2000年9月11日から約1週間、青空と初秋のさわやかな風が心地よいドイツ、スイス、イタリア、フランスを衆議院憲法調査会欧州憲法事情調査団の一員として駆け足で訪れました。

 EU(ヨーロッパ連合)を形成し、経済統合から通貨統合そして将来の政治統合へ向おうとするヨーロッパ諸国は、日本にとって明治維新の時も第二次世界大戦後の民主・平和国家づくりの時も国づくりの見本でありました。

 それらの国々において、"国のかたち"つまり「憲法」がどのように変わりつつあるのか、もしくは変えつつあるのかという宿題を抱えた旅でした。

 私たち日本人は、外国に出るとき否応なく"国家"を意識させられます。パスポート、ビザなしには、出入国ができません。そして通貨を変えないと買物もできません。少し考えると、これこそ国家の持つ領土支配権の表われであることがわかります。

 今、EU各国域内の移動は少なくとも、これが不必要となっています。

 またEU統合がもたらした人々への最大のプレゼントは"少なくともEU域内"では戦争はないという事実と確信であります。一九世紀〜二〇世紀前半、侵略と戦争を繰り返し、二〇世紀後半四〇年間は互いに核兵器を構えて対峙した国々の市民にとって、もう国境線をはさんでの戦争はないという確信は国家防衛?兵役の義務?、の中味を変えたいという欲求につながるのは当然であります。ドイツにおいては、基本法制定時ののちの初めての改正で、ドイツ人の男子に満一八才から課している兵役義務を「良心上の理由から兵役を拒否する」ことができ、しかしその場合「代替役務を義務づける」こととしました。そして兵役拒否者の殆んどが、社会福祉等の仕事に就いていて、ドイツの社会福祉は、この良心的兵役拒否者によって支えられており、今この代替義務の制度が今やドイツの高齢社会を乗り切るために積極的な意味をもっているとのことでありました。私たちが訪れた各国では、国民皆兵の伝統をもつスイスでも新しい憲法で、「市民的代替義務」を定めているし、イタリアにおいては憲法裁判所の判断で本人が希望して認められた場合には、民間の業務に就くことや奉仕活動への参加が代替措置として、認められてきています。フランスは一九九六年以降兵役そのものを廃止しました。

 冷戦の終焉とEUの統合は、人々の意識を、国民の祖国防衛義務という切羽つまったものから、社会に対する貢献や奉仕を市民の義務として優先すべきだというところに、変えつつあるようです。

 

以下「仙谷由人代議士の一日」(9月11日〜9月19日)より

2000年9月11日(月)東京〜ヨーロッパ

13:00 成田発 JL407便 〜フランクフルトへ

18:00 フランクフルト着

19:00 夕食(市内ドイツレストラン)

※フランクフルト泊

2000年9月12日(火)ヨーロッパ視察

07:45 ホテル発空港へ

09:30 フランクフルト発 LH1030

10:35 ベルリン着

※フィンランド大使館員からフィンランド憲法のブリーフィング予定

※昼 久米大使主催昼食会

14:00〜16:00 連邦議会 与党SPD法務部会長 Alfred Hartenbach

18:15 ベルリン発

19:40 チューリッヒ着

19:50 國松大使主催夕食会・兼事前ブリーフ(空港内レストラン)

※バスにてベルンへ(ベルン泊)

2000年9月13日(水)ヨーロッパ視察

10:00 議会

12:00 連邦議会議事堂視察

12:30 國松大使主催昼食会兼連邦議会議員との懇談

15:00〜連邦司法警察省憲法全面改正チーム(当時)

      ・次長Dieter Biederman

      ・憲法行政部長Luzius Mader 他関係者 

19:00 國松大使主催夕食会(郊外レストランにて)

2000年9月14日(木)ヨーロッパ視察

09:30 ホテル発

11:00 小川公使主催昼食会(チューリッヒ市内レストランにて)

13:50 チューリッヒ発(SR3612便)

15:15 ローマ着

      塩野七生氏と懇談(予定)

夜     林大使主催夕食会

      ローマ泊

2000年9月15日(金)ヨーロッパ視察

09:30 憲法裁判所(予定)

午後    議会(予定)

ローマ泊

2000年9月16日(土)ヨーロッパ視察

15:55  ローマ発(AF1805便)

18:00 パリ着

19:00 ホテル着

20:00 小倉大使主催夕食会

パリ泊

2000年9月17日(日)ヨーロッパ視察

19:30 斉藤ユネスコ担当大使主催夕食会

パリ泊

2000年9月18日(月)ヨーロッパ視察

11:30 国民議会

会談後ワーキングランチ

15:00 憲法院

19:00 パリ発(JL406便)

機内泊

2000年9月19日(火)ヨーロッパ〜東京

13:40 成田着

 

 前回で、ヨーロッパにおいては、国が変わりつつあるということを報告しました。国のかたちが変わるということは、国と国民の権利義務関係も変わるということを意味し、このことは、国のかたち、人権の有り様を、法律で書き表わした"憲法"の変化をも促さざるを得ません。ところで、ローマでお会いした塩野七生さんのお話によると、私達が現在享受し、これにもとづいて行動し生活している"法律"はローマ法にその起源があるのであるが、ローマ法を作っていったローマ人ないしローマの民主制では、「法は神聖不可侵のものではなく、必要に応じて変える」、「法律に人間を合わせるのではなく、人間に法を合わせる」べきだと考えていたとのことであります。

 ローマ法の精神を受けつぐ各国では、時代の移り変り、社会の変化に応じて、それぞれ適切に"憲法改正"に挑んできました。フランスでは私達の滞在中も「大統領の任期七年を五年に短縮するという憲法改正案が発議され、投票に行くようにとの宣伝が盛んにされていました(9月24日に国民投票が実施され、投票率30.55%、賛成73.07%でこの憲法改正が決定されたとのことです)。

 ドイツでは四六回、イタリアでは一〇回、フランスは一三回の憲法改正が行われてきています。スイスでは一四〇回の改正を経たうえで、昨年四月一八日国民投票が行われ、二〇〇〇年一月一日から新憲法が施行されています。また私達はフィンランド駐在日本大使館の一等書記官から同国の憲法事情を聞いたのであるが、フィンランドでは、二二〇年間たび重ねて改正されてきた憲法的法律を一九九六年から四年間かけて議論をし、九九年六月これを成立させ二〇〇〇年三月一日、一体の新しい憲法を発効させています。

 このようなヨーロッパ諸国の営みは護憲か改憲かというスローガンの争いではなく、私たちがどのような国民主権の制度を作り出すべきなのか、人権保障をよりよいものにするために、いかなる憲法改正を必要とするかという観点からの議論が優先されなければならないということを教えてくれます。

 

 二一世紀は、国境が益々低くなるといわれます。人、モノ、カネのみならず、情報が国境を越えて行き来し、汚染された空気や、病原菌でさえも国境などお構いなしに侵入します。人々はこのような事態に対して否応なく地球規模での発想と対応を迫られつつあります。このことは二一世紀の最重要課題は「諸民族との共生」、「自然との共生」であるとの考えに導きます。ヨーロッパ諸国では、「共和国は・・・・自由のための活動を理由に迫害され、または他の理由でフランスの保護を求めるすべての外国人に対し、庇護を付与する権能を常に有する」との定めを置き(ドイツ、イタリアにおいても同様に庇護権を規定しています)、また日本において今政治問題化している定住外国人の地方参政権について、「郡および市町村の選挙においては、ヨーロッパ共同体の構成国の国籍を有する者も、選挙権および被選挙権を有する。」など憲法上の権利として規定して、いわゆる外国人との共生を積極的に推し進めていることがわかります。

 ドイツが一九九四年改正で「国は、将来の世代に対する責任からも・・(中略)・・自然的な生活基盤を保護する」と定めたのにつづき、スイス新憲法でも同様に、国(連邦)の憲法上の義務として環境保護をうたっています。またフィンランド新憲法では「自然および生物的な多様性、環境ならびに国家遺産については、すべての者が責任を負う」とすべての人の環境保護義務を人権保障の「章」に掲げています。また特に注目すべきことは、スイスが、「人間は、これを生殖医学および遺伝子技術の濫用から保護する。」と定めて、無限に開発されるようにみえるクローン、バイオテクノロジーなどの技術に対して人間の尊厳の維持、生命倫理について初めて憲法上の規定としたことであります。世界有数の巨大な製薬メーカーや生物化学の研究所が集中するスイスならではの問題意識といえるのではないでしょうか。

 また私達の大きな関心の一つが、行政情報の公開、開示でありますが、これを憲法上の条文として定めるフィンランドのような国もあります。「公共機関の有する文書および記録は・・(中略)・・公開される。何人も公の文書および記録にアクセス権利を有する」と定めて、明確にしました。情報を集中し独占し、これを少数の賢者たちがコントロールすることが行政の効率性を高めるという考え方は、行政情報の開示と市民との共有を通じて、行政を透明化し、市民の政治への参加を保障するという民主主義の新しい段階へ進みつつあると強く感じました。

 

 日本の憲法にはなく、ドイツ、イタリア、フランスに存在するのが「憲法裁判所」です(フランスでは「憲法院」)。

 日本においては具体的な裁判において、その裁判所がその適用する法律が憲法に適合しているか否かを審査することになっている(換言すれば、国会が作った法律や行政行為そのものを具体的裁判とは別に合憲か違憲かを審査、判断することはできない)。憲法裁判所は、誰のどのような申立てによって、その条約、法律や行政行為の違憲、合憲の審査が始まるかについては相異があるものの、条約、法律や行政行為そのものの合憲性を判断する独立の裁判所であることに相違はありません。

 例えばドイツでは年間五〇〇〇件もの憲法訴訟が起こされ(本案の審理に付されるのは二・七%)、これを一六人の裁判官が審理判断しています。

 一九五一年に設立されたドイツ連邦憲法裁判所は現在まで、法律を違憲無効と判断した例は五〇七件あった(イタリアでは毎年五〇件くらいの違憲判決)とのことです。法律が違憲とされた場合には、違憲性のないものに作り変えるか、その法律で作ろうとした制度が、どうしても必要不可欠であるならば、憲法を改正する。各国の憲法裁判所の裁判官と話をしていると、この仕組みは、時代や社会あるいは国民の意識の変化に応じて作られる法律や、時の政府の決断でなされる行為の合憲性について、早期に決着をつけ、行政行為の停止や中止、法律の改廃、さらには憲法の改正という次の段階へ伺わせようとする"知恵"なのだということが判ります。

 延々と続く違憲論争、違憲を主張する国民からみればその存在に疑問を呈し続ける法や制度が中ぶらりんの状態が続くという不健康な事態は、避けなければならないという「法と人間」についての割り切った"常識"を強く感じさせられました。

 憲法裁判所とい法律や行政に対する牽制は、スイスでは憲法や法律の廃止、改正の国民投票、フィンランドでは、オンブズマンに主として行政を監視させるという方法で行おうとしているかに見えます。

 

 戦争をなくし、豊かさと繁栄のために経済と通貨の統合を行いつつあるEUは超国家的国際機構としての実体を備えなければなりません。これに対応して今までの国家は「連邦は主権的権利を国際機関に委譲することができる」、「連邦は・・・主権的権利の制限に同意する」(ドイツ憲法二四条、イタリア、フランス憲法にも同様の定めがある)と国家主権の委譲や制限を受け入れています。

 他方、人々の生活に対する公共サービスは、住民の税や保険料という負担のもとになされるのであるから、より身近に、より透明度を高く、より住民参加的に、より効率的になされなければならなりません。ここに住民生活の安心や安全を保障する制度の運営は、地方で自治的に行うべきだという"分権化"が要請されます。ドイツは元々、州の独立性を高度に認める連邦州制で、例えば「連邦および州は、予算の運営において独立し、相互に依存しない」(一〇九条)し、「財産税、相続税、自動車税、取引税、ビール税は州に帰属し、所得税、法人税は連邦と州に共同に帰属する」と憲法上さだめており、イタリアにおいては「最も広範な行政上の分権を行い・・・自治および分権の要請に適合させる」と定めたうえ「州は財政上の自治権を有する」こととされているが、さらに現在

  1. 財政面での地方分権推進
  2. 自治の範囲に関する国と州との交渉
  3. 地方自治体の行為に対する政府による税制を緩和、を内容とする憲法改正

が提案され、国会で審議が開始されたとのことです。

 このようにヨーロッパ統合は旧来の国家が主権を国際機関に委譲しながら、地方分権を拡大、強化させて、不戦と繁栄を求め、加えて地域住民としてのアイデンティーを再確認すると同時に、分権改革によって身近な政府を強化することを目指しているといえるのでしょう。 

 市場経済が拡がり、進行すればする程、これに対し、家族や地域がもう一度重視されなければならなくなり、一人一人の生活を安心安定させる仕組が必要となってきています。

 より平和と民主主義(国民主権)を充実させ、人間の尊厳の維持のためのよりよい人権保障の制度が"国のかたち"づくりの中味として論議されています。まさにヨーロッパ各国の憲法(改正)をめぐる議論は二一世紀の国のかたちをめぐる試行でありその雰囲気だけでもお伝えできたのではないかと思います。