大転換期に求められる政治 

仙谷由人

 

はじめに

おはようございます。

 この勉強会をはじめるにあたって、金融問題についての私の考え方をお話させていただいてから、丸2年もたちました。

 皆さんもお感じになっていらっしゃるかと思いますが、世の中が大変大きく、速く動いているような感じがいたします。2年、3年があっという間に過ぎ去っていって、めまぐるしく現象が変わるものですから、あたふたとついていくだけという気もしないでもないわけです。こういう時代には総括的に言いますと、広い、大きい、深い視野と言いましょうか、もう少し言いますと、新しいイデオロギーが必要なのかなという感じがしております。

 日本にとりましても明治維新以来、あるいは戦後改革以来の転換期であり、変革がなされなければならないと、おっしゃる方が多いわけであります。政治家もそういう前ふりをつけてしゃべることが多いわけですが、どう20世紀を総括して、21世紀のあるべき姿を、どのように構想するのかというのがなかなか出てこない。考えていないわけでもないし議論していないわけでもないのですが、成熟社会で、分厚く重層的に絡み合っているしがらみの中で生きておりますから、それを言ってしまうと、「とても正気の沙汰とは思えない」「そんな過激なことを言って・・・」と言われてしまう。だから、みんながリスクをとらず、なんとかなるのではないかということで来たのがこの10年であったのかもしれません。

 しかし、いよいよ政治のほうはそれでは持たない。もっと言えば、財政のほうがそれでは持たないということになってきました。

社会の変化と労働の変化

 昨日、東京大学の神野先生(神野直彦教授 財政学専門)と議論を闘わせておりました。神野説は、「市場経済というのは大いに進める。経済の世界で、これが最も効率がいいということは、世界でもほぼ認めざるを得ない。しかし、問題はここからであって、市場経済が活性化すればするほど、私的な領域で、とりわけ労働という側面から見れば、無償労働でこなしていた部分が、必然的に少なくならざるを得ない。そしてまたこの無償労働やもうけでない原理で働く部分がしっかりしないと市場も円滑に機能しない」ということです。

端的に言えば、戦後の日本をみていただければ、少なくとも親子同居から核家族へ、そして農村なり地方都市にばん居していた家族というものがバラバラになりながら、若い人は都市へ出てきて、都市化するという流れです。そこでは子供が親の面倒を無償労働で支える、家庭内で支える、あるいは家族一緒に農業をするという形態は必然的に少なくなってきたわけです。

 その次に、女性労働をどう位置づけるかということになります。日本はまだまだそこまできていないのが大問題なのでありますが、女性が自分を社会のなかにおいて実現したい、充実感を感じたいというふうになってきますと、当然のことながら、職場に出ます。そこに起こることは、今まで無償労働として行われてきた家事、育児、あるいは介護というものが、当然私的な部分でこなせなくなる。つまり無償労働でこなせなくなる。「社会科」するという言葉のもとに有償労働でカバーすることにならざるを得ない。

 日本は、出生率が下がってきています。外国の調査で、女性が社会で、つまり職業女性としての扱われ方によって出生率が変わってくる。女性がどんどん社会に進出して、そういうことが当たり前になる社会では、出生率が上がってくるという統計が出ております。パート労働とか補完的労働で女性を位置付けている間は、出生率は上がらない。しかし管理職や、エリートになった女性はこどもを産みたがるという傾向が諸外国ではある。

 そうしますと、育児関連、幼児教育というところから産業が活性化してくるというような雇用の問題、産業の問題としても転換してくるという調査結果が出ているわけです。

 やはり、今まで無償労働で、家庭内でこなしていたことを社会化するときに、どういう仕組みでやるのか、そこがうまくできませんと市場経済がうまく回らないということが、だんだんわかってきました。そこを税金だけでやるのか、市場原理を部分的に導入してやるのか、というのが次の問題になってきて、そこに国民の側から言えば、負担の問題が絡んでくるということになります。

 それは、結論から言えば、中央政府でやっていたんではだめなんです。あまりにも非効率だし,中央政府的規制の中に潜り込もうとするやつが出てくる。潜り込んで隙間産業みたいなことをやれば、そこだけ、富というか利益が偏るということが発生するということは、10年前のリクルート事件のときにも立証されたわけでありますし、あるいは今度のKSD事件もよく似た話であります。

 労働の問題というのは、少々大胆なことを言えば、日本の労働省の感覚というのはいまだに女工哀史とか、女衒の話とかタコ部屋の悲惨さということが頭から去らない。あるいは本当はそんなふうに思ってはいないけれども、建前としてそれを押し立てていけば、労働省の権益が守れ、仕事が増えるとでも考えているのか、いずれにしても、そういう発想での政策がとられてきたということです。

 97年でしたが、「日本の労働市場政策にはどのようなものがあるか」と労働省の役人を呼んで聞きました。彼らは堂々と胸をはって「そういうものは一切ありません」という答えでした。それが今でも変らない。

 

隙間ではびこったKSD事件

 労働力の問題というのは、リクルートの問題も、現在から見ますと、もうあのリクルートブックすらなくなる時代になった。インターネットによって、非常に厚いリクルートブックを学生のところに送ることはもうなくなったんだという話もあります。あの仕事自体は、情報化社会の中では重要な仕事で、全国いたるところで、ローカルな就職斡旋情報とか、就職情報とか、パート情報とかが出ていました。リクルートの江副さんがやろうとしたこと自体は大変おもしろいし、今の時代を見通した仕事であったということは言えると思います。

 問題は、そこに新卒生をめぐる、いわゆる青田買い禁止通達という規制があって、その規制をどうやって外すかというと、政治家を使うことが一番早い。政治家と話をつけるにはキーマンとキーマンを支える人におカネをばら撒いておけば、どこからも文句は出ない。こういう構造での汚職が、あのときの事件であったわけです。

 今度のKSD事件というのは、労働力の中でも、ひとつは外国人労働者をどうするのか。とりわけ、未熟練労働者を低賃金労働力としてほしいけれども、これをどうやったら、日本人がいやがる3K労働の職場に安く持ってこれるかという発想です。製造業や建設業、産業廃棄物処理業という、産業構造として基盤に近いところに、安い労働力をいかに導入するかという発想が、特にバブルの少し前ぐらいからありました。これを何とかしたい、しかし日本は、いわゆるエンジニアとか、リチャード・クーさんのような頭脳労働者については部分的に認めるけれども、単純労働者の受入れについては認めないというのが国是でしたから、それをどうクリアするのかということで考えられた。これがKSD事件のひとつの大きい核心であり、アイム・ジャパンの問題です。

それから、「ものつくり大学」をめぐる問題点というのは、技術革新によって技術は高度化するけれども、昔から伝承されてきた技術、技能というのものをどうやって残すのか、残さなければならないのかという発想です。日本の大学、特に工学部というものの位置付けが曖昧なために、ここの部分がエア・ポケットみたいな状態だったことは間違いない。

 そこで、「職人大学」、あるいは「ものつくり大学」をつくろうという動きが民間からも出てまいりまして、この計画を古関さんが掠め取った。特に政治の力をバックにして掠め取って、自分のものにしてしまって、大学の設置認可や予算づけに村上さんの力を借りて、大いに働いたという事件です。

 これは、技術の伝承や習得という話になっているわけですが、今の建築が、釘を一本も使わない昔から伝承されてきた工法から、釘を使うところを飛び越えて、接着剤でつくるような建築工法に、特に個人住宅などはなりつつある。木組みだけで地震にも強い住宅をどう残すのかとか、あるいはこれは郷愁なのかもしれませんが、宮大工のような存在をどう残すのかということは、考えてみればこれはこれで大事なことです。

 ただ、それを行うところが大学なのかということは、根本問題として考えなければならない。

 この間、憲法調査会で議論したり、昨日も日本の大学とヨーロッパの大学の違いということを議論しました。ヨーロッパの大学というのは、今すぐには役に立たないと思われることであっても、何百年先に役に立つかどうか分からないことをやるのが大学で、実用性のあることは大学でやるべきことではないという哲学があるようです。つまり神学、哲学、美学、歴史学、理学、これが大学の中心で、経済学なんてのは、わりと下賎な学問として、ロンドン大学なんかでも扱われているという説もある。工学は大学の学部として認められなかった。だから日本が明治維新後に東京帝国大学をつくったとき、工学部をつくったということは、世界水準からいっても非常に早く、極めて奇異なものだったということです。

 「ものつくり大学」というものを考えてみれば、ドイツでは、マイスター制度といった職人が伝承していくような学校がある。日本では、職業訓練校というのがある。工業高等学校がある。工業高等専門学校がある。大学の工学部がある。大学院がある。工学系統でもこれだけのものつくりに関する学校がある。そして今やハードのものつくりだけではないと考えると、専修学校、専門学校まである。「ものつくり大学」というものがどこに位置付けられるのか全く解らない。産業構造を転換し、それに対応して労働者の労働の質の転換が行われなければならないというこの時代に、そうした議論もなく、それでも作ろうとしてスキャンダラスに出てきたのが、この「ものつくり大学」の問題ということになるんだろうと思います。

 KGSというのは、「ものつくり大学」になっていく財団です。KGSから98億円もの金が「民間寄付」としてものつくり大学設立準備財団に流れていますが、実は純粋に民間からは3億8000万円しか集まらなかった。98億円のうち、31億円がKSDからKGSに補助金として渡されて、残りが国の労働保険特別会計から民間寄付金という名前で渡されたカネということになる。このカネの支出のかさ上げをめぐって、亀井さんが声をかけた(その結果労働保険会計からものつくり財団の流れた金は焼く100億円ということになりました)というのが昨日の決算委員会での答弁ということになります。

 当然のことながら、これを行った中心人物は村上さんであります。手足が小山さん、応援団が亀井さんという絵で行われたということであります。

 

KSD事件と政局

 前置きが長くなりましたが、そんなことで、1月31日から始まる国会ですが、政局がどうなるか、当然のことながら、最初はこのKSDの問題で大きく動くか動かないのかが決まってくる。

 連日、新聞にKSDのスキャンダルが出ています。しかし、今日の朝日新聞が1面トップで報じた「村上議員の5億円負担」、それから先日の朝日新聞の「KSD政界へ20億円超」という記事は、実は週刊朝日が去年の11月には記事にしていたものです。

 自民党の政治資金収支報告書をつぶさに調べて、KSD豊明会を通って自民党に一旦渡されて、還付金として村上さんのところや豊政連に還ってきているということはほぼわかっておった話です。

 その情報をキチッと仕入れて、KSD事件とカネの動きはこうだということを整理して、去年の11月20日の予算委員会でパネル(図-1)で説明しようとしました。ところが、自由民主党に20億円以上と書いてある部分があり、これを委員会で使うことはまかりならんという与党の勢力に押されて、使えなかったわけですが、この絵がおおよそ今も変わらない。

KSD問題(図-1)

 この近辺におカネが動いておれば、当然刑事事件になる可能性が高い。そこに、職務権限がなければ、ロッキードのときのような灰色高官という言われ方をされる。小山さんの場合は、99年の小渕内閣の労働政務次官になって、予算をどうするかという立場にありましたから、職務権限の中に当然入ります。小山さんが予算について声をかけていれば、収賄が成立する可能性が甚だ強いということになります。村上さんがいっしょにやっておれば、これは身分なき身分犯と刑事事件上では言いますが、非公務員が公務員と一緒に行った行為で、これを共同謀議でしておれば犯罪が成立する。亀井さんも同じことになる。そこまで拡がるのかどうかがこれからの問題であります。

 小山さんが逮捕されたのが1月16日です。18日に拘留決定が出て、27日が一応の拘留満期です。次の拘留満期が2月6日になります。国会が1月31日から開かれる。

 私の見方でありますが、古関さんは、最初は愛人のためのカネの捻出というくだらない横領容疑で逮捕された。次は歌手のCDを買ったという背任容疑で、逮捕された。これも女性がらみで大したことではない。

 ところが被疑者の側からみますと、大した話ではないことで逮捕を繰り返されるのは大変疲れるんです。なんとなく大事件の主役にでもなればいいんですが、愛人のために公金をくすねたみたいな小汚いことを新聞に大きく報道されていると思うと、本当に被疑者は打ち萎れて疲れます。

 しかし、古関さんは昨年中はあまりしゃべっていなかったというのが実態だろうとみています。

 ところが、これも弁護士の経験から申し上げると、年末年始が被疑者の心理にとてもクセモノなんです。年末年始は接見できない期間が一週間ほどあります。弁護士も会いにいけないのが一週間近くあります。あそこで食べるおせち料理がどんなものか知りませんが、この年末年始というのは被疑者心理としてはものすごく里心がつくんです。ここに検事がつけ込んで、「本当のことを言えばすぐにでも出ることができるんだけどな・・・」というと、古関さんも80才近い老人ですから、里心がついて、次から次へと検察の言うことを認める。

 この種の事件の姿というのは、強制捜査が開始されたときにはすでにおカネの流れがかなり洗われて、明らかになっているんです。それが事件になるかどうかは、おカネの流れの"意味"如何なんです。おカネというのは使い道によって意味が変わってくる。ですから、そのお金の趣旨をどういうふうに話すかということが、まさに証拠になります。あくまでも私的な儀礼上の問題だと取り繕えるかどうか、反対からいうと袖の下になるか否かが、収賄事件の本質です。

 先ほどの20億円のうち、いわゆる表金的に支出されている分が相当あります。17億円の党費立替等であります。しかし、今度はこの出所が問題になります。これだけ大きい金額になりますと、出所如何によっては背任の問題が出てきます。

 それから、96年に古関さんがKSDから持ち出した1億円のうち2500万円が行方不明になっていて、これが自民党の8人の議員に配られたという報道がありました。私もこの事件を見ておりまして、これは相当の裏金がどこかに流れているなと感じておりました。

 裏金というのは、当然どこかにやましいところがあるのではないかという話になるわけです。政治家の側から言いますと、裏金をもらったことが発覚すれば、その趣旨について探られるし、よくて所得税法違反で「ごめんなさい」というしかないということになるわけです。

 つまり、政治資金として受け取ったものでなければ、これは裏金となるのは当たり前です。この裏金がどうやってつくられて、どのぐらい渡されたかというのが、明らかになっておりまして、今噂されている議員の方々も相当寒い。

 職務権限があって、何らかのものを頼まれたというときから遠く離れたときにもらっていたものであれば、いわゆる汚職、収賄にはならないわけですけれども、政治資金規正法がある。これが時効になっても所得税法違反が待っているという非常に背中が寒いという話になるわけですし、事件がここまで大きな話になると、そういうことで名前が出るとロッキードやリクルートのように政治生命が少々危殆に瀕することもあるのではないかと思います。

 そこで、もうひとつ、お話しておきたいことは、いろんな新聞がここに出ているようなことを1面トップで書くということはどういう意味か。2ヶ月から3ヶ月も前に解っていることを今トップ記事にするということは、検察官がついにそういう調書がとれたということをどこかに流したか、どこかから漏れて、この筋の証拠ができたという意味に受け止めていただければいいと思います。

 これだけ巨額な党費の立替というものがあったとすれば、古関さんにとっては、当然のことながら背任問題が浮上します。つまり、KSDからKSD豊明会に年間30億円ほど補助金が流れていますが、その補助金の中に、年間2.5億円という党費立替分が入っておるということが許されるかどうかということです。これはKSDという社団法人からみれば、理事長の背任行為ということにならざるを得ない。それがぐるっと回って村上さんの政治団体か、村上さん個人の懐に入っていた。

そして幽霊党員をつくることと、KSDのおカネを回して、党費を立替えることをやることを、最初から村上さんが知っていたというところまで明らかになってきますと、村上さんも背任の共犯ということになる可能性が十分にある。

そんなことで捜査は進んでいるんだろうなとみております。この問題はきわめて古典的で、古くて新しい問題でありますけれども、ドイツやフランスやアメリカをみておりましても、人間の世の中と片付けるのか、あるいは市場経済の中で、全く自由ということではなくて、何らかの規制があって、それを政治力でくぐりぬけようとする欲望を抑えることができないとすれば、腐敗の問題というのは、やはり永久の課題なのかもしれません。

 それを自浄していくのは、システムの問題であると同時に、政権交代して権力が代わる。あるいはシステムとしては調査を第三者がキチッとできるということ以外にはないと思います。

 外務省も今度の機密費の横領というものを避けるとすれば、一定期間は、その人をその職から離して、それを調べるということがシステムとしてできておりませんと、そこに間違いや問題や事件が発生するということは避けられません。そんなことを、先般、外務省のキャリアと話をしておりました

 欧米流の長期間のバカンスというのは、その間に別の検査官みたいな人が机をあけて、何をしているのか、あるいは仕事の書類をみて間違いがないかを調べる期間だということも聞きます。これが本当かどうか知りませんが、そういう性悪説にたったシステムを構築するしか方法がないのかもしれないとも考えております。

 今、自民党あるいは与党の中がどうなっているのかわかりませんが、KSDにからんで公明党が独自のクリーンさを主張したいという衝動にかられると、ある種中途半端な態度に出てくることは間違いないわけでありますから、与党内もギクシャクしますし、与野党の関係もそれほどスムーズにはいかなくなって、政局が二転三転するんだろうと思います。

 

マーケットとの関わり

 ―日本の経済状態―

 そこで、日本経済の雰囲気を、私がお教えをいただいている人からのデータを拝借してきました。お気づきのように日本の経済はなんとなく暗雲が晴れないというか、ついに、水面下の景気循環、水面下というのは0%以下という中で頭を打って、下降局面に入ったんではないかと私は見ています。

 12月の日銀短観(図-2)を見ていただきますと、0から上にあったのは大企業製造業だけですが、それも9月期ごろから腰を曲げて、下を向いてきました。非製造業はずっと悪くて、水面から浮かび上がっていなかったというのが実情で、どうも景気循環の山からみるとそういうことなのではないか。

(図-2)短観(概要)〜2000年12月〜

 

 

(図-3)に家計調査があります。今日の日経新聞の「大機小機」にもありましたが、依然として実収入がマイナスですし、消費もマイナスです。前年と比べてどうも名目があがってこない。

(図-3) 表1 10大費目の内訳(平成12年11月-全国・全世帯)

 

項  目

 

金 額(金額)

対前年同月増加率

名 目(%)

対前年同月増加率

実 質(%)

実質増加率への

寄与度

摘  要

消費支出

296,439

-0.2

-1.3

-1.3

食  料

70,532

-2.8

-1.6

-0.38

(減少)果物、外食、穀類、魚介類、乳卵類、肉類、菓子類、飲料、野菜・海藻

(増加)酒類、油脂・調味料、調理食品

住  居

22,258

-0.8

-0.5

-0.03

(減少)家賃・地代

(増加)設備修繕・維持

光熱・水道

19,325

1.6

0.5

0.03

(増加)電気代、上下水道料

(減少)他の光熱、ガス代

家具・家事用品

11,199

-6.3

-2.9

-0.11

(減少)家事サービス、家庭用耐久財、家事雑貨、室内装備・装飾品

(増加)寝具類、家事用消耗品

被服及び履物

16,041

-13.7

-12.0

-0.74

(減少)生地・糸類、和服、被服関連サービス、下着類、シャツ・セーター類、洋服、履き物類、他の被服

保健医療

11,628

2.3

2.4

0.09

(増加)保健医療用品・器具

(減少)保健医療サービス、医薬品

交通・通信

36,115

6.1

6.3

0.71

(増加)自動車など関係費、通信、交通

教  育

11,653

8.6

7.4

0.26

(増加)教科書・学習参考教材、授業料等、補習教育

教養・娯楽

28,586

-7.1

-6.2

-0.62

(減少)教育娯楽サービス、教養娯楽用品、教養娯楽用耐久、書籍・他の印刷物

その他の消費支出

69,101

-3.0

-

-

(減少)交際費、こづかい

(増加)仕送り金、諸雑費

(図-3) 表2 収入及び支出の内訳(平成12年11月-全国・勤労者世帯)

 

項  目

 

金 額(金額)

対前年同月増加率

名 目(%)

対前年同月増加率

実 質(%)

実質増加率への

寄与度

摘  要

実収入

455,366

-0.1

0.6

0.6

 世帯主の定期収入

377,957

-0.2

0.5

0.38

 配偶者の収入

43,902

-5.5

-4.8

-0.49

  (うち女性)

43,513

-6.2

-5.5

-0.57

 他の世帯人収入

10,855

-7.5

-6.8

-0.18

非消費支出

75,174

-3.4

-

-

可処分所得

380,192

0.6

1.3

-

消費支出

312,376

-3.0

-2.3

-2.3

 食   料

71,764

-2.1

-0.9

-0.20

(減少)魚介類、穀類など

 住   居

21,964

-8.0

-7.7

-0.57

(減少)設備修繕・維持、家賃地代

 光熱・水道

19,024

0.6

-0.5

-0.03

(減少)他の光熱、ガス代など

 家具・家事用品

11,898

-0.6

3.0

0.11

(増加)寝具類、室内装備・装飾品など

 被服及び履物

16,594

-18.3

-16.7

-1.06

(減少)生地・糸類、和服など

 保健医療

10,876

3.2

3.3

0.11

(増加)保健医療用品・器具、医薬品

 交通・通信

42,275

8.1

8.3

1.01

(増加)自動車など関係費、通信など

 教  育

13,795

-5.1

-6.1

-0.28

(減少)補習教育、授業料など

 教養・娯楽

29,129

-6.2

-5.3

-0.51

(減少)教養娯楽サービス、教養娯楽用品など

 その他の消費支出

75.058

-4.1

-

-

(減少)こづかい、交際費など

平均消費性向

82.2

(前年同月)

85.2

(ポイント差)

-3.0

 先般、地元で、下着の製造販売をしている会社へ久しぶりに訪問してまいりました。この方は、国内に持っていた2、3ヶ所の工場を徐々になくして、10数年前から中国に合弁で製造工場をつくって、中国で作った下着やエプロン、Tシャツといったものを、1枚1ドルで輸入してきています。

 当然、円高になればなるほど儲かる。1ドルで持ってきて150円でスーパーに卸す。スーパーが3枚一組にして980円で売る。そんな感じでやっている。

 先般行きましたら、とにかく量がはけないことはない。何%かは伸びているんだけれども、売上が名目で5%落ちたと言っておりました。

 国内で縫製工場をやっていこうとしている方はもうガタガタです。

 これも徳島の話ですが、縫製工場をやっている健気な経営者に会いました。徳島には東邦レーヨンという会社がありました。ここには私の子供の時代には何千人もの従業員がいて、税金が安くて、教育水準が高い人が多いといわれた町でした。よその県の人が、特に若い人たちが移り住んできて、いい賃金で働いて、家を建て、子供を育てるというみんなのあこがれの町でありました。

 ところが、この東邦レーヨンが閉鎖するということになりまして、この縫製業の人が「それはそれで仕方がないんだけれども、身近なところで材料を作ってくれるところがなくなると、やはり困ることがいっぱい出るんですよ」といっていたことが印象的でした。

 製造業が、軽工業も重工業も中国を中心にアジアに移っていくということを、どう止めていくのかということを政策的に考えませんと、このデフレの進行は止まらないという感じが私はしています。

 どうしたらそういう政策展開ができるのかということはよくわかりませんけれども、関税障壁で止めるということは、国際問題を引き起こすだけですからありえてはならない。

 この問題は為替レートをいかに適正に、購買力平価に近いところに保つかということと、金融・為替政策でやるしかないわけですが、日本の金利はかぎりなく0に近く、マイナスに金利をつける金融政策というのはありません。したがって、殆ど手足を縛られている状態で、為替も金融もいじれないという構造になってきているので、非常に苦しい展開になるだろうと思います。

 そしてまだきちっとした統計が出ていませんが、日本も年間10兆円ぐらいの外貨預金、あるいは外債購入という家計レベルでの資金移動が始まりつつあるようです。それから、昨日、貿易収支の経常黒字の額が減ってきたと発表されました。これはなかなか悩ましい話だと思っておりまして、先ほど申し上げた、中国が、(中級品を中心にして)世界の工場になりつつある。

 日本の電気産業、特に家電部門は、5年くらい前から、従業員の数でいうとアジアにおいて80万人、日本の電機連合組合員80万人というのが、よく聞かされた話です。製品の比率は多分5対5から7対3ぐらい海外生産の方が多いようです。

 トヨタも今年の6月、中国で生産開始するということになっています。今までもいわゆる先進国の中に立地をしておりますが、これからは中国です。これを中国国内だけで売ってくれるのであればいいのですが、当然のことながら安く作った自動車を日本に輸入するという、中国からすれば輸出する可能性もあります。

 

マーケットとの関わり 

―アメリカ経済を点検する―

 日銀短観と家計調査を中心にして、どうも下向きになりつつあるのではないかと申しました。それは、ナスダックを中心としたアメリカの株式市場の崩落が、日本の証券市場に波及してきた。単なるカネの動きだけではなくて、一番問題なのは、アメリカの消費がどうなるのかということだと思います。

 ナスダックの市場が象徴的に表しているように、ナスダックが97年からたった3年ぐらいでここまで上がっていたんだなというのが(図-4)に見て取れます。去年の3月には5048ポイントをつけていたものが、今日あたりは2800ポイント(三月九日時点で二〇五二ポイント)ということですので、たった1年弱で半分に落ち込んでいるということであります。

グラフ ナスダック

 この山の分析をされている方によりますと、日本の株式市場が、1989年12月26日に39864円の最高値を付けたときからの落ち込みと、ほとんど重なるそうであります。同じような落ち方をしている。それでいきますとナスダックは、当初の出発点が1300ポイントぐらいのところから始まっていますから、最終的にはどうもそこまで落ちるんではないか。

 朝、テレビを見ていましたら、マイクロソフトのビル・ゲイツが出ていて、「これからは家電の業界とインターネットの業界が統合する画期的な時代を迎える」と言っていました。たしかに時代としてはそう動いていくと思いますが、われわれの父母の世代が3Cを追い求め、競って買ったように、デジタル家電がはたして爆発的な売れ方をするのだろうか。

 冷蔵庫の扉にインターネット端末が埋め込まれてこれを操作すると、レシピが出てきて、今日の食事をどれにするかを選ぶ。材料のところで探すと、どこかの小売店につながって1時間後に材料が送られてくるので、レシピにしたがって調理する。便利は便利だけれども、とりあえず冷蔵庫はあるのに、値段が倍以上するものを果たして本当に買うだろうかということを考えると、あまり爆発的にとはいかないのではないでしょうか。長期的にはそこへいくと思いますが、この1〜2年は特に、望み薄だろうと思います。

(図-5)はフィラデルフィア市場における半導体製造会社の株価指標です。株価崩壊の兆しが現れている。97年、98年のレベルに近づきつつあります。

グラフ フィラデルフィア市場

(図-6)のコスダックは韓国のIT産業が上場されている、日本のジャスダックと同じような証券市場です。韓国が最近またもうひとつ調子が悪くなって、おかしくなっているというのは、新聞紙上で散見されると思いますが、これを象徴するのがコスダックであります。

KOSDAQ

ニューヨークダウ(図-7)、つまりオールドエコノミーの世界が割と堅調だというのは、それほど山が高くなかったということでありますけれども、これからいわゆるIT関連を中心とする設備投資がどうなるのかということによって、こちらのほうも引っ張られるんだろうと思います。

グラフNY DOUW(dnily)

(図-8)は、アメリカの鉱工業生産を示してありますが、IT関連というものが、どういう成長の仕方をしたのかといいますと、コンピューターと半導体と通信機器を除いた製造業の世界では、ほとんど伸びていない。あまり成長していないという姿です。そして、コンピューター・通信機器・半導体だけが1992年から13倍も伸びたということがわかると思います。つまり、IT関連に引っ張られて株価が上昇し、その資産効果で消費が拡大したというのが、この10年近いアメリカの景気の拡大、あるいは経済成長だったといえると思います。

グラフ米国の鉱工業生産

 

それが、同じようなグラフですが、(図-9)をみますと、どうも2000年11月をピークに下向きかけているのではないかとみてとれます。 

グラフ米国の鉱工業生産

 やはり人間のすることは日本人もアメリカ人もヨーロッパ人もあまり変わらない。市場競争の苛烈さというのは、そういうことになるのかなという気もいたしますが、(図-10、図-11、図-12)はロンドンエコノミストから転載したものですけれども、要するに今の世界中のNTTを除く通信会社の債務が(図-10)です。98年と2000年を比べるとこんなに借金が増えたという話です。大変大きな借金です。その(図-11)も同じようなことで、通信系の借金と他の企業体の借金です。企業体別にみても、テレコム系がいかに借金をしまくったかというのが、この2年間の姿です。

 最近の新聞を見ると、ひとつはどこかでM&Aをやったという記事、もうひとつはヨーロッパでは電波を入札にしたという記事ばかりです。

 ここだけの話ですが、これは本当は財政再建の奥の手なんです。 ヨーロッパの財政再建は、この入札に助けられている部分がずいぶんあるのです。日本の大蔵省も通産省もわかっているようですが、言いません。デジタル時代に電波を入札すれば、日本政府にも兆円単位の金が入ってきますから、われわれが政権をとったらぜひこれをやらなきゃいけないと思っています。(ただ、このような自由化をしますと、許認可権を行使しての言論統制はしにくくなる)。

 だけども、通信会社はこの入札競争の中で金を使わざるを得なかった。シェアを拡大するために、どこかの国の通信会社を買い取ろうということに精力を注いだ結果、これだけ借金が増えたということです。

 それから、(図-12)は証券市場におけるテレコム会社の株価がこれだけ落ち目の三度笠に入っているということです。

 この数年のアメリカを先頭とする景気拡大は、文字通りITが主導する経済成長だったということは間違いないわけでありますが、そこが人間がやることでありますから、身に過ぎたことをやると言いますか、オーバーキャパシティーになっている。つまり供給過剰の体制を作ったということです。そして供給過剰の裏側にあるのが借金の過剰、つまり過剰債務ということになってきている。

 (図-13)が、アメリカの資金調達の推移で、借入れがずっと増えつづけていることを示しています。つまり直接金融の国、アメリカの事業会社も株式でエクイティ(新株発行)をやって資本を調達するのではなくて、銀行借入れに頼って、極端な例はこのテレコム会社、通信会社のようなことが、今、起こっているようです。

 ここからは大変厳しい話になってきますが、今日本の株価対策ということで、まったく金融の分かっていない自民党の人たちと、ひどいアドバイザーが、金庫株とか何とか言い出しました。

 アメリカの会社がやっていることは、"過ぎたるは及ばざるが如し"でありまして、この間やったことは、社債を発行して、あるいは銀行からお金を借りて自分の会社の株を買い、それを償却する。そうすると株価が上がって時価総額が高くなる。これを繰り返してきたわけです。

 そうすると何が起こったかと言うと、借金が増えているわけです。それと、設備投資も増えた。ここに過剰が来たときというのは日本のバブル崩壊の時とほとんど構造が変わらないということに、企業サイドはなってきつつある。アメリカは貯蓄率がマイナスに入っていますから、何をしているかと言うと、彼らは株を買って、その資産効果で株価が上がり、いくら上がったから車を買うということで、重装備のキャンピングカーのようなものを若い人が買ってみたりする。そういう時代がアメリカでも、一時であるかもしれませんが、終わりつつある。アメリカは日本と違って、やるときはドラスティックにやります。マーケットに任せますから、財政赤字をどんどん作って、これを維持すると言うやり方は多分しないと思います。せいぜい金融政策ぐらいしか発動しないと思いますので、そうなりますとアメリカの回復は2〜3年かかるけれども、その後にはアメリカはもう一遍上昇気流に乗るだろうという見通しが多いようです。

 

政策の大転換が必要

 今、株価動向を象徴的な事例として、日本の経済をどう立て直すのか。はたして金融機関は、特に中小の銀行を中心に、この先その経営を維持していけるのかという課題が第三次金融危機として喧伝されています。

 加藤さんも、山崎さんも、そのグループも、我々も悩ましいけれども、やはり経済政策を大転換しない限り、もっと深刻な事態になるという危機感をもつべきところです。

 中央政府が、どこまで何をやるのかということを限定し、できる限り増税をしないという政策を打つ以外、日本には生き残る道はないのだろうという気がします。そのための政策として、論理性のある、先が見える政策を打たないといけない。盛りだくさんだけど何がしたいのかわからないという政策が行われるような政治ではいけないと思います。

 そこはやはり政治の本当のリーダーシップが必要で、いままでみたいに寄せ集めの誤謬とか、選挙のための政策ということが、行われていいはずはありません。

 先般もこういう話がありました。

 お酒を販売する小売店の話でありますが、酒類管理士という制度を作るということで、昨年の暮れに全国小売酒販組合中央会が酒類管理士協会という任意団体をつくって、管理士登録料として、店主から1万円、従業員及び家族からは1人5千円を集めました。年が明けたら酒類販売管理士法案が出て、それが通ったら資格をとるのが難しくなるからという説明であります。

 酒類販売の管理士などという資格を作って、金を取るのもいかがなものかと思いますけれども、自動販売機でお酒を売って、青少年たちがそれを買って、それが非行に結びつくのであれば、自動販売機の方を問題にしなければならない。管理士であろうとなかろうと青少年にお酒を売ったのであれば、酒類販売免許を取り消せるようになっているわけですから、それはそれで一つの抑制効果が効いていると思います。

 自民党は一方で、公益法人の改革とか、廃止を言いながら、また一方で、酒類販売管理士などというものを作る。これを堂々と出してきて、年内に駆け込みのように金を集める。自民党の体質は依然として変らない。

 そして昨年の11月20日の予算委員会でも、建設業などにあるおびただしい資格とそのための受講料、手数料が「第二の税金」だと申し上げたのですが、ほかのところでまだ資格を作ろうとする。資格を作って、公益法人が講習をして、研修をして、その料金で天下りが生き長らえていく。このようなことが行われているのは本当に情けないし、こんなことは早くやめなければならない。

 参議院選挙の直前になると、業界の縦割りの締め付けがありますから、必ずサムライ(士)資格を増やそうとしたり、サムライ資格の仕事を拡げたり、縮めたり、特権的にしたりしようとする。"なんとか士"というサムライ(士)資格というのが、日本には掃いて捨てるぐらいあります。その人たちの陳情を受けて、それで引き換えに党員名簿をもらって、党員まで取り上げて、何か手直しをして、ある種の閉ざされた利権を与えてやるということを今だに繰り返している。

 久世さんの事件でもそうだったのですが、この政治というのを予算の関係でいえば、 部分部分を寄せ集めて、全体にすると正しいことができている、それが民主主義だ、みたいなことでここまでやってきた部分があるんじゃないかと思います。

 これは合成の誤謬とか、寄せ集めの誤謬とか、誤謬であるか正しいか別にして、これでは成り立っていかないということがはっきりした。特に、財政の方からみるとはっきりしてきた。

 

財政構造改革へ向けて

 日本はここまで来まして、そろそろ財政規律を確立しませんと、財政の方から破たんする。今日、日経新聞をみておりましたら、ついに地方自治体の単独事業は、計画の半分以下ぐらいしかできていないところに完全になだれ込んでいる。地方選挙が行われますと、財政が赤字になっている首長は相当苦しい戦いを強いられるでしょう。

 「皆さん方に対するサービスを、今まで余分なものに使わなかったためにこんなに健全な財政です」と自慢できる首長が選挙に勝てるのではないでしょうか。

 徳島市長選挙が28日から始まりますが、市内でも、「自分の住んでいる市の借金はどれくらいあるのだろう」「徳島市は公債比率が13%だと聞くけれども、隣の鳴門市は財政再建団体に落ち込む可能性がある」というような話が市民の間でかなり出ていますから、財政の問題というのは相当効いてくると思います。現実に公共事業を地方に押しつけてきたというやり方が限界にきていることは間違いありません。(徳島市長選挙は自民党と袂を分った現職を民主党が推薦し、同氏がダブルスコアで自民党推薦候補を破った)

 やはり財政の問題が煮詰まってきますと、一歩も前に進めず、後ろにも退けないということになりますから、当然税の問題、国民の負担の問題になって、国民が使い方に文句をつけるということが本格的に始まるんだろうと思います。

 大きく言えば、税が、国・地方政府のどういうところに、どれくらい使われることに辛抱するのか、あるいは満足するのかということがひとつは問われます。さらに、公共的なサービスというものが必要はないのか、必要だとすれば、誰がどのように負担して、どこで行うのが一番効率的なのかという、次の問題に入ってくると思います。

 

政治のリーダーシップとは

 全体的な合理性を追求すること、それが政治だ。そして政治主導というのは、内閣総理大臣がやる。そのために内閣府を作った。そのために経済財政諮問会議を作った。そこで、「今年は総額をいくらにし、そのうち社会保障をどうする。どれくらいの比率で伸ばす、伸ばさない。公共事業を伸ばす、伸ばさない。防衛費をどうする。」それくらいの大枠だけは内閣府で議論をして決めて、それを国民に示して、「だからこういう世の中になりますよ。細部は各省庁で説明します」ということが、政治主導ということではないでしょうか。

 各省庁の各部局から対前年比の何パーセント増という要求があって、それを寄せ集めると82兆5千億になりましたとか、それではお金が足りないから借金しますとか、増税しますとか、こんなやり方では政治主導とは言わない。

 参議院選挙で財政の問題が問われるということは、実はそういう資源配分の問題であると同時に、資源配分を誰が仕切るのか、つまり政治主導とは何なのかということが問われているということです。

 

大転換期に求められる人材

 先般、あるテレビ関係者の新年会がありまして、そこに谷垣禎一さんや塩崎恭久さんという加藤派の方々がおりましたし、甘利明さんという山崎派の人がきておりました。皆さん恭順の意を表しているような雰囲気もありましたが、甘利さんは自らを反乱軍と呼んでおりまして、「鎮圧されたけれども、これからもやるんだ」みたいなことを言っておりました。

 今日の新聞でも加藤さんが「旗は降ろさない」なんてことを言っていますが、経済、財政の問題を中心に、3月なのか、6月なのか、あるいは参議院選挙後なのかわかりませんけれども、このままでは日本の国が如何ともしがたくなる。沈没するという危機感に襲われている。意識のレベルの問題はありますけれども、そういう気持ちがあることも間違いではないと思います。

 昨年の加藤の乱の後に、「まああれは"蛤御門の変"ぐらいで、その次は必ず"鳥羽伏見の戦い"が起こるでしょう。そのときに、高杉晋作や村田蔵六のような人、当然ながら桂小五郎のような人が、蛤御門で負けた長州藩の人たちに必要なんじゃないですか」と、加藤派のある人に冗談ながら言ったんですが、どうも実際にそうなるような予感がいたします。

 だから、村田蔵六や高杉晋作、西郷隆盛や大久保利通みたいな人がいるのかどうなのかというのが、政界のみならず、日本人に問われている問題だと思います。

 そこで、明治政府が廃藩置県、版籍奉還というきわめて大胆な改革政策を行ったような、同じくらい質的に大胆な改革がその後必要になってくるんだろうなと思います。

 先日、民主党のネクスト・キャビネットの勉強会で、日経新聞論説副主幹の田勢康弘さんに講師として来ていただきました。そのときに持ってこられたのは、永野護さんの「敗戦真相記」という自由国民という雑誌に掲載された論文でした。

 その中に、戦中のときも、あるいはシナ事変と言われた盧溝橋事件、満州事変といわれた中国への侵略戦争を本格的に始めてしまったときでも、日清・日露戦争のときの児玉源太郎、大山巌のような存在がいたら、こんなことにはならなかった。明治維新のときの西郷、大久保を要求するのは過酷だけれども、児玉源太郎、大山巌ぐらいはなんとかいてほしかった、というようなことを書いている。

 田勢さんは、「これを読め。君たちにこの気概があるか」という講演をされましたけれども、たしかにそういうことなんだろうなと感じた次第です。

 先般、アメリカのどこかの新聞に、ついに人材が自民党から民主党へ流れ始めたという記事がでました。象徴的なのは、今度、東京選挙区から参議院選挙に立候補する、鈴木寛さんという、慶応大学の助教授であります。この方は、元通産省の官僚で、IT関連ではトップランナーでした。それから愛知から出る大塚耕平さんは、日銀マンのキャリア・エリートでした。それから、京都からは松井孝治さんが出ます。この方も通産省出身で、40才です。行政改革会議のスタッフも努め、人柄もいいし、すばらしく頭もよく、行動力のある人が出てくれます。  

 いままでだったら確実に自民党にいく人たちが、世界の空気などにも触れてきて、社会主義対資本主義ではなく、どういうかたちの市場経済が必要なのか、ということが国内政治の論点であって、そのこととアジア、アメリカ、ヨーロッパとの調和というか、マーケットをどう共通性をもたせ、なおかつ制度的な矛盾がおこらないようにするためにはどうするのかという問題意識を当然ながら持っていらっしゃる。

 そういう若い方々がどんどん民主党に入ってきてくれるというのは、やはり時代が変って、潮の流れは確実に自民党ではだめだということがはっきりした。しかし民主党も頼りないという話ばかり聞かされておりますので、皆さん方の知恵もいただいて頼りがいがある民主党づくりに、今年も頑張って参りたいと思います。