2000.08.05「連合徳島政治センター発足会」記念講演仙谷 由人 

歴史的な必然の時が来た

 本日は、「21世紀の日本の政治」という演題でございますので、現在、皆さん方と共有できる問題意識と、これからの数年、何が必要なのかということを、お話をさせていただきます。

 今、皆さん方が、日本の政治を、国と地方両方でありますけれども、どんな感じを持ってご覧になっているのか、ある意味、私の関心事であります。2000年総選挙後の日本の状況を見てみますと、ついに自民党の政治が終わった。民主党や社民党などが受け皿として成長しているかどうかは別として、歴史的な必然の時が来た、と感じております。

 

自民党にできるのか構造改革!

 そごう問題あるいは、公共事業検討見直し、ということを自民党が始め、久世さんの辞任、森内閣の低支持率、の底に流れるものを見ておりますと、これこそまさに政治の構造的な問題であると感じております。

 つまり、今まで日本の戦後の歴史の中で、自民党政権が負けるということは時々ありましたし、1989年・90年の、参議院選挙・衆議院選挙のときは、そろそろ世の中が変わるのかな…という予感がしたものですが、それが、大きく日本を変えようとした細川内閣が挫折をしたことにより、その後10年間は「やっぱり日本の政治は自民だ」というところに還っていってしまっている。私の言葉で言えば「アンシャンレジーム」【ancien re'gime(仏)旧制度。1789年のフランス革命以前の政治体制】が始まった、もうちょっと生々しく言えば、反動が始まったなあという感じをもって見ていたところであります。

 しかし、今度こそ変わらざるを得ない。つまり構造的な問題である自民党政治によっては解決できない。もっといえば、日本のもっとも重要な問題とされ、改革の対象となっている構造問題が、自民党支配の構造そのものである…という悩ましいところに自民党自身が立ち至っている訳です。

 したがいまして、公共事業検討見直しというのを亀井さんが大げさに旗を振って、なんとか国民の関心を取り戻す…国民の信を取り戻す…こういう気持ちで、おやりになっているんでしょうけれども、これを本当に見直ししたら、自民党の支持基盤は壊滅する、というところに入ってきている訳であります。

 それは、そごう問題で表れました金融問題とも、ある意味重なってこの問題が発生しているというところが、自民党にとっては、ものすごく悩ましいことでありますが、しかし、やらなければ選挙で負けて、生き残れないというところまで追い込まれている、ということも間違いありません。

 しかし、私は、自民党にはできないであろう…と思います。【表1】をご覧下さい。長銀問題の国会審議の前に私の手元に入った資料です。これを見ると、「そごう問題」の全てがここに言い尽くされていると思います。これは、長銀が1997年の3月期決算での、どんな企業にどれくらいの金額を貸しているのか、という一覧表であります。

 欄外に、ハザマ「883」、熊谷組「2,112」、そごう「2,044」と書いてありますが、これは98年3月期、一年経った後の数字であります。単位は億円であります。こういうところにこんなにお金を貸していた、というのが長銀だ…ということが、ここに表れております。一番上に「関係会社」と書いてあるところは、長銀がペーパーカンパニーをつくったりしたところも含めて、ここに8,190億円貸し込んでいたということが分かります。今この「関係会社」がどうなっているのかと言うと、これらの会社は全部取り潰しになって、これらの会社が持っていた不動産を、他へ売って、整理回収機構が回収をしている…こういうことであります。

 「問題貸出先」のところに建設・不動産というのがございます。飛島、フジタ、ハザマ、熊谷…。

 さっき時間がありましたので、今日の日経新聞の株式欄を見ておりました。株価で見ると、飛島は現在45円。フジタ42円。ハザマ42円。熊谷組に至っては33円。青木建設34円。日本国土開発は既に会社更生法にひっかかっている。世紀東急工79円。東急建設58円。佐藤工業45円。長谷工コーポレーション37円。これが、今の株価であります。つまり、これらの会社の経営がどういうものであったのかということが、この株価を見ていただければ分かると思います。

 そういう会社に、多いところでは、1000億円を超えて貸し込んでいたのが長銀であります。「そごう」についても、1414億、これが98年3月には2044億に増えていた訳でありますが、このように「そごう」に対しても、債権があったというのが、長銀であります。

 これら会社は、いずれにしても、潰れざるを得なくなって、会社の潰し方と潰れた時に波及する銀行が問題だというのが、98年の夏の国会でした。これは銀行一時国有化という格好で、連鎖の問題が一挙に及ばないようにした訳であります。

 そして、国有化してから、先程申し上げました「関係会社」というところに貸してある債権を、つまり、貸し金と同じ様に取り潰して回収だけするという処理を、するのかどうなのか…ということが、金融再生委員会、大蔵省、あるいは政府に問われた訳であります。

 そこが、本当は、今一番の問題になっているところであります。

 皆さん方にもお伺いしたいのですが、今申し上げたゼネコンだけでも良いのですが、今株価が50円よりも下のゼネコンをバタバタと潰す、すなわち、会社更生法とか民事再生法とか(そのときは民事再生法はありませんでしたが…)を適用するのか…つまり長銀が「ハザマ、フジタ、青木建設、熊谷組などに貸している債権を、もう整理回収機構の方に回します」というのと、「ごまかしで、利息だけでも払ってくれるような格好をとってくれたら、整理回収機構の方に回さないで、取引を続けて上げます」というのと、どちらがいいのかというのが、政策判断として問われた訳であります。

オーバーキャパシティ日本

 理論上は、私は最先頭で「こんなものは全部メスを入れない限り、日本の銀行は良くならない…」と申し上げてきました。もっと突っ込んで言いますと、今の日本の、経済の構造の最大の問題は、オーバーキャパシティ…つまり、過剰能力、過剰債務であります。これをいったん整理をして、やり直しをさせるということがない限り、日本は良くならない。韓国やタイ、あるいはインドネシアの様に、国際的なマーケットの力によって、そういうことをやらざるを得ないというところまで追い込まれる前に、政治の力でやるのが親切、とでも言いましょうか、そうしないと、日本は上手く再生を図れないという議論をしておりましたし、今もその思いです。

 しかし、政治家が政権を担当して運営する時に、そこまで思い切ったことのやれる土壌が日本にあるのかといわれますと、多少悩ましい気持ちもしないわけではありません。

 正に、そのことが今あらためて問題になっているのが、日本の経済構造の問題であり、株式市場の問題であり、金融・大蔵行政の問題であり、政治の問題なのです。

 こういう問題のある債権を、まとめて「長銀」の中に隠したまま、アメリカの投資会社リップルウッド・ホールディングス(本社・ニューヨーク)に、売ろうとした訳ですが、「もしこの会社が潰れて、うちが損をするということになったらどうするんだ」という話になって「いや、それは全額返します」と、「二割以上回収額が少なくなる見通しになれば全額返します。だから、新生銀行(旧長銀)には「そごう」分2044億円まるまる返します」と、こういう契約を結んでしまったということになっています。

 もうちょっと本音を言えば、自民党では、ゼネコンを始末をする、処理をするということが、選挙の時にもお世話になっているし、日常的にもご寄付もいただいているから出来ない、という心理もあったでしょう。あるいは、選挙前にこれだけの会社を、次から次に倒産に追い込んだ政権・与党というのは、次の選挙に勝てない、という配慮もあったのではないかと思います。

 

自民党は何故この問題を先送りしたか

 金融再生委員会的にいうと、実は、ゼネコンを潰すことによって、あるいは、整理回収機構に青木建設や熊谷組やあるいはハザマを送り込むことで、何が起こるかといいますと、日本の銀行は、全部貸し込み合いをしています。つまり、この表の数字は「長銀」分だけであります。

 皆さん方も、もう数字を覚えられているかもわかりませんが、「そごう」の負債は1兆5千億の内の「長銀」分が2044億、こういう計算になる訳でありまして、他の銀行も「そごう」グループ全体の中に、興銀4000億を筆頭に、阿波銀行が50億、徳島銀行が20億位ですか…を貸しているわけであります。

 その債権は、不良債権として扱わなければならなくなります。そうすると、引当金を積むというか、倒産した時の備えで、70%ぐらい、50億円貸してあるとすれば、35億円、貸し倒れ引き当て金として積まなければいけない。その分利益が落ちるということになりますから、そういうことをどの銀行もやりださざるを得ないとすれば、銀行の経営内容と言いましょうか財務内容が悪くなる。

 それならやっぱり先送りしていかないと、「またまた金融機関は不安定になるし、更にゼネコンは潰すは…」というようなことでは、これは世間の納得が得られない、というふうに自民党の政府は考えたんだろうと思います。

 だから、先送りをした。

 我が党の岩國議員の発言によりますと「これは国家的な飛ばしである」とおっしゃっていますが、要するに、不良貸付先の関係を清算するのではなく、もう一度新生銀行に飛ばしたと、今度は預金保険機構に飛ばしたのが帰ってきたと、こういうことを言われておりますが、私もその通りだと思います。

 結局のところ、公共事業の問題も、ゼネコンを初めとする建設業者を、どうやって、ソフトランディングさせながら、少なくするのかというのが本当は問われておるのでありますけれども、しかし、自民党はどうしても延々と持たせたいという衝動に駆られるんでしょう。

 公共事業見直しを言い出しても、「総額としては減らさない」、ということを亀井さんが度々言っております。しかし、本当はこの総額として減らすということが政策として掲げられない限り、本格的な見直しにはならないのであります。

 

現状分析

 何故かといいますと、【表2】を見ていただきますと、GDP、政府投資と書いてあります。点線の部分が政府投資、公共事業というふうに思いこんでいただいて結構です。それからGDP国民総生産が下の実線で書かれています。これは1970年から2000年までの間に公共投資の額、あるいは公共事業の額が、こういうふうに景気を良くするために、あるいは、日本経済を成長させるために、点線のように公共事業が行われたということであります。それに従って、GDPが右肩上がりになってきたと。こういうことが書いてある訳であります。

 ところが、90年以降をご覧いただきますと、この点線と実線の乖離があまりにも大きすぎるというのが見て取れると思います。つまり、公共事業をやってもやっても、経済は成長しない。景気は良くならない。この三年間で経済成長は約3%(3.8%という人もいますが)小さくなっています。成長をやめているというのが今の事態であります。

 【表3】は、マネーサプライ(国内にある個人や非金融法人、地方公共団体が保有する通貨の総量:M2+CD=流通している現金と要求払い預金を合計したM1に定期預金や譲渡性預金を加えた値)と書いてありますが銀行の貸出量と、GDP(国民総生産)の増え方を点線と実線で示してあります。

 これをご覧いただきますと分かりますように、97年から金利が安くなって、日銀が0%金利に入っていく課程でありますが、マネーサプライと言いましょうか、使えるお金はどんどん増えている、という状況が点線であります。ところが日本経済の成長が97年ぐらいからパタッと止まっている。むしろ縮小傾向に入っている、ということがここに見て取れます。

 さらに【表4】をご覧下さい。これは良い悪いの価値判断は別にして下さい。日本の経済が、そういうことになっているのに、一人あたりの可処分所得(個人家計の収入から税金などの非消費支出を差し引いた残りの金額)は、まだ減っていないということであります。減税が行われ、社会保障の負担を増やさないでここまで来ている、ということで可処分所得は減っていません。

 それから【表5】雇用者の所得をご覧いただきますと分かりますが、これも減りはしていないということであります。しかし、辛いことに1990年を100としますと、名目で、つまり金額の数字では、たった111にしかなっていない。10年間で111にしかなっていない、というのが雇用者の所得であります。

 何故こんなことになっているのかと言うと、経済の成長はほとんどないのに、雇用者の所得、あるいは一人あたりの可処分所得が減らないということは、その裏側は、一つは財政の赤字、もう一つはその分企業の収益が悪化しているということであります。

こんな状況下で…

 結局のところ、自民党は右肩上がりの中で党内的には年功序列、そういう人事をやってきて、順送りに5回当選すれば大臣、6回当選すればお休みの部会長、7回目からまたもう一回大臣と…こんなシステムをとってきていましたから、久世さんのように金融は素人だというような人が、金融再生委員長になったりという、非常に不運な人でありますけれども、こういうことが起こる訳であります。というよりも、私が見ておりまして、金融というのはちょっと特殊なところがあるのですが、自民党の族議員というのは以外と専門的に勉強していると言いながら、スペシャリストが育っているような感じではありません。

 ただ、族議員はその省庁に対する人脈だけは培っておりますから、どこを押せば予算が付くか、金が出るか、ということは分かっている。あるいは、どういう法律をつくればどの業界が儲かるか、あるいは得をするか、ということもよく分かってらっしゃる。そういう方々が、族議員として有能であると言われておる訳であります。

 今、日本の政治が、あるいは日本の社会自身が大きく変わらざるを得ない時に、役に立ちそうな自民党の議員というのは、そんなに多くないだろうなと、見ております。

 

国の力の限界

 今、結局何が問題なのかと言いますと、国が取り仕切って景気を良くするとか、経済を成長させるとか、そういうことが無理になってきている。つまり、中央政府、国の役割を限定しなければならないという議論は、ここから出てきている訳であります。

 果たして、何でもかんでも国が出来るのか…出来るとすれば、そのときの税金と言いますか、社会保障負担も含めて、国民の負担が、どこまで必要なのかということが改めて問題になります。

 皆さん方もご承知のように、国、地方合わせて財政赤字が、645兆円ということでありますし、地方の自治体の借金も175兆円ぐらいですか…今そういう事態になって来ておりまして、今後ずっと引き続いてお金を借り続けることが出来るのかどうか。

 もし、借金財政でいくとすれば、そういうことが、出来るのかどうなのか。そういうことが、最大の問題になっています。

 悲しいことに、一昨年、ビッグバンと称して、外国為替の自由化というのをやってしまいました。これは多分、国際的な市場経済とりわけマネー(お金)の循環のマーケットに、日本は否応なく組み込まれました。

 そんな中で、「どうしても右肩上がりの経済に還らせたい。物質的な豊かさを追求すること」が、自民党政治の本質だったとしますと、自民党は何としてもこの現在の状況(長期の不況)から脱却させなければいけない。

 政府の力で景気が回復するのか、GDPを大きくすることが出来るのか、大変な問題を背負っているのだと思います。

今の国の本当の姿

 つまり、どこまで市場に任せた方がいいのか。政府が公共事業という格好で、つぎ込んでもつぎ込んでも、経済は成長しない、というところまでいっていると致しますと、じゃあ政府の役割とは何なんだということが、改めて問われるということになります。

 皆さん方もご承知のように、現在の借金財政と日本銀行の低金利、0%金利というものは、世界史上初めてのやり方であります。それでも景気が回復しない。

 景気回復宣言をしたと言っていますけれども、今の状況で、「景気がいい、回復してきた」と考えている人は、東京の大企業のごく一部と、ベンチャー企業の中でも上手く成功(100社に1社くらいが成功と言われている)したというような才能と幸運に恵まれた人はいない訳ではありませんけれども、おおかたの日本人は、景気はちっとも良くなっていないと考えていると思います。

 現に、7月28日に発表された総務庁の六月の家計調査報告を見ますと、実収入でも3.6%減少、可処分所得も5.1%減少しているということであります。従いまして、消費の支出が、名目で3.5%減少など、前年度比、昨年の同じ月を比べるという見方でいきますと、減っているということであります。

 消費がこの統計通りに(統計が怪しいという説もございますが)減っている、その消費をするための収入も減っている。もしこれが本当だとするならば、これだけ経済対策を打っても景気が回復しない、と考えた方がいい。

 そのことによって、財政の赤字によって公共事業を打った結果、日本の財政がどうなっているのか、【表6】をご覧下さい。

 これは、今年の予算を極めて簡単にしたものであります。税収48兆円のうち、大まかに消費税が約10兆円、法人税10兆円(消費税と法人税両方合わせて、あと1兆円くらいありますが)、所得税16兆円という構成になっています。この三つを基幹三税と言います。基幹三税37兆円というのが、日本のこの間の大体の税収であります。

 48兆円と書いてありますから、残り11兆円でありますが、これは、タバコ2兆円、酒2兆円とか、ガソリンが何兆円とか、大蔵省の人たちの言葉で言うと、雑税というのでありますが、その他の税が、約11兆円から12兆円、48兆、49兆というのが予算決算ベースで、ここ10年ずっと続いています。

 反対に、右の方を見ていただきますと、国債費22兆円、地方交付税15兆円と書いてあります。この、地方交付税は、法律で決まっている。税収が少なければ、地方交付税も少なくなるという構造でありますから、本当の今年の予算は、13兆でいくよと書いてあるかも分かりませんが、地方財政計画の中で借金をするかどうかは別にしたとしまして、まあ大体、15五兆円位は国から持ち出さないと、地方に最低限の分配は出来ないというのが地方交付税交付金であります。

 そうしますと、借金の支払いである22兆円の国債費と15兆円の地方交付税(これは法律で決められた親から子への送金と考えても良いと思いますし、国が地方に必ず渡さなければいけないお金であります)で、37兆円であります。先ほど申し上げた、基幹三税の37兆円とここが、ぴったり合う訳であります。

 税収48兆円の内、37兆円引くと11兆円と先ほど申し上げましたが、実は国家公務員の給料を全部合算しますと11兆になるわけであります。

 この公共事業10兆、社会保障17兆、防衛5兆、文教・恩給・その他16兆と書いておりますが、この中には当然、人件費が含まれている訳で、教員の方々への給料が最大のものでありますが、とにかく、11兆が、国家公務員の給料とお考えをいただければ良いと思います。

 【表7】をご覧下さい。一番左の方をご覧頂ければ、公共事業、社会保障、文教・防衛・その他のところに、「うち人件費(11)」と書いてありますが、この事を今申し上げているわけでございます。

 そうなりますと、結局なんにも残っていないということになります。借金払って、地方交付税を地方へ送って、あと人件費払ったら、国の税収は何にも残らないというのが今の実体です。極めて恐ろしい話であります。

 従いまして、ここに書いてあります様に、公共事業10兆、社会保障費17兆、防衛費5兆合わせたら32兆円。この32兆円を、今借金でやっておるということなのであります。「政策経費が全部借金になった」のが、我が国の姿であると、こういうことになる訳であります。

 

景気が良くなったら税収は増える?

 景気が良くなったら税収が増える、という話があります。しかし、景気が良くなって税収が増えるというのは、バブルの時の予算と決算を比べますと、6兆ぐらい予算より決算の方が多い時代がありましたけれども、景気が良くなれば、税収が増えるか、というふうに考えますと、多分、今のこの日本の構造では、とても税収は増えない…と。

 景気が良くなって成長を始めますと、金利がその分上がります。金利が上がるということは、企業の収益がその分減っているという構造になる訳ですから、税収は増えない。そして、もう一つ問題なのは、国債費22兆円のうちの利払費が、景気が良くなれば金利が上がるとすれば、利子の支払いが増えていくということになりますから、殆ど財政の構造としては、景気が上がって税収が増えても、使えるお金というのは増えない、ということになる訳であります。

 この状態が、どこまで続くのか、続かせて良いのか、というのが今の日本の政治の最大の課題であります。

 

公共事業と自民党選挙、そして国民の意識改革

 地方自治体の、98年度の地方財政計画というのがあります。その地方財政計画で計画された、地方単独事業という公共事業があります。約14兆円だそうであります。98年度には、この14兆円の内、5兆円位執行できなかった。そんな状態に追い込まれているのが、今の地方自治体です。

 地方議会議員をなさっている方がいらっしゃればよく分かると思いますが、どんなに国が補助金をやると言っても、「それはちょっと勘弁して下さい。あるいは事業としては、受けたことにしても、執行をするお金がない」という事態に、なっている市町村が、非常に多いのではないだろうかと言われております。

 従いまして、今、トータルの公共事業の総額というのは、毎年毎年、5%とか7%の割合でどんどん減っていっている。補正予算でいくら追加しようが何しようが、減らざるを得ない。【表2】で、九六年の政府投資額47兆5千億円をピークに、その後上下しながらも減っていって、今年あたりは、34兆円位まで減るのではないかと言われています。

 そうだとすると、もう、公共事業をやったって、それを一方で自民党が選挙で使い、一方では豊かさ幻想を追い求めるというようなやり方は、殆ど無理になってきている。

 そのことが、今度の総選挙の結果であり、都市部で自民党が勝てなくなりつつある最大の原因だと私は思います。

 つまり、豊かさは求めたいけれども、豊かさとは物質的な豊かさだけではないのではないか、ということに、日本人がそろそろ気が付き始めたのではないでしょうか。

 もう一方で、財政赤字については、将来増税が降りかかってくる可能性があります。あるいは、悪政のインフレが降りかかってくる可能性があります。国民は、その時に備えて貯蓄をしておかなければならないという意識になっていますから、財布の紐が締まって、先ほど家計調査のことを申し上げましたが、いくら経っても消費が伸びてこないということになっているんだろうなと思います。

 この財政を、われわれが背負うのか、それとも我々の子供や孫に背負わせるのか、という問題。もっと言えば、「何のためにこんな使い方を今までしてきたんだ」という、正にタックスペイヤー(納税者)としての税金の使い方の監視、使い方を決めることへの参加ということが、今、徳島市民だけではなく、多くの人々に意識され始めております。

 

先送りとごまかしの政治に怒りを

 『行政投資実績』という、自治省がつくる冊子があります。その中に、一人あたり行政投資実績(決算ベースを基にしてつくってあります。平成9年3月決算の分が私の手元にあります)というのをあらためて見てみますと、全国平均を100としますと島根県が190です。徳島県は156です。埼玉・神奈川・千葉あたりは、60〜80台までです。東京は83…。

 仙谷が議員になって東京へ行ったら、公共事業が全然ついてこなくなるというのは、全くのウソであります。全国平均の5割り増しの公共投資が徳島に来ている。ただ、徳島市に住んでおりますと、本当に我々の生活を良くする公共事業が行われているというような実感は全くありません。どこでどういう工事をして、こんな156なんて全国平均の5割増しの公共事業が行われているのか分からない訳でありますけれども、しかし今はそういう配分になっています。

 これは、サラリーマンにとって、今はまだ増税が行われている訳ではありませんので、税金がそういう使われ方をしているということが、まだまだ実感として感じられず、給与所得者と言いますか、労働者の怒りに火がついておりません。しかし、政府が増税という言葉を出した瞬間に、怒りは燃え上がることは間違いないと私は見ております。

 要するに、政府が借金でやっているところは、全て先送りであり、ごまかしの政治になっているということであります。

 

国債のしくみ

 結局のところ、これからの地方政治も、中央の政治も、いやらしい話なんですけれども、お金のことを気にしないと動かないということであります。

 つまり、今は0%金利で、銀行が国債を大量に買い込んでいます。皆さん方が、預金をしていらっしゃるとすれば、その金利を銀行が払わないで済むということは、本来銀行が皆さん方に払うべき金利が、銀行の所得となって残っているということであり、0%金利で借りた金で、銀行が国債をばんばん買って、一年間に都銀だけでも、約28兆円の国債の買い増しが行われたというふうに言われております。

 金利が、銀行間の取引、日銀と銀行の取引でも0%、もしくはそれに近いところでおさまっている訳ですから、銀行はいくらでも借りてこられる訳です。ところが、これを貸して運用するということは、非常に危ないですから、あまり貸したくない。むしろ、回収に励んでいるというのが実体でしょう。

 しかし、これを運用しなければなりません。運用はどこでするか。国債を買う、ということになります。今の国債が1.6%とか1.8%という金利ですから、これは、税金から払ってくれる。こんなおいしい商売はない。今、銀行であれば、どんな経営者でも儲かっていると言われています。

 そういうことで、皆さんが生み出した付加価値が、銀行に二つの政策で吸い上げられているということが、お分かり頂けると思います。今の時点では、国債を買うのが日本の銀行でありますが、これが「ひょっとしたら払われない可能性があるぞ」という感じを投資家に持たせた瞬間、国債の買いが鈍ります。そうすると、当然のことながら、買い手が少なくなってくる。国債の価格が下がる。つまり、金利を高くしないと売れなくなる。金利が上がる。こういう事態が始まるわけであります。当然のことながら、企業の社債も、それに連動します。地方債にいたってはもっとひどいことが始まる可能性がある。

 

危うし日本株

 日本は、そろそろ限界です。毎年の税収48兆円は、借金払いと地方交付税と人件費に消えておしまいです。しかし、何にもしない訳にいきません。社会保障17兆円、防衛費5兆円、公共事業10兆円…最低これだけはやらなければならない。ということになってくると、これは全部借金ですから、毎年毎年最低三二兆円は増える。それに、地方の借金分が17兆円くらい増えますから、50兆円は雪だるまのように増えていくというのが、今の日本の国と地方合わせた財政の構造です。

 そのことの足もとを、外国人の投資家などが見透かしはしないのかというのが、今の隠れた大問題になっていまして、これは誰も口をつぐんで言いませんけれども、今ムーディーズという格付け会社が、日本の国債を2ランクくらい下げようかということを、検討しているという情報か、噂かは分かりませんが、頻々と入って来ています。そうなりますと、借金がしにくくなったり、あるいは、金利が高い借金をしなければならなくなったりということになる訳ですから、ますます、悪い方向に行くということになります。

 ここで、政府が、景気回復第一、二兎を追うものは一兎も得ずだから、景気回復に一兎を得るんだということを言い続けて、補正予算でも組もうものなら、つまり借金を増やすことを明らかにしたとき、私は日本は危ない方向に行くと考えています。

 

公共サービスと税

 一つ、こういう話を皆さん方にして、ちょっと頭の刺激にして欲しいのですが、スウェーデンやフィンランドでは、税金の安い自治体、税金の高い自治体、両方あるようです。

 金持ちはどちらへ行くと思いますか?

 金持ちは当然のことながら、税金の安いところへいきます。

 所得の低い方はどちらへいくと思いますか?

 北欧では、所得の低い方は、殆ど税金の高いところに住みたがる。反対にいえば、税金や社会保険料の高いところは、全ての公共サービスが整っている。所得が低い方は、そこへ住めば、公共サービスによって最低限の生活が守られる。だからそっちの方が楽なんだといって、税金の高いところへ所得の低い方々が住んでいる。

 所得の高い人は、逃げ出すわけです。つまり、自分で出来る。社会保障についても、病気になった時に、アラブの王様を相手にするような、自由診療の医者が、ロンドンへ行けばいるんですよ。そこへ行けば、自分で出来る人は保険に入る必要がない。こういう、行動がとられているということをよく聞きます。

 問題は、個人的に負担してサービスを受けるか、それとも、公共サービスを受けるために、どのくらいの負担をするのかということが、正に、コミュニティといいますか、地域社会の選択であるということにならざるを得ないし、そうしなければならないと私は思います。

 但し、人間の気持ちの中に、自分だけ良くなればいいという気持ちもあります。しかし、「いや、隣に住んでいる人も、あるいは、離れたところに住んでいる人も、日本人である限り、このレベルはお互いに支え合おうよ」という気持ちも無いわけではありません。あるいは、そういう気持ちを持ってらっしゃる方の方が多いかも知れません。だから、日本はここまで、(今少々格差が付き始めているといわれていますが)所得の平準化ということが行われて、ここまでもって来たと言えるのかも分かりません。

 いずれにしましても、これから、こういう財政のもとで、我々が、ある種の、あるいはいろんな公共的なサービス、年金にしても医療にしても介護にしても、そういったものを受けるという時に、その負担を、分かち合うというこの原則は、承認をせざるを得ないのではないか。

 あるいは、社会資本整備、公共事業で、我々の住む町を良くしようとすれば、その原資は我々の税金だということは、承認をせざるを得ないんではないかという感じがします。つまり、最近のテレビ討論会などで見たり聞いたりしてましても、結局のところ、自民党の主張と共産党の主張というのも、180度回って一緒になって来ている。

 共産党は、原資はどこかにあると主張します。どこかに国は金を持っているから、それを使ってやれば良いではないか、という議論を必ずやります。その言い分がつかなくなった時には、防衛費を削ればいいというところへいってしまう訳でありますけれども、いずれにしても、原資は国にはない。中央政府にはもう、財源が無いんだ、借金まみれになってしまったんだと、考えなければなりません。

 これから、何か新たな公共サービスをつくる、あるいは今の水準で続けようと思うと、政治の側からは、国民の皆さんに新たな負担をお願いするか、あるいはサービスの基準を下げるか、あるいはもうちょっと合理的な、無駄があるとすれば無駄を省くというようなことをお願いをしないと、日本はもたない。

 

優先順位の問題と住民参加、そして地方分権

 日本の今年の予算八四兆九千億というのは、アジア諸国の中でも、極めて大きい金額です。韓国は、約8兆円であります。東京都と同じであります。人口は4千万人ですから、日本の3分の1であります。ところが、日本の10分の1の予算で、ある程度の生活をしている。

 これからの日本は(借金をしたものは返さなければ、あるいは利息を払わなければ仕様がない訳でありますけれども)、今のこのような予算をどこまでどういうふうにして削っていけるのかということが問題ですし、いまよりも遙かにスリムな政府をつくっていかざるを得ない。

 そして、地方政治、自治体の方がもっと自由に、北欧のように「うちはサービスはいいけどちょっと負担が高いでよ」とか「税金は高いし、サービスも悪い」というように、自治体を国民に選んで貰うようにならなければ…。そのために分権ということがなされて、要するに、税金の使われ方がよく見える、あるいは税金の比率を決めるところに住民が参加するということが、一番重要になってくるんじゃないかと思います。

 つまり、公共投資の問題に致しましても、あれもこれもという時代は終わりました。もし仮に、第十堰を可動堰にするのがベストだとしても、どれを一番先にやるのか、つまり、今、県や建設省は併用橋と言ってますけれども、橋を先にやる方がいいのか、一緒にやるのがいいのかとか、あるいはその他の徳島の公共投資との関係で何が先なのか。

 たとえば、私であれば、お花畑の踏切を立体交差にするのが先なのですが、30年経っても殆ど進んでいないというふうなことに今、なっている訳です。

 その優先順位をどうやって付けたらいいのか。議会が付けるのか、議会が付けるとしても、一応は住民の意思を住民投票とかアンケートとかで聞いてみるのか、というふうなことが、正に問題になってくる。それは望ましい姿というよりも、私に言わせれば、そうせざるを得ない。そうしないと住民が納得しない。そういう時代が、近づいて来つつあると思います。

 もう一つ、いわゆる公共事業の問題だけではなく、公共投資と社会保障、教育にお金をかけることの優先順位をどうつけるのか、というのもまた、問われていると思います。

 よく考えてみますと、この頃、ITとかいろんなことが問題になっているんですが、公共投資という言葉でいえば、教育も公共投資なんですよね、社会保障もある意味で公共投資なのかもわかりません。

 だから、公共事業・公共投資・社会資本整備いろんな言い方がある訳ですが、これからの日本と言いますか、成熟社会において、どこに、優先的に、税金を配分すればいいのかというのが、今の日本で改めて問われているのであります。

自民党の崩壊

 「そごう」問題、「長銀」問題のところに還りますと、公共事業をまず優先して、そして、潰れかかったゼネコンを潰さないように、そこに優先的に発注させるという全く逆さまのことが行われて、財政が、ひっ迫している状態のもとでは、後ろ向きどころか逆の政策をやっているということになってしまう。

 実は、ここから先が言いたいのですが、先に自民党政府が必ず崩壊すると申し上げました。私はそのことに確信を持っております。そんなに遠くないと思っています。そのときに民主党が、政権担当能力を備えた政党になっているかどうかというのは、これはまた別の問題です。そうならなければならないと思っていますけれども…

 私が今日申し上げましたことは、実は、労働組合に所属されている方々の内、公務員の方であれ、大企業の方であれ、その人の職種や業種によっては相当厳しい局面になる可能性があります。

 つまり、総額として、パイが減るということが前提としての話ですから、政府部門の総額が減りますから、補助金とか、あるいは税制上の優遇措置とか、そういうものは、減らさざるを得ない。あるいは公共事業も、10年後には今の3割位カットされた計画でないと、日本は持続し得ないと思います。

 そうなってきますと、皆さん方の一人一人の生活や、お勤めの場所では厳しいことになってくる可能性がある。ここが、これからの政治の難しいところでありますし、労働組合としても、容易に今までのような意見集約の仕方が出来るかどうかの難しいところだと思います。

 しかし、そこは人間の知恵とか、あるいは、今までここまでの社会をつくってきたのでありますから、そのことは信頼して、今度の選挙で課税最低限度額引き下げといったことを言いながら、民主党が曲がりなりにも少々議席をのばすことができたのは、厳しいことであっても、そのことに透明性があれば、あるいは、政府が信頼できれば、有権者の方々も、ご納得いただけるのではないだろうかと、期待を持って見ております。

 

利権配分型政治の終焉と自己責任

 21世紀の日本政治は、今までの利権配分型の政治を終わらさざるを得ない。利権配分型ではないところから、新たな政治を構築しなければならない。それはまことにある意味では申し訳ないんですが、地方分権という形で自治体にも責任を持っていただく。個人にも責任を持っていただく。そういう部分が大きくなるような、そういう政治を行うしかない。

 それは反対側から言えば、自立と民主主義の充実でもある訳です。戦後、民主主義の中で、私たちは、今まで財政のことはあまり考えて来なかったのでありますが、その財政が、ついに自民党の放漫財政によって、事ここに至ったというのが利権配分型政治終焉の最も大きな要素であると思います。

21世紀の日本の政治

 21世紀の日本の政治、本気で責任もひっかぶり、不利益もひっかぶって、分権型の政治構造をつくっていかねばならない。

 そのために、皆さん方の、この議員ネットワークの形成というのは、時期を得たもので大変すばらしいと思います。ますます大きな勢力にしていただいて、これからの徳島が、この豊かな自然と、純朴な人情を大事にしながら、より良い社会、より良い生活の場になるようにしていただければ幸いでございます。

 そのために、情熱と気迫を持って、皆さん方にも勢力を伸ばしていただきたいし、私も、情熱と気迫だけは失わないようにして頑張りたいと思います。

 最後になりましたが、先般の総選挙では、仙谷由人個人的にも、民主党の選挙にも大変なご協力・ご尽力を賜ったことを、心より厚く御礼申し上げます。

 ありがとうございました。