雇用保険・労働保険を放り込む。こういうことが村上の手によって行われたということがもう一つの「ものつくり大学」の話であります。

 

 このように、KSD事件というのは、産業構造変化に対応するための政策、及び外国人労働者に対応するための政策に対する失敗、並びに与党政治家と労働省の癒着、をあぶり出した事件であったというのが私の一つの見方であります。採るべき政策をとらず、女性問題も真剣に考えず、KSD事件を招いてしまった労働省の存在といいますのは今の日本にとって諸悪の根元のようなものだと私は思っているわけです。

 

<女性が住み良い社会が男性も住み良い社会>

 先ほど申しました労働市場政策の三つの柱。この三つの柱のうちの大きな一つは女性の出生に関する同意・社会参画の問題です。いま、先進国の出生率の低下が止まっているという事実があります。出生率が上向き加減に回復しつつある国---もちろん出生率が2を越す様な国はまだ出てきていませんが---は女性労働者、働く女性の人々をきちっと位置づけているという事実があります。平易な言葉で言えば、「偉い女性」が出れば出るほど出生率は上がっているという事実があるんです。普通は偉い人というか、管理職になったりした人、まあ知事さんも出てきましたけども、そういう人は子供を作るのは面倒だから作らないんじゃないかというのが、世俗で信じられている迷信なんですけれども、どうもそうではない。やはり、そういう、ある種の、管理職になって、人々・組織を統率する様な方は、お子さんが好きであるとか、お子さんを育てながら働くと言うことを常識だと思っているという風な方が多い、と言われております。

 つまり今の日本を考えると、女性のあり方の認識転換、女性の社会参画を積極的に推進する、という点に関して10年も20年も決定的に失敗をしただろうと思います。日本の企業社会が、ある種男社会で、会社のためにと思って犯罪をやってきた---私どもの同年輩の団塊の世代の人達が、学生時代に学生運動をやっていたけれども、会社に入って一生懸命働いたけれども、気がついてみたら拘置所の中にいた---とか自殺をしたとか、退職金がないようなことになってしまった、と言うような人がゴロゴロおります。そういう悲しいことをもう一度繰り返してはならない。繰り返さないためにも、男社会の論理の行き過ぎを改善するためにも女性の社会参画を積極的に進めなければなりません。

 そして、もう一つは、私たちの子供たちの世代とくに女性は、完璧に日本社会に絶望し始めています。絶望から始まって外国の方が住み易いと思うようになってきています。つまり、我々みたいにウエットに、「徳島に帰ってきたら、心が落ち着く」とか、そんなことさえ考えなければ、あるいはそこを割り切ることが出来れば、絶対にヨーロッパやアメリカやアジアに住んでもその方が日本より住み易い時代になってきているともいえるのです。

 確かに、今の政治は、未だに、女性を能力に応じて配置することが出来ない、女性にやる気を出してもらえるようなことをしない。むしろ反対のことばかりやっている。特に今の自民党の執行部の顔を見て頂いたら分かると思いますけれども、ああいう人たちが、女性と同じ目線で世の中のことを考えるということは絶対に出来ません。恫喝や、懐柔や、手練手管で人を使う方々には、女性の問題は思いもつかないことだと思います。そういう男社会で、通用してきた手法が、一切意味がなくなってきた。そんなことが通用する時代じゃない、このことが分からない人たちが政治の中枢部を握って、あれやこれやと対処型のつぎはぎだけをしている。

 この時代を早く終わらせませんと、それと先ほど私が申し上げた本格的な労働市場政策が展開できる政府とか政治を作らなければ、これから日本は危ういどころか先進国の仲間から確実にずり落ちていきます。特に、女性労働、あるいは、女性と男性の生活・教育におけるライフスタイルの作り方は、先進国の中で日本は大変遅れているのです。そしてまた、旧社会主義国が、市場経済化しました。この人達、女性が、それなりに、適切に配置されつつあるということが良くおわかりになると思います。

 そういう世界における実態の中で、日本は女性の位置づけをどうするのか、そして思い切って、実行出来るのか出来ないのか。このことが行政や、あるいは企業社会、全てに深刻に問われています。女性の社会参加・女性に住み良い社会づくりはこれからの日本の労働政策上も不可欠であります。そして、そのような社会は男性にとってもきっと有益な社会・人間らしい社会であろうと思います。

 そのためには、男性が、考え方も生き方も改めなければならないことが問題全体の7割ぐらいはあると思います。女性の皆さん方にも勇気を持って、いろんな場所で、堂々と発言をし、行動をしていただければ、幸いでございます。