吉野川第十堰住民投票の意義を考える。

 

ご挨拶

みなさんの厚いご期待、ご支援を受け、身の引き締まる思いでございます。吉野川住民投票では、お恥ずかしい話、今の永田町の政治家よりも、とくしまのみなさんの方が、優れた結果を出しました。あの住民投票の結果を無にしないためにも、できる限りがんばり抜く決意です。どうかこれからも、応援をよろしくお願い申し上げます。

仙谷由人

 

住民投票の成功の意味を考えてみる

 吉野川第十堰可動堰化の賛否を問う住民投票は、過去に例のない、保守層から見ると驚くべき点が数多くありました。

 まず、人口が30万近くの県都で成功したこと。その対象が迷惑施設ではなく、公共施設についての可否がテーマになって、有権者の約半分が投票し、有効投票数の約90%が反対したということ。つまり、建設省が中央で「科学的」に決めた公共事業が、否定をされたという点。

 可動堰推進派の論理というのは、煎じ詰めると固定堰を置いたままでは、一五〇年に一回の大雨が降ったときに洪水が起こるということを前提にして、国には、市民、住民の生命と財産を守る義務と権限がある。さらには「一〇〇〇億(出来上がりは三〇〇〇億円くらいになると思ってますが)のお金が、中央から徳島に投入され、徳島の経済・景気の活性化に繋がるのに、なぜ拒否する?損をするじゃないか」と、いう理屈でありました。

 これに対して、住民投票に参加した人たちの、特に反対票を投じた人たちの意識は、投票後の出口調査で見ますと、

●自然環境に悪い・・・43% 

●税金の無駄遣い・・・30数%

 

という結果でした。住民投票で多くの徳島市民が「自然環境に悪い」「税金の無駄遣いである」という思いで反対したということは、画期的なことだと思います。

 

本当に必要な公共事業はどんどんやりましょう!

 つまり、この種の公共事業についても国民が参加をして直接意志決定をするということが重要で、中身がある民主主義の流れが出てきたということは極めて意義が高い。さらには、納税者として、「税金を支払っているから税金の使われ方について、意志決定に参加するんだ」という意識が、極めて大きな意義を持っていると思います。「自分たちが生活をする街の社会資本、街づくりについて、我々が参加をして決めていくんだ」ということでしょうから、すばらしい成熟度がそこに垣間見られると思います。

 

しなやかさとねばり強さの勝利

 なぜ、この住民投票が成功したのか。これは姫野雅義さんという類い稀なるリーダーがいたことも、大きな要因の一つです。姫野さんのグループは、しなやかな論理(「絶対反対」・「阻止」等硬直したことを掲げない)とねばり強い積み上げの構造で、可動堰化を問題として取りあげ、市民が運動に参加し、議論をするというプロセスにおいて、旧来型の「絶対反対・阻止」の運動ではなく、誰でもが参加できる、あるいは、政治党派が党派の論理を振り回すことに非常に警戒的で、しなやかで、したたかな運動を展開していたことが成功のカギとなったと思います。

 推進派の方からは、共産党だとかなんとかいうレッテル貼りが行われてきましたが、姫野さんのグループは、建設省の徳島工事事務所の方に働きかけ、彼らに情報公開を求め、一緒に議論をする中で、問題点を的確に指摘していく。そのためには大変な調査・研究をして問題点を詰めていきました。

 

住民投票への政治的流れ

 さかのぼって考えますと、前回の衆議院徳島1区の選挙で私を当選させてくれた市民の力が徳島市の政治意識を大変流動化させました。一昨年の参議院選挙では可動堰に反対する高橋紀世子さんが当選、続いて住民投票条例の制定賛成者を10万人に昇らせ、昨年の統一地方選挙で住民投票条例の賛成派を過半数に、そして今度の住民投票が、投票率50%を越えて成功した。こういう政治的な流れで、昨年の統一地方選挙で、姫野さんのグループから5人が立候補、3人当選ということは、大変大きな意味があると思います。

 

今後の展望

 今回の徳島市の吉野川第十堰可動堰化に対する住民投票が示したものは、日本にも本物の国民主権、住民主権という新しい民主主義を作り上げる芽が出てきたということ。これは制度的には、代議制を基本としながらも、重要な問題については、住民投票や国民投票等、直接民主主義の手法で、補完をしていく時代がいよいよ訪れるのだと思います。

 これからの時代、インターネットを駆使した住民投票・国民投票というのも行われる可能性は十分あると思います。そうなってくると「議会とは何ぞや」という問題が出てきますが、やはり、現代社会においては、代議制の持つ意味というのも軽視をしてはならないと思っております。

 その次の問題は、街づくり、税金の使い方・使われ方などを「だれが決めていくのか」ということになってきます。そのためには、本格的な分権、もっといえば地方主権が、制度的にも担保されなければならないと思います。

 

 

住民投票で示した徳島市民の良識が、日本の政治を変える

 今度の住民運動からくみ取るものがあるとすれば、やはり、生活に身近な事柄、生活や街づくりに深く関係するという課題については、住民あるいは市民が参加をし、その決定は、市民が行うというのが基本であります。

 そういう観点から見ると、地方分権論議あるいは地域主権論議というのは、何よりも住民・市民の自発的な行動で議会が活性化する。さらには、その決定を実行できるような財源や権限を、中央の政治から解き放ち、地域の主権に大胆にゆだねるということが必要になってきますし、今回の住民投票の結果は、それが出来るという展望がでてきたと考えております。

 そういう意味で、「勝った、勝った」と喜ぶ人もいますし、日本の政治に与えたインパクトというのは非常に大きいわけで

ありますが、課題は、これからだというふうに私も思います。 ある意味で、基本は、自らが政治へ参加し、行動するという能動的な市民が、求められているということになるんだろうと思います。

 徳島市民の見識と意欲が成功させた徳島市の「住民投票」が今後の公共事業の進め方(予算配分、優先順位など)や地域開発のあり方、地域住民の真意を問うための方策を問う、さきがけとなりました。

 吉野川第十堰可動堰化計画を白紙撤回し、もう一つの吉野川の治水管理を訴える、県内唯一人の衆議院議員として、自・公・保政権に対し、市民が主役の民主党を率い 、徳島市民の意志を体して、ねばり強く頑張ります。